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愚者達の戦記  作者: 六三
征西編
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第10話:総司令の攻勢(3)

 陸の戦いに続き、バルバール艦隊もコスティラ海軍に甚大なる被害を与えていた。


 ライストはラーヘ軍港への艦隊集結を指示したが、東部よりにある3箇所の軍港にはその命令が届くよりも早くバルバール艦隊が押し寄せたのだ。


 数に劣る各港のコスティラ艦隊は、出港せず湾内に縮こまった。こうなってはバルバール艦隊もうかつには手が出せない。今回は陸戦戦力の援護無く、港に入れば、バルバール軍艦こそが陸からの火矢による攻撃で損害を出しかねない。だがそれもバルバール艦隊には想定内だった。


 バルバール艦隊は数隻の艦に火を点けて湾内に突入させたのだ。湾内で身を縮こまらせていたコスティラ軍艦は逃げる事が出来ず、火は燃え移り海の藻屑と消えた。この作戦によりバルバール艦隊は8隻の軍艦を燃やしたが、コスティラ海軍は37隻の艦を失ったのだった。


 結局ラーヘ軍港に辿り着いて集結しライストの指揮下に入ったコスティラ艦艇は、バルバール艦隊の半数でしか無かった。


 ライストは半数の艦艇にもかかわらず善戦したが戦力差を覆すには至らず、バルバールのライティラ提督が率いる艦隊に敗北し、逃げ道も塞がれ囲まれたコスティラ艦隊はその半数が降服したのだ。


 ディアス率いる陸戦戦力がコスティラ王国東部を攻めるに対し、制海権を得たバルバール艦隊は、西部海岸線から海兵を上陸させ荒らしまわった。


 海兵の数は2千程度と多くは無いが、東部に目を向けていたコスティラ軍は、西部が手薄になっていたのだ。2千の海兵でも十分攪乱させる事が出来た。


 バルバール軍によって欲しいままに国内を陵辱されたコスティラは軍勢の集結を急いだ。だがバルバール軍は四方に斥候を放ち、コスティラ王都へと向かう軍勢を見付けてはそれを叩く。その為軍勢は思うように集まらなかったが、それでも数日をかけ遂に4万の軍勢を集結させる事に成功した。


 バルバール軍の度重なる民衆への略奪、軍勢への攻撃に怒りに燃えるコスティラ軍4万は、王都ケウルーから国境へと進軍。コスティラ軍の動向を警戒していたバルバール軍もすぐにそれを察知する。


「敵は4万か……、もう少し多勢で来るかと想定していたんだがな」


 ディアスは呟き軍勢を集結させた。そして国境を越えてバルバールへと戻ってしまい、さらに国境を軍勢で固める。


「なんだというのだ! 結局荒らしまわる事だけが目的だったのか!」


 最終的には敵も撤退するとは思っていたが、あまりにもあっさりと撤退し過ぎる。コスティラ諸将は激怒したが、また舞い戻られてはかなわない。コスティラ軍4万も国境まで進み国境で両軍は対峙したのだった。


 そしてコスティラ軍が国境に到達した翌日、夜も更け月も傾いたころ、ディアス率いるバルバール軍3万が動いた。だがコスティラ軍とて警戒は怠らず夜襲には備えていた。


「迎え撃て!」


 コスティラ軍諸将は落ちついて命じ、兵士達にも混乱はない。


 両軍は月明かりを頼りに矢を射掛け、盾を並べて矢を防ぎながら槍兵が進軍する。両軍負傷者が出れば後退させ新手を繰り出し、一進一退の戦いを繰り広げられた。


 しかし夜襲による混乱が無ければ、守る側が有利なのは昼間の戦いと変わりはしない。陣柵に守られたコスティラ兵は不利となれば陣内に退却し、バルバール軍の隊列が崩れたと見れば進軍する。傷付き倒れる兵士の数は、徐々にバルバール軍がその割合を増やしていく。


「夜襲などにかかると思ったか!」


 コスティラ諸将は勝利を確信し吼え、バルバール軍の夜襲は失敗したかに見えた。


 突如コスティラ軍の後方で兵士達が悲鳴を上げ後陣が乱れた。


「何事か!」


 事態を確かめるべく斥候の騎士が本陣を発したが、結果的にそれは無駄だった。それよりも先に後陣から味方の兵士が押し寄せてきたのだ。


「敵襲だ!」

「う、後ろから敵が!」


 追い立てられた兵士達は叫び、味方を押しのけ逃げ惑う。猛将グレイス率いるバルバール軍1万が、コスティラ軍を背後から襲ったのだ。コスティラ軍諸将は驚愕した。敵はすべて目の前に居るはず。敵軍はどうやって後方に回り込んだというのか。だが現実に後陣が襲われ、兵士達は討たれていく。


 このあり得ない状況に、コスティラ軍は混乱の極みに陥った。今まで整然とバルバール軍と戦っていた前衛も、このままでは前後から挟撃されると浮き足立つ。


 バルバール軍は全軍が国境を超えずに1万の軍勢を山中に隠していたのだ。勿論、あまり国境近くではコスティラ軍の偵察に見つかる為、かなり離れた山中に潜み厳重に警戒し、不幸にも軍勢を目撃したコスティラの民衆はすべて捕まえ、逃げようとした者は仕方なしとすべて討ち取った。


 その軍勢は日が沈むとすぐに隠れていた山中から進軍し、夜更けに行なわれる本隊の攻撃に合わせて、コスティラ軍の後方を襲ったのだ。


 このディアスによる兵法で言うところの『人の及ばざるに乗じ、不虞の道に由り、其の戒めざる所を攻むるなり』の作戦通り、思いも寄らぬ自国方向からの襲撃にコスティラ軍は混乱し、兵士達は逃げ惑った。


「持ち堪えよ! ここさえ持ち堪えておれば戦線は維持できるのだ!」


 コスティラの指揮官は、懸命に兵士を叱咤する。夜間の戦闘で敵軍の数を目視できないが、冷静に考えれば、バルバール軍が4万を超えるはずはないのだ。前後から攻撃されたとはいえ、騒然と対応すれば迎撃は不可能ではない。


 しかし兵士達にはとっさにそこまで考えが及ばない。


「ここの戦線を維持できても、後から攻められてはお仕舞いではないか!」


 兵士達は我先に持ち場を離れ戦線は崩壊した。コスティラ兵は逃げるに邪魔な長槍、盾や弓を投げ捨て懸命に走る。


「追撃せよ!」


 ディアスの激がバルバール軍に響き、敗走する敵軍に襲い掛かる。戦いの損害とは戦闘そのものより、敗走時に追撃を受けた時にもっとも増大するものだ。


 バルバール騎兵が逃げるコスティラ軍に襲い掛かった。まだ夜が明けきらぬ薄暗い世界に、馬蹄の響きが辺りを圧し、それがさらにコスティラ軍兵士に恐怖を植えつける。


 コスティラ軍は必至で逃げ、それだけに戦いは一方的なものになった。逃げるだけのコスティラ兵に攻撃するだけのバルバール兵。時折立ち止まって反撃を試みるコスティラ兵士も居たが、他のコスティラ兵士は逃げさるのみ。勇敢な兵士は敵中に1人取り残され、多勢の敵兵に囲まれいとも容易く討ち取られた。


 コスティラ兵は懸命に逃げるも、先もグレイスの軍勢に押えられている。コスティラ軍は殆どの将兵が逃げる事が出来ず、からくも突破した者もバルバール軍は執拗に追撃を行った。その為、多くのコスティラ軍将兵が屍をさらしたのだった。


 コスティラ軍はこの戦いで3万5千の死者を出した。死傷者ではなく死者がである。戦闘開始当初以外は追撃戦に終始したこの戦いに、バルバール軍の損害はほとんど無い。


 バルバール軍は戦勝に沸いた。ここまでの圧倒的な勝利は長いコスティラとの戦いでも稀どころか、皆無と言ってよかった。


 戦闘が終わり別働隊を率いてたグレイスも本隊と合流し、将兵は身分の差も忘れ近くに居る者同士抱き合い、かつて無い大勝の喜びを分かち合う。


「これでしばらくは、コスティラは軍事行動を起こせないだろう」

「まったくですな!」


 ディアスの言葉に、大勝に気を良くしたグレイスは力強く頷いた。だが疑問もある。


「しかしこのようにコスティラに大勝出来るならば、なぜ今までこの作戦を行なわなかったのです?」


 これだけの戦果。このグレイスの疑問は、誰もが思うものである。ディアスは首をすくめて答えた。


「そりゃあ、今まで出来なかったからさ」

「今まで出来なかった?」


「ああ。今回、全軍を集結させるなんて派手な真似をしてもコスティラに警戒されなかったのは、ランリエルに喧嘩を売って、ランリエルと戦う為と思わせられたからだ。ランリエルが敵とは言えなかった時には出来ない作戦だ」


 もっともランリエルが敵とならなければ、コスティラには専守防衛をしていれば良く、この作戦自体が不要だった。ランリエルが敵となった為、この作戦が必要となったのは皮肉である。


 そして浮かれている諸将を尻目に、ディアスは胸中付け加えた。


 この作戦は一度きりしか成功しない。今後はコスティラも警戒する。そしてこの作戦が利かないならば、コスティラが軍備を再度整えた時、ランリエルと共に東西から攻められればバルバールは滅亡するのだ、と。


 それを回避するには、バルバールがコスティラを滅ぼすか、ランリエルを滅ぼすか、それとも……。

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