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愚者達の戦記  作者: 六三
征西編
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第10話:総司令の攻勢(2)

 思いも寄らぬバルバール軍の侵攻に、コスティラ王国王都ケウルーは大混乱に陥っていた。


「敵の規模は!?」

「被害状況はどうなっておる!」

「敵は今どこにいるのだ!」


 怒号が飛び交うが、その問いに答えられる者は誰も居ない。輜重隊を率いないバルバール軍の行軍速度と戦いが夜間行われた事もあって、今だに状況が掴めないでいた。そこへ確実と思われる情報が伝令からもたらせられたが、その情報に心躍った者は誰一人いない。


「ベサントに投錨していた艦艇はすべて撃沈! 港は、すべての施設を焼き払われその機能を失いました。バルバール艦隊はさらに西へと進んでいる模様」


 この情報に諸将は呆然となった。その中でいち早く我に返った海軍の将ライストが叫んだ。海軍所属とはいえ全員が軍港に詰めている訳ではなく、彼は王都にある海軍本部勤務だった。


「すぐさま各港に投錨している艦艇を一箇所へ集結させよ!」

「かしこまりました。ですが、何処の港へ集結いたしましょう」


 ライストは、少し考えてからラーヘ軍港と答えた。ラーヘはコスティラでも一番西にある軍港である。東から来るバルバール艦隊を逃れ集結するには、もっともな選択だ。


 命令を受けた伝令は、急いで同僚達にもその指令を伝え彼らは各港へと王都を飛び出した。


 そしてライストは海軍本部へと赴き、集結させた艦隊の提督たらんと任命を受けた。いくら数だけ集めても、それを指揮する者が居なくては数ほどの力は発揮できない。


 各港の艦隊にもそれぞれ提督は居るが、それはみな同格の提督である。その上に立って全艦を指揮する者が必要なのだ。辞令を受けたライストは自身もラーヘ軍港へと急いだ。


 海軍については、ライストに任せるしかない。その場に残された陸戦兵力の将軍達は、とにかく兵力を集めるべく奔走し、その一方バルバール軍による侵攻に愚痴をこぼした。


「ランリエルとの国境を固めて抗議の使者を送り、軍勢を王都に集結させて置きながら、まさか我が国へと攻め寄せるとは……」


 それは諸将みなの気持ちを代弁した言葉だった。そしてその後に「卑怯な」という単語を付け加えないだけの分別はあった。


 今まで散々バルバールを攻めたコスティラである。それが攻められたからと言って文句は言えまい。さらに言えば、ランリエルを攻めると見せかけてのコスティラへの侵攻も、優れた軍略といえた。引っかかったこちらが悪い。その程度の見識はあるのだ。


 愚痴ばかりも言っては入られないと、諸将は対策の為軍議へと入った。


「いつまでも手を拱いては入られん。敵の兵力が掴めんと言っても、バルバールの全兵力は今までの戦いからおおよその検討は付いておる。ランリエル国境を固めた兵と本国は空にはすまい。ならば奴らに動かせるのは、どうあがいても最大4万程度のはず」

「なるほど。それに比べ我が軍は全兵力を集結させれば10万を超えます。勿論、今回の奇襲でかなりの損害を受けておりますが、それでも2倍以上の戦力」


「しかし全軍の集結をまっては入られますまい。この間も被害は広がっておるのですからな」

「そうはいっても、1万、2万の軍勢を派遣しても敵4万によって簡単に撃破され、無駄に損害を増やすだけだ」


「そもそも敵が4万であるというのは、確実なのでしょうか?」

「そんな事分かる訳がない。しかし最悪の状況を想定して計画するしかなかろうが」

「確かに……」


 結局、バルバール軍は最大に見積もり4万であると想定した。その同数の4万が集結すれば、王都と国境までの中間地点まで進撃し牽制させ、さらに集まってくる兵力を順次合流させる。バルバール軍の倍の8万まで集まった時点で国境に進撃させると決まった。


 同数の4万で戦ってもし負けては、巻き返すのが難しくなる。戦うのであれば、確実に勝てる兵力で戦う必要があった。


 国境を塞いでしまえば、コスティラ国内のバルバール軍は袋のネズミ。そうなればどうとでも料理できるのだ。もっとも敵も馬鹿ではあるまい。そうなる前に撤退するだろうが、それならそれで敵を追い払うという目的は達成されるのである。


「だが、兵力が集結するまでに、相当な被害を受ける事になるであろうな……」


 今まで、一方的にバルバールを攻めるだけだったコスティラ国内の軍事拠点は、はっきり言って脆弱である。設備もそうだが、そこに篭る兵士達自体が防衛戦など訓練以外ではまったくの未経験なのだ。


 コスティラ諸将は、その受けるであろう被害を考え暗く沈んだ表情で俯いた。



 ディアス率いるバルバール軍は、その間も村々と軍事拠点を荒らしまわっていた。


「敵軍の集結具合に注意を払いながら、各所を荒らしまわる。敵が集結し出てくればこちらも集結し、作戦は次の段階に移る」


 ディアスの指令通り各隊は、コスティラ領内東部を駆け巡った。


 村々の家々を焼き払い田畑も焼いた。無辜むこの民衆をと言われるかも知れないが、コスティラは数え切れないほどバルバールを攻めている。今まですべて勝っているから良いものの、もし負けていればバルバールの民衆が同じ目にあっていた。そう思えば、手控える気にもならない。


 今回ここで大打撃を与えておかなければ、近い将来コスティラとランリエル両国を一度に相手しなくてはならなくなり敗北は必至だ。今敵国民に手控えて代わりに自国民が被害を受けるなど、あまりにも馬鹿馬鹿しい話だった。


 勿論不要に虐殺などはしないが、必要ならばやむなし。そういう事である。


 今回の作戦でランリエルを攻めるという選択肢もあったが、ディアスはその選択を棄てた。理由は幾つかある。


 まず、帝国と長年しのぎを削る戦いをしてきたランリエルより、一方的にバルバールを攻めていただけのコスティラの方が防衛体制が甘いのである。


 次に、バルバール軍将兵の戦意であった。あえて悪い言葉を使えば、バルバール将兵には長年わたり積りに積ったコスティラへの恨みがある。それは暴走させずに制御出来るならば、強大な武器となる。


 そして最後に、長年の帝国との戦いに終止符を打ったサルヴァ王子が居るランリエルと、長年のバルバールとの戦いに終止符を打てずにいるコスティラとを比べた場合、こちらの作戦が読まれる確率がコスティラの方が低いと判断した為である。コスティラを攻めた一番の理由と言ってよかった。


 他の2つの条件など、作戦が読まれる危険性に比べれば何ほどの事も無い。


 そして事実ディアスの作戦を読める人材はコスティラには居なかった。いや、厳密に言えばバルバール軍が国内に侵攻した後とはいえ、アウロフ将軍はバルバール軍の意図を読み、分散したバルバール軍の本陣を突いて来た。だがその彼ももはや討ち取った。


 そしてディアスの作戦を読める者が居なくなったコスティラは、バルバール軍の思うがままに国内を蹂躙され、損害を出し続けたのである。

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