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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
191/443

第102話:連戦

 ルバンヌ城奪還を唱え出陣したドゥムヤータ軍は、ジョイブールに構える砦にて城の救援に来るであろうブランディッシュ軍を待った。城を囲んでいる最中に背後を突かれては大損害を受ける為、先に本隊を倒した後に城攻めを行う作戦である。


 だが、やはり先の戦いでの痛手は大きくドゥムヤータ軍の士気は上がらず、小競り合いを行いそれも劣勢となると陣を砦の後ろまで後退させ軍勢のほとんどを撤退させた。そして残りの軍勢も、ブランディッシュ軍が引き上げたのを確認すると帰路に着いたのだった。


 この間、戦争中として貿易は止められている。皇国への品は例外として通したが、他の商品は全面禁止である。これに抗議したのがブランディッシュだ。


「もう勝敗は決しておる。いつまで貿易を止めるお積もりか。商人達は難儀しておるのが分からぬか!」

 勝った気でいるブランディッシュの大使は傲慢に言い放ったが、対応したフランセル侯爵はにべも無い。


「一城落とした程度で勝利した気になられるのは、あまりにも早計というもの。我が軍の士気は益々盛ん。シンシナでの戦いで受けた傷も癒されつつあり、そうなれば城の奪還など造作もありません」

「士気低く利なしと軍勢を引いたくせに何を言うか!」


 大使は更に怒気を強くした。しかし、確かに時が経てば傷も癒える。向こうがまだ戦う気ならば、戦況が有利な内に止めを刺すべきである。


 今度はブランディッシュがジョイブール砦奪取の軍勢を動かした。ドゥムヤータも軍を出し、それぞれ4万と3万である。ブランディッシュが数で上回り、ドゥムヤータは防衛に終始した。リファール伯爵はまたも居残りである。


 ドゥムヤータ軍は2000サイト(約1.5キロ)の距離を置き、ジョイブール砦をドゥムヤータ側から半包囲するように陣を築いた。その為、ブランディッシュ軍は砦を完全には包囲出来ない。


「これでは、いくら砦を攻めても敵は思うままに兵を送れます。城塞を攻めるには数倍の兵力が必要と言われていますが、このままでは3万の軍勢が篭る砦を4万で攻めるようなもの。陥落は難しいものと思われます」

「ならば先にドゥムヤータ本隊を叩いてくれる!」


 士官が報告する戦況にバートレット公爵が怒気を発した。彼は王の従弟でブランディッシュの有力貴族だ。王国軍とは王家の軍勢と貴族達の私兵の混成軍だが、王家の軍勢を除けば彼の私兵が最大戦力であり影響力は大きい。


 バートレット公爵の言葉にブランディッシュ軍総司令クルサードも頷いた。近年まで目立った戦がなかったブランディッシュだが、リファール伯爵率いるドゥムヤータ軍を撃破した事からも分かるように彼の状況判断は的確だ。追撃してくるドゥムヤータ軍を森林部に誘い込み、反転するその背中を討ったのは始めからの作戦ではなかったが、ドゥムヤータ軍の隙を見逃さなかった戦術眼は非凡である。


「ドゥムヤータ軍本隊を先に叩くべきなのは私も同じ考えです。ですが、陣を構える敵に攻撃を仕掛けるのも不利。敵を野戦に引き摺り出すのです」


 とはいえ、口汚く罵倒するといった見え透いた挑発では敵も出て来はしまい。クルサードは陣を構えるドゥムヤータ軍が出て来ざるを得ない状況を作り出した。ジョイブール砦をブランディッシュ側から半包囲して攻めつつ、右翼を伸ばしドゥムヤータ側の半円部分にも進出したのである。


 敵に、砦を完全に包囲させんが為の半包囲陣形である。ここで出撃せねばやる意味がない。砦を攻める5百のブランディッシュ兵をドゥムヤータ兵5百が背後から襲った。同数だが後ろから攻めた分ドゥムヤータ兵が有利である。


「3百で敵の側面を突け!」


 クルサードの命令通り3百の兵が戦闘に参加し敵を押し返す。だが、ドゥムヤータもこのままでは済まさない。


「敵。更に5百!」

「こちらも5百だ!」


 ドゥムヤータに押し返され、再度押し返した。更に両軍、兵を出しながら、シーソーのように有利不利が入れ替わる。次第に、その両端に乗る者達の人数は増えていった。


 クルサードにはドゥムヤータの意図は読めていた。守りを固めこちらが引くのを待つ。特段珍しい作戦ではない。守備側の極当たり前の作戦である。その為、ドゥムヤータが警戒せぬほどの小競り合いから始めた。だが、守るのが敵の方針。大規模な援軍はない。だからこそこちらも軍勢を小出しにし、もう少し援軍を送れば勝てるのではないか。敵にそう思わせたのだ。


 このまま戦線を拡大し総力戦に持ち込む。それを完成させる為、クルサードは分量をきっちりと量る薬剤師のような視線で戦況を眺め、不利になり過ぎないように、有利になり過ぎないようにと次々と投薬していく。


 ブランディッシュの名医は、ドゥムヤータにとっての悪医である。敗戦の責を取り出陣していないリファール伯爵の代わりに全軍の指揮を任されたシルヴェストル公爵家のお抱え軍人バイヤールは、既にクルサードの作戦に気付いていた。だが遅い。ドゥムヤータ軍を毒が徐々に蝕んでいく。指先に受けた小さな傷から入った毒は既に腕の大部分を犯している。


「将軍。敵の新手により押し返されました。こちらも更に援軍を出しましょう」

「分かっておる。しかしこのままでは戦線が拡大していくぞ」


 戦線を拡大させぬ為には引くべきだ。だが、戦力は小出しにした戦場は乱戦状態である。組織的な行動は不可能であり、退却の合図を送っても多くの者が戦場に取り残される。1千5百、いや、2千は失うか。


「ですが、このままでは敵に押されたままです。味方を見捨てるお積もりか!」


 バイヤールの心中を知らず、若い士官が無責任な正義感を発揮しバイヤールの心を抉る。誰だって味方を見捨てたくなど無い。どうにかして助けられないかとはバイヤールも考えてはいるのだ。


 いっそ全戦力を投入するか。全力を押し返し、敵の全軍が出て来る前に素早く陣に戻る。それが出来るか? 出来ねば総力戦となる。4万対3万。数では劣るが、そこに砦からも出撃させれば……。


 硬く目を瞑り苦悩するバイヤールに若い士官が追い討ちをかける。


「将軍! 早く救援の兵を!」

「いや……」


「いや?」

「撤退の合図を鳴らせ! 引き上げさせるのだ!」


 バイヤールが目を見開き、己の迷いを吹き飛ばすように叫んだ。


「それでは、味方は多くの被害を出します。ご再考を!」

「このまま戦線が拡大すれば更に多くの被害を出す。良いから引かせるのだ!」


 正義感に燃える士官は不服の目を向けたが、彼の正義感は命令違反により処罰される事よりは軽かったらしく、程なく撤退の合図がなされドゥムヤータ軍は多くの被害を出しながらも戦線を収束させたのだった。


「逃がしたか」


 クルサードは戦場に鋭い視線を向け呟いたが、この日の戦いはブランディッシュの勝利である。しかし翌日からは同じ手は利かず、ブランディッシュは砦こそ落とせなかったものの、この戦果を盾に勝利を宣言し引き上げたのである。


 両軍撤退後、ブランディッシュの大使がドゥムヤータへと向かった。対応はまたもフランセル侯爵だ。


「そろそろ現実に目を向けるべき時ではないですかな。このまま両国が争っても無益です。ブランディッシュとドゥムヤータは手を取り共に発展を尽くそうではないですか」


 大使は、前回は強く言い過ぎ、その為上手くいかなかったと反省し言葉を和らげた。お互い攻め合っても相手の城塞を落とせなかったのだ。ならば停戦するのが賢い選択である。


「何を仰る。我が軍はまだ負けた訳では御座いませんぞ」

「負けた訳ではないですと?」

「無論です。我が軍はブランディッシュ軍を撃退し益々意気盛ん。戦いはこれからです」


 ドゥムヤータの言い草に大使は呆れた。確かにブランディッシュ軍は砦を落とせずに引いたので撃退といえば撃退であろう。だが、、被害はドゥムヤータ軍の方が多いのだ。このまま続けてもドゥムヤータの出血が増えるだけではないか。


「もう少し、損得というものをお考えになりご決断すべきではないですかな?」

「損得とはしかり。これは国家の名誉の問題。如何に犠牲を払おうとも我らは戦い続けます」

「な!?」


 大使は絶句し、笑みを浮かべる侯爵に返す言葉が無かった。大使はやむなく帰国したのだった。


 ドゥムヤータはルバンヌ城奪還の兵を再度挙げた。数は3万。ブランディッシュも4万の兵を出した。


 だが、守る方より攻める方が数が少ないのでは話にならない。城の前面に陣を敷くブランディッシュ軍をドゥムヤータ軍は攻めあぐねた。いや、それどころか前回と同じくジョイブール砦の後方に陣を構え守りに入ったのである。


 ブランディッシュ軍の貴族部隊の中核をなすバートレット公爵はドゥムヤータ軍の動きに毒づいた。


「出陣して来た挙句、奴らは何をやっておる。奴らが守りたいのならばこちらは攻めるまでだ。逆に砦を落としてくれるわ」


 だが、ブランディッシュ軍総司令クルサードは公爵の扇動に乗らなかった。彼にとって軍事とはバランスである。今回の出陣はルバンヌ城を守る為のもの。砦の奪取はその任ではない。とはいえ、兵法には死地といって取っては不利になる場所があるが、ジョイブール砦はそれには当てはまらない。取れるならば取って良いのだ。


 問題は、砦を落とす事により受ける損害との帳尻である。そしてクルサードは、頭中の天秤で損害と利益を計りにかけた結果、否と答えを出したのである。


「ジョイブール砦を落とすのは、ついで、というには被害が多くなり過ぎます。敵が出て来ぬのなら、こちらも出ぬまで」


 公爵は不満を見せたが、クルサードは取り合わず両軍は対峙を続けた。そしてドゥムヤータ軍が引き上げると、その背を一当てし損害を与えるとそれ以上の深追いを避け自らも撤退したのだった。ブランディッシュ軍の4連勝である。


 またもブランディッシュの大使がドゥムヤータを訪れた。


「これでお分かりになりましたかな? いくら攻め合っても勝負は付かないのです。ならば落としどころを考えるのが知恵ある者の行いというもの。我が方の通行税の引き上げがドゥムヤータにとってそれほど問題なら、考慮しようでは御座らんか」


 ブランディッシュとしては最大限の譲歩。いや、大使の譲歩だ。国内では戦いに勝っているにもかかわらず、通行税の引き上げ撤回など持っての他という意見が多い中、ドゥムヤータと停戦するならば絶対に必要なのだと、大臣達どころか国王まで口説きその条件を認めさせて来たのだ。


 大使は温和な表情を浮かべながらも、これが最大限の譲歩だとの気迫も発する。だがフランセル侯爵は一笑した。


「はっはっはっ! これは随分と弱気ではありませんか。確かに我が方のジョイブール砦は今だ健在。ブランディッシュが弱気になるのも仕方なしと言ったところですかな」

「な、なにを仰るか。戦は我が方が有利なのですぞ。弱気になるのはそちらで御座ろう!」


 停戦の使者のはずが、思わず喧嘩腰だ。ドゥムヤータはそれに油を注ぐ。


「砦1つ落とせずして有利もありますまい」


 大使は歯軋りしたが、ジョイブール砦が落ちていないのは事実。自ら国王を口説いた停戦条件も虚しく祖国へと引き上げたのだった。


 ドゥムヤータの返答に怒り心頭なのはブランディッシュ王国国王ローランドである。大使に、この条件ならば必ず停戦はなりましょうと言われ送り出したにもかかわらず、この侮辱である。


「今度こそ必ず落としてみせよ!」


 総司令クルサードに厳命し、貴族達にも出陣を命じた。貴族達は、またかとうんざりしながら5度目の出陣である。


 軍勢はまたもブランディッシュ軍4万。ドゥムヤータ軍3万である。だが、クルサードは、この戦いに不満があった。


「戦略の幅があまりにも狭すぎる。4万と3万。野戦で1万は大きな差だが、城塞を攻めるには足りない。攻め落とすのが困難なら別の攻め口を考えるべきではないか。それを砦1つに拘り過ぎだ」


 とはいえ、彼にそこまでの裁量は任されておらず、あくまで攻めろと言われた箇所を攻め、守れと言われた箇所を守るのが役目である。その中での最善を尽くすのみ。


 砦を囲めず、いくら守備兵を討っても次々と補充されるならば、砦自体を破壊するしかない。幸い砦のほとんどの部分は木造である。空が赤く染まるほど火矢を浴びせ燃え上がらせ、丸太をぶつけて突き崩した。


 だが、砦側も崩されたままではない。日が暮れブランディッシュ軍が引き上げると、砦外の兵も手伝い夜を徹して補修してしまう。これを防ぐには隊を分けて昼夜問わず攻め続けるしかないが、それをやれば心身共に将兵の消耗が激しすぎ、野戦で思わぬ不覚を取りかねない。


 結局、決め手を欠いたまま両軍は消耗しブランディッシュ軍は引き上げた。ブランディッシュとドゥムヤータ。一連の戦いで、初めての引き分けである。


 そして、ブランディッシュの大使が到着する前にドゥムヤータ軍が動く。出陣の名目はルバンヌ城奪回である。そうなるとブランディッシュも出陣せざるを得ない。


 そしてドゥムヤータの斥候は、ブランディッシュ軍の陣容がいつもと違うのに気付いた。伝令の騎士が駆け、それは王都にいる選王侯達にも伝えられた。出迎えたのは屋敷の主、フランセル侯爵だ。


「ルバンヌ城付近にて敵と対峙しました。数は3万程と思われます」

「ほう。いつもより少ないな」


「ですが、敵陣のブランディッシュ王家の旗が見えます。ローランド王、自らのご出陣かと」


 敵国の王が出陣したと騎士は興奮し顔が赤い。もっとも、国王というものへの尊敬が薄い選王侯達は彼ほど感銘を受けず、ああそうか。という反応だ。


 とはいえ、今までと状況が違うのは確か。その謎は解くべきである。


「貴公は、どう見る?」


 シルヴェストル公爵に意見を求められたジル・エヴラールは少し考えた後、いつものように教科書通りの見解を披露する。


「両軍、今まで幾度と無く出陣しておりますが、戦術的にはブランディッシュが有利なものの戦略的には勝負が付かず。それに対し我が方より多くの軍勢を出すのを無駄と考えたのでしょう。とはいえ、国王自らの出陣により士気は高まっております。同数でも正面から戦えば士気の高いブランディッシュ軍に分があります」

「なるほど。となると、我が方の勝ちと言う事か」


 公爵の言葉に、ジルは思わず不満の声を漏らした。

「……公爵。人の話はちゃんと聞いて頂きたい」

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