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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
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第98話:侍女の推理

 ランリエル王室後宮の侍女エレナは幾つかの問題を抱えていた。その源流は1つなのだが、そこから複数の支流に分かれるのだ。


 その日も小さい手を動かし主人であるアリシアの縫い物をしつつ物思いに耽った。ほとんど無意識に手を動かし、頭は別の事に動いている。


 ウィルケス様はご結婚をなさらないのだろうか?


 彼女とサルヴァ王子の副官であるウィルケスは恋人同士である。彼女の主観ではそうだ。だが、彼は父の言い付けで家の利益となる名門のご令嬢と結婚しなければならない。身分違いの恋に身も心も燃やす浪漫に溢れた人生を歩む覚悟は決めているのでそれは問題ないのだが、そうならばとっとと結婚して欲しいものだ。


 彼女とウィルケスは、まだ男女の関係ではなかった。


「もし今子供が出来れば、その子は父や母に殺されてしまうかもしれません。私と結婚した女性が先に男児を産めば流石に安心できるので、それまで、この熱い衝動に耐え貴女を想い続けます」


 義理の母や美しいがその裏では冷酷な心を持つ正妻から我が子を守ると思えば心躍るが、お互い愛し合いながらも清い関係を続けるのも魅力的だ。ここは1つ心の夫の言葉に従う事にしたが、問題はまだあった。


 なんとウィルケスとナターニヤが恋仲だという噂を耳にしたのだ。


 ナターニヤは彼女の主人であるアリシアの親友だ。しかも最近知ったのだが、なんとクウィンティラ貴族だという。ナターニヤはコスティラ王国の公爵令嬢であり、普段はコスティラ貴族と呼ばれる。だが、それはクウィンティラ王国が2つに分かれて出来た国だ。


 クウィンティラ王国時代から続く家門はクウィンティラ貴族とも呼ばれ名門中の名門と目される。その後コスティラ王室から爵位を授けられた貴族達など所詮成り上がり者なのだ。


 その名門貴族令嬢と自分の主人が親友とはと嬉しく思っていた。しかもナターニヤは自分にも優しくしてくれる。だが、その優しげで美しい顔の下に冷酷な心を持っていたとは!


 しかしそうなると、アリシアに親友面して近づいているのも何か裏があるに違いない。


 ウィルケスの結婚相手は自分の敵であり、裏表のある悪女のはずだ! その思い込みからの’迷推理’なのだが、恐ろしい事にそれは的中していた。


 難解な迷路を踏破するのに、そのルールを理解せず迷宮の外側を通って出口に辿り着くほど出鱈目な、いや、それどころか瞬間移動と思えるほど脈略無く彼方此方に飛び回り、たまたま着地したところが出口だった。


 忠実な侍女としては主人を守らなくてはならない。だが、相手はコスティラの名門中の名門のご令嬢。たとえ万人の前でナターニヤの冷酷を訴えても侍女の言葉など歯牙にも掛けられない。一笑に伏され、人知れず抹殺されてしまう。間違いない。この前読んだ小説でそうだったのできっとそうだ。


 だが、その小説では殺されてしまった侍女には妹が居て、その妹が令嬢の悪行の証拠を掴み追い詰め仇討ちをするのだ。ここは妹の役割をすべきである。自分には妹が居ないので姉役をする訳にはいかないのだ。


 こうして夢見る侍女は心の夫の正妻になるであろう。と決め付けている公爵令嬢を何の証拠も無いまま冷酷と決めつけ、具体的にはあまり考えないまま証拠を掴もうと決意したのだった。



 そしてその頃、心の夫の方はといえば別の問題に頭を悩ませていた。どうせ自分の女好きは有名であり今更外聞を気にする必要はない。そしてありがたい事に上司であるサルヴァ王子は風聞のみで人を判断しない男である。だが、その風聞の相手となったナターニヤは違う。真実より風聞が重要視されるのが後宮というものである。何をしようと人の口の端に乗らなければそれは存在せず、していなくても噂になればそれが事実なのだ。


 現在ナターニヤは、噂を否定すればするほど話題になるとあえて口を閉ざしている。話題が無ければ人はすぐに忘れるものだ。懸命な判断といえるがウィルケスに逃がす気は無い。


「まあ、ナターニヤが外出した時に、また偶然を装って声を掛けて他の人が見ている前で彼女に跪けば良い。理由なんてどうとでもなる」


 ナターニヤについては楽観的に考えている。但し彼に恋焦がれる侍女には消極的だ。


「ナターニヤと自分との噂を信じて身を引いてくれれば良いのだが」

 と、考えているが、ところがそうは問屋が降ろさず、むしろ侍女の心に火が付いていると知れば更に頭を抱えるだろう。経験豊富な彼から見ても、あの夢見る侍女は何をしでかすか分からない。下手に刺激せず、向こうが愛想を尽かすのを待つしかないのだ。


 一応彼女達への対応は決まっている。彼を悩ませているのは別の案件だ。現在サルヴァ王子は、デル・レイ王アルベルドの策により政治的劣勢に立たされている。バルバール王国宰相スオミの機転により最悪の事態は回避できたものの、やはり被害は大きい。


「今後、彼らと会談を行うなら相当な準備が必要だ」


 サルヴァ王子はそう言ったが、実際どう準備すれば良いのか。アルベルド’王’とサルヴァ’王子’。この格の違いがある限り劣勢は免れない。無論、売り言葉に買い言葉で応じ、戦争がしたいならばいくらでも受けてやる。という考えならば格の違いを無視してよい。だが、王子の望みは和平なのだ。そして両陣営の話し合いなくして和平は無い。


 そしてそうなると、やはり問題はアルベルドとサルヴァ王子の格の違いに回帰するのだ。


「いっその事クレックス陛下に退位して頂き、殿下が王位に就くというのはどうでしょう?」


 ある日、執務室で頭を悩ます王子に冗談めかし言ってみた。冗談とはいえ現国王の退位を口に出すなど臣下として問題はあるが、実際それで解決するように思えるのだ。だが、やはり王子の立場ではそう簡単ではない。


「私が王子である事が有利な場合もある。私が王となれば、今までのように自由に動けなくなるからな。今もベルヴァース王やカルデイ皇帝の対応は父上にお任せしている」

「あー。そういえば来てましたね」

 副官の無礼な言い草にサルヴァ王子は苦笑した。


 過去、カルデイ帝国がランリエルと互角の国力を持ち、小国ベルヴァースが両者の間を着いては離れを繰り返していた三国鼎立の時代、ベルヴァース国王夫妻は毎年ランリエルとカルデイを訪問するのが慣わしだった。そしてカルデイがランリエルに敗北し、その力の均衡が崩れるとその慣例も姿を変えた。今ではベルヴァース王とカルデイ皇帝が、毎年ランリエルを訪問しているのである。


 そして今まさに両者を招いてランリエル王宮では盛大な歓迎の宴は行われていたのだが、王子は出席せず全て父王に任せていた。そして、なんとこの副官もそれをすっかり頭の中から消し去っていたのだ。抜け目無く卒ない男なのだが、興味の無い事には本当に全く意識すら向けないのである。


「それは確かに身動きできなくなりますね。アルベルド王は戦いの時に自ら軍勢を率いてますけど、国内の政治はどうしてるのでしょう」

「さて。他国の事までは分からないが、アルベルド王は私などより勤勉なのだろう」


 その言葉に、ウィルケスは王子が気付かぬほど小さく首を傾げた。彼が思うにサルヴァ王子より勤勉な指導者など居ないのではないか。むしろ勤勉過ぎて、仕事を抱え過ぎている感がある。


「では、会談にはクレックス陛下に出席して頂くのはどうですか?」

「なるほどな。しかし、父上は人の良いお方だ。アルベルド王に対抗するのは難しかろう。裏の裏を読みあう交渉では善良な人間ほど負けてしまうものだ」


 サルヴァ王子は父であるランリエル王を人が良いと考えているが、実はサルヴァ王子も結構人が良いところがある。それは、王族、貴族という、人に傅かれるのを常とする人種特有のものだ。相手が自分へ配慮してくれるはずという無意識の意識の産物で、相手がにこやかな顔の裏で実は悪意を持っていると中々見破れないのである。


 軍事においてサルヴァ王子は攻守に高い水準を有しているが、それでも自身が主導権を握る’攻’を得意とし、相手の主導を受け流す’守’を苦手とするのも、その生まれの影響が皆無とは言えない。


「殿下はその助言役で会談に出席すればどうですか?」

「国王同士の会話に、王子如きが口を挟むなと言われそうだな」

 王子は苦笑し

「それもそうですね」

 とウィルケスも苦笑する。


 不意に扉が叩かれた。ウィルケスが対応するとカーサス伯爵が王子に面会を求めているという。彼はサルヴァ王子の情報担当だ。多忙な王子も彼からの面会を断る事はほとんど無い。情報は鮮度が命であり、すぐさま通された。伯爵は年齢の割りに光る物が多い頭を軽く下げると、挨拶もそこそこに本題に入った。


「気になる噂を耳にしましたので、もしまだ殿下のお耳に入っていなければと参りました」

「噂……だと?」


 王子が眉を潜め、訝しげな視線を向けた。情報は速度と共に正確さが重要だ。だが、正確さを問えば噂話などそれこそ話にならない。常の伯爵ならば裏を取った報告しかしない。


「例え噂であっても捨て置けぬ内容でしたので」

「ほう……。しかしお主がそれほど重要とするとは、まさか皇国がランリエルの征伐に乗り出すというのではあるまいな?」


 もしそうならば、いかに東方の大国と呼ばれるランリエルといえど滅亡は免れない。だが、サルヴァ王子の瞳には笑みが浮かんでる。


「いえ、流石にそれはありません」


 伯爵も苦笑した。


 この大陸で傍若無人に振舞っているかに見える皇国だが、実際はそうでもない。本当に気分で国を滅ぼす暴虐を行えば、皇国以外の全ての国々が一致団結し、反皇国大同盟がなされる。いかな皇国といえどそれは避けたいところである。


 また、ある王が皇帝の悪口を言っただけでその王国を滅ぼしたという時の次の皇帝は、まだまともな感覚を有していた。その結果、むやみやたらと出兵しないように皇族、臣下達を引き締めたという。現在では、皇国に敵対するかに見えた者と皇国や皇帝自身を侮辱した者とにだけ出兵すると言われる。無論’敵対するかに見えた’だけで出兵するのは十分常軌を逸しているが、皇国としてはこれで遠慮している積もりなのだ。


 ランリエルはコスティラを攻略してから初めて皇国と国交を持った。皇国の政策、方針を徹底的に調査し、対立の回避に腐心している。現在、衛星国家であるデル・レイと対立しているが、それはデル・レイこそが皇国には独断でケルディラ、ロタと手を組みランリエルに敵対しているのである。ランリエルがデル・レイ本土を攻めるというならともかく、現時点で皇国がランリエルに軍勢を向ける心配は無い。


「それでは、緊急に私に伝えねばならぬという噂とはなんだ?」

「実はサマルティ殿下について、よろしからぬ噂があります」

「サマルティが?」


 サルヴァ王子より6つ下のサマルティ王子はランリエル王国第二王子だ。その弟がなにやら不満を持っているのはサルヴァ王子も耳にしていた。


「また、ルージがベルヴァースの王位を継ぐのに、自分はどこの王にもなれないと言っているのか? サマルティにしてみれば不満はあるかも知れないが……」

「いえ、それだけならば問題はありません。如何に不満があろうとも、それはサマルティ殿下ご自身の問題です。実は、サルヴァ殿下にとって良くない動きがあると……」


 伯爵の歯切れの悪くひそめる声は事の重大さを感じさせるに十分だった。目を細め鋭い視線で続きを促す。


「一部の貴族達に、サルヴァ殿下を廃嫡しサマルティ殿下をこのランリエルの次の王位に就けようという動きがあります」

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