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愚者達の戦記  作者: 六三
征西編
19/443

第11話:国内の敵

「そこまでの大勝だったか」


 部下からの報告を軍部の執務室で受けたサルヴァ王子は、目を見張り素直に感嘆の声を洩らした。


 派遣した部下による、例の「バルバール軍がどのように戦うのか」の報告である。そうサルヴァ王子はディアスの作戦を読んでいた。だがディアスとて、ランリエルには作戦が読まれるかも知れないと考えてコスティラを攻めた。ディアスの懸念も正鵠を射ていた、という事になる。


 もっとも、バルバールがコスティラを攻めている時に、ランリエルがその背後を討つという事態も考えられた。これもディアスが懸念した通り、綱渡りの要素の多い作戦ではあった。だが今回、王子はあえてそれを行なわなかった。


 ランリエル軍が出撃すればバルバールはすぐに察知し、出撃したバルバール軍は引き返す。ランリエル側国境に配置された兵力は5千であるが、軍勢が引き返してくる程度の間ならその5千で持ち堪える。


 そして、バルバール海軍が行なった艦隊の夜間航行など、ランリエル海軍には出来ない芸当だ。当たり前のように昼間に艦隊を進ませるしかなく、気付かれずにバルバール王国沖に突入するなど夢のまた夢。


 奇襲を計画するなら、戦時体制を取る訳にも行かず商船の行き来を制限出来ない。それらの船舶に、昼間に航行するランリエル艦隊は容易に発見され、情報を得たバルバール艦隊は、ランリエル艦隊がバルバール王国沖に突入するまでに引き返してくるのだ。


 つまりランリエルがバルバールの背後を襲っても、コスティラ侵攻の邪魔をする。といった程度の意味しかなさない。それよりもバルバール軍に好きなように戦わせ、その手の内を存分に見させて貰おう。サルヴァ王子はそう考えたのだ。


 さらに言えば、コスティラ王国とて王子には存在的な敵国である。その国力が削がれるのは望むところだった。


 勿論バルバールが敗北する事もありえ、その場合はバルバール王国侵攻がかなり楽になるのだが……。そうなれば王子にとっては興醒めもはなはだしかった。だが幸いな事にバルバールは2倍の国力のコスティラに大勝し、強敵である事を示した。望むところだった。


「バルバール軍の総司令官は、確かディアスという者だったな?」

「はい。フィン・ディアスと申す者で、バルバールの武門の名流の当主です。年は35歳になる男です」


 誰も軍の総司令を女性とは思わないであろうに、わざわざ男と付け加える辺り、この部下の報告も徹底している。王子は部下からの報告に満足しさらに問うた。


「ほう……。それでどのような御仁か?」

「かなり変わった人物と言われております。これはあくまで噂ですが、いくたびも戦場に出ているのもかかわらず、自ら剣を持って戦った事が無い。とも言われております」


 部下は敵総司令の軽い醜聞を聞かせて見せた積もりだった。だがそれを聞いた王子は、部下の思惑通りその話を面白がったりはしなかった。


「その噂の真偽は?」

 と、かなり深刻そうに問いただしたのである。予想外の反応に、部下は戸惑いの表情を浮かべた。


「いえ……実際には幾度かは戦った事があるようですが、そういわれても仕方が無いほど出陣した戦場の数に比べ、その数が少ないのだと……」


 総司令官は自ら剣を持って戦うものではない。それはサルヴァ王子も同じ考えだった。だがサルヴァ王子は戦った事が無いなどと噂されてはいない。実際多くの戦場で剣を持って戦ってきた。たとえ王子といえども、産まれながらにして総司令だった訳ではなく、一士官、一武将として戦った時期も有り、その当時は存分に剣を振るっていた。


 そして武門の名流とはいえ、産まれながらにして総司令でないのは同じのはず。総司令になったというのなら、比肩される者が居ないほどの武勲を立て続けたはずなのだ。それが剣を持って戦った事が無いと噂されるとは、どういう事なのか?


 いや、分かっている。それは類稀なる指揮能力を有しているという事だ。これは単に勝機を見出す事に優れている。と言うだけに留まらない。


 どれほど剣を振るう積もりが無くとも、剣を振るわざる得ない時がある。それは敵の接近を許した時だ。かのバルバールの総司令は、劣勢に立たされる事すらも、ほとんど無いのだ。


 ……暑い。冬の最中というのに暑苦しさを感じた。かつて無い強敵の予感が王子の体温を急激に押し上げた。熱した体を冷やす為、襟に指を引っ掛け、冷たい冬の空気をその内に取り込む。そしてバルバール軍総司令ディアスへの興味は尽きない。


「他に面白い話は無いのか?」


 王子の様子は、とてもではないが面白がっていたようには見えないが、部下は忠実にその注文に答えた。この話はとっておきに面白い話のはずである。


「実は、ディアス総司令には少女嗜好があるらしく、このたび12歳の少女と婚約したとか」

「12歳……」


 これにはさすがの王子も唖然とした。


「確か……ディアス殿は35歳と言わなかったか?」


 部下は王子の反応に満足し、口元の微かに笑みを浮かべながらはっきりと答えた。


「はい。35歳で御座います」

「そっそうか……」


 王子は呟くように言葉を洩らしたが、一瞬混乱していた頭がはっきりとし正確に話が飲み込めると、部下がもっとも望んだ反応を見せた。


「35の男が、12の花嫁とはな!」

 と大いに笑ったのだった。



 その後部下を下がらせたサルヴァ王子は、しばらくのちダヴィーデ将軍の訪問を受けた。


 ダヴィーデ将軍は60を超える老将で、その落ち着いた指揮は王都防衛という任務にうってつけと評されている。サルヴァ王子のカルデイ帝国侵攻の際も留守を任されていた。


 王都には近衛隊が存在するが、それとは独立した留守部隊の将として不測の事態に備え、時には遠征軍への援軍を含めた臨機応変な対応にダヴィーデは定評が有った。


 当然、来春にも行われるであろうバルバール王国侵攻時にも王都の留守を任せる。それは人事を発表するまでも無く、サルヴァ王子を含めたみなが確定事項として認識しているほどだった。そしてそれは、ダヴィーデ本人もであるはずだ。


 ゆえに、老将の言葉に王子は我が耳を疑った。


「引退するだと?」

「はい。家督は息子にでも譲って、私は引退しようと考えております」


 サルヴァ王子の視線が老将を軽く射抜いた。だが、当の本人はまるでそれに気付かぬ風に破顔した。


「息子夫婦に子供が生まれましてな。いやいや、お恥ずかしい事で御座いますが、これがまた可愛ゆうございまして。殿下のお陰をもちまして我が国の悲願であった帝国との戦いも終わり、この老体の役目も終りました。後は可愛い孫をあやして暮らさせて頂こうかと」


 バルバール侵攻時の留守居役を任される事など分かっているはず。その台詞と穏やかな口調の裏の真意は苛烈だった。ダヴィーデは、王子が計画するバルバール侵攻を真っ向から批判しているのだ。


 その批判にサルヴァ王子も内心は心穏やかではなかったがバルバール侵攻を中止する積もりはない。


「まだかっこうの獲物が西に居るではないか。手の届くところに武功が転がっているのだ。武人として取らぬ手はあるまい?」


 帝国を組み伏せた今、ランリエルの国力は、バルバールの2倍を超える。手の届くところにある武功。そう言っても大言壮語とはいえまい。だが、老将は静かに口を開く。


「バルバールをも打ち倒せばランリエルの力はさらに増し、そのさらに西にあるコスティラなども倒すのは容易いのでしょうな。そしてコスティラを倒せば、さらにその先ですかの? その頃にはランリエルの男子は死に絶えているかも知れませんの」


 そう言えば……。とサルヴァ王子はダヴィーデについて一つ思い出した。息子に家督を譲るといってもその息子とは娘婿のはずだ。だがダヴィーデに息子が居なかった訳ではない。実の息子は、帝国との戦いで戦死しているのだ。


 息子を戦でなくした老将は、静かに王子を見つめた。その視線には深い憂いを含んでいた。戦えばランリエルも無傷では済まされない。勝とうが戦いが続く限り、死者は量産されるのだ。


 息子を戦で失った老将にとって戦いとは、せずに済むものならば、せずに済ませるべきものなのだ。彼が今まで引退せずに居たのは、武門の名門の当主であるゆえに引退出来ずに居たに過ぎない。


「老将軍の言い分も分からぬでもない。しかしだ。万一バルバールがコスティラに敗れその下に跪けばどうなる? その時はまた帝国と同じく、同等の国力を有する国と国境を接する事になろう。そして今度はコスティラとの永きにわたる戦いを始めると言うのか」

「バルバールとコスティラとの戦いが、どれほど永きにわたり行われてきたか、知らぬ訳でもございますまい。俄かに決着が付くものでは無いと思いますがの」

「ああ。去年の今頃には、ランリエルと帝国との戦いが終わると予測している者も居なかったであろうがな」


 覇気に溢れた王子と、憂いを秘める老将の視線が衝突し両者の中央で火花が散った。


 帝国との戦いに終止符が打たれたのは、王子のような類稀なる人材が出現したがゆえであり、そのような者がそうそう現れる訳は無い。現れないからこそ今まで決着が付かなかったのだ。それがダヴィーデの考えだった。だが、その考えを口に出すのは王子におもねるようで、彼の気骨が抵抗する。


 それゆえダヴィーデは口をつぐんだが、再確認するように王子が口を開いた。


「私は自分に出来た事を、他の者に出来るはずが無いと考えるほどうぬぼれてはおらんぞ?」


 王子の言葉はダヴィーデの考えの裏返しなのだが、実際は王子の願望と言ってよかった。王子の強敵を欲する心が、自分に匹敵する者が居るはず、と思考を誘導するのだ。


 ダヴィーデの思考も、戦えばランリエルにも被害は出る。戦わずに済むなら戦わずに済ませるべき。という彼の願望から論理的に考えた上で、自分の意にそう答えを選択していた。


 それゆえに両者の意見は平行線をたどる。論理的に思考し答えを出した者同士の対立は、水掛け論になるのが常である。ダヴィーデとてそれが分かるだけに無駄な議論はしない。自分は言うべき事は言った。後は王子がどう判断するかである。


 ダヴィーデは視線をサルヴァ王子から外し、黙って一礼し、退出の許可を得ずして踵を返し執務室を後にした。王子もそれをとがめずに老将の背中を見送ったのだった。だがダヴィーデのように戦わない方がランリエルの為との考えではなく、己の為にバルバール侵攻に反対する者も多数居た。


「なぜバルバールを攻める為に、帝国内の独立国を優遇せねばならんのだ。バルバール侵攻を止めれば、帝国の領地を我々が手に入れられるではないか!」


 まったく己の利益しか考えぬ発言であるが、なんと王子はこの意見に押されていた。無論王子が彼らに口舌で劣っている訳では決してない。それについての反論を、王子が「言う訳にいかない」為である。


「急いてランリエル貴族が帝国の支配者として乗り込んでも反発を招くだけ。今は帝国貴族同士の対立を煽り、修復不可能となってから彼らの領地を取り上げるべきだ」


 この考えを軽率に口に出し、もし帝国内の独立国の領主やランリエルに取り入る帝国貴族の耳に入れば、彼らはランリエルから再度帝国に寝返ろう。それゆえサルヴァ王子は、詰め寄る彼らに言葉を濁すに留めていた。だが愚かな彼らに王子の真意は分からない。


 そして王子が反論する言葉を持たないのだと勘違いし自説を声高に叫び、ランリエルに組する独立国や帝国貴族達の不安を煽っているのだ。王子にしてみればまったく馬鹿馬鹿しい話だった。


 彼らは、戦って勝てば領地を分け与えられて当然と考え、帝国との戦いがなぜ長年にわたり決着が付かなかったのかまったく理解していないのだ。


 今まで、帝国を滅亡寸前にまで追い詰めても最後には失敗していたのは、それをやってきたからで無いか!


 帝国の諸勢力に一致団結して抵抗させない為、王子は苦心してそれらの分裂を謀っている。だが、その足を引っ張り続ける彼らにはさすがに辟易する。いや、すでに辟易などという言葉ではすまされない状況になっていた。このままでは帝国の統治にも支障が出る。


 たとえランリエル貴族であろうと、害になるならば排除せねばなるまい。王子は密かに決断したのだった。

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