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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
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第71話:ロタ、ランリエル同盟

 フォルキア。ランリエル王国王都である。文化圏的には辺境に位置する為、大陸中央部の国々と比べ華やかさでは劣るがそれを補って余りある覇気がある。いや、それは地理的要因以上に、東方の覇者と呼ばれるランリエルの国民である誇りが民衆の胸にあるからだ。


 海路と陸路を経て、ロタ王国公爵サヴィニャックに仕える文官バルバストルはその地を踏みしめた。忙しげに動き回る人々に皮肉な目を向け、無粋な奴らだ、と、視線で吐き捨てる。


 ケルディラ、コスティラ人と比べれば洗練されるランリエル人も、他の大陸からの入り口であるロタ王国から見れば一歩譲る。もっともそれは、バルバストルの妬みもあった。


 野心溢れる若者にとって、近隣諸国を次々と攻め従える強国、ランリエルにこそ己の能力を発揮出来る舞台が有るのではないか。だが現実に、自分はロタ国民。その口惜しさを、あえてランリエルを蔑む事で精神の均衡を保った。


 先行させた者に本日の到着を伝えさせており、すぐに案内された。サルヴァ王子の副官という、どこか軽薄そうに見える若者に案内され執務室の扉を潜る。若者と言ってもバルバストルと同世代だ。


 部屋に入ると、木目美しい黒光りする真新しい机で書類に目を通す男が居た。これが東方の覇者サルヴァ・アルディナかと、バルバストルは瞬時にその正体を悟った。顔を上げた王子は一瞬の探る視線の後、温和に笑みを浮かべる。バルバストルは、その笑みにこそ威圧され、仰け反りそうになるのを耐えねばならなかった。


 公爵やロタ王とは格が違うか。公爵には身近に仕え、国王は遠目に見た事があるが、威圧を受けた事など無い。敵意を持って威圧されるなら、その敵意を逸らせばいい。だが、笑みを浮かべる者の威圧はどう避ければ良いのか。


「ロタ王国公爵サヴィニャックから使わされたバルバストルと申します。大陸にその名聞こえるサルヴァ殿下にお会い出来、光栄の極みに御座います」

 深々と礼をすると、流れる汗で肌着の生地が背中に張り付いた。


「ようこそ起こし下された。歓迎する。先の戦いでは不幸にも我が同盟国たるバルバールが貴国と敵したが、ランリエルとしては常々ロタ王国とは友好を結びたいと考えていたのだ」

「我が主君サヴィニャック公も、ランリエルとは親しくさせて頂きたく考えております。ですが、我が国のランベール王はデル・レイ、ケルディラと結び、ドゥムヤータとの開戦を決意なされ、結果はサルヴァ殿下もよくご存知の通り我が国は敗戦し、多大なる被害を受けました。ロタ王国の臣民全て王の判断の誤りに嘆いております」


 ロタ王を批判するだと? 笑みを浮かべる王子の視線の色が僅かに変わった。ロタ王国で内乱が起こる事を王子はまだ知らない。王子とて万能ではなく、サルヴァ王子陣営の情報担当たるカーサス伯爵も千里眼ではないのだ。


 一国の正式な大使を派遣するとなると、その対応は両国の外交に大きく影響する。その為、大使が派遣される前にある程度交渉が詰められている事もしばしばある。


 かつては、ある国が同盟交渉の大使を送ったところその段になって同盟条件が食い違い、大使は侮辱を受けたと訴え、大使を招いた側の国も大使の無礼を非難し、結果、同盟どころか戦争が始まってしまった事例すらあった。


 現在、ランリエルとロタとの関係は親密とは対義語の状態にあり、交渉は細心の注意が必要だ。今回のサヴィニャック公爵からの使者も、ロタ王家から正式な大使が送られる前の探りだと王子は考えていた。


「ロタ王国は今苦難の状況にある。だが、だからこそ臣民力を合わせランベール王の元、復興に力を尽くさねばならぬのではないか?」

「サルヴァ殿下の言。全く異論はありません。ですが、肝心のランベール王は嘆くロタ国民の声に耳を傾けず、己の権力を守る事のみに心を向けております。これでは、力を合わせる、その拠り所がありませぬ」


 念の為にと探りを入れた王子の言葉にも、バルバストルはロタ王を非難する。


「サヴィニャック公爵と言えばロタ王国でも王家に次ぐと称される名門中の名門。その使者が他国でロタ王を非難するとは、穏やかではないな」

 王子は更に一歩踏み込んだ。


「臣民の心は離れ、ロタ王家の命運は尽きております。諸侯は挙って我が主サヴィニャック公の元に馳せ参じ忠誠を誓っております。ランリエル王国においては、我が主サヴィニャックを王とする新たなるロタ王家と手を携えて頂きたいのです」


 バルバストルは、大胆にもサヴィニャック公が王位を望んでいると言い放った。現在の情勢では、サルヴァ王子があえてサヴィニャック公と敵対しないと読んでいた。無論、敵対しないのと手を組むのとは次元が違う。


「他国の家の事情に首を挟むほど無粋ではない。頼まれぬのに首を突っ込めば物笑いの種だ。我が国の民とて納得はしまい」


 長い前置きを経て、ここからが本番だ。バルバストルは静かに、だが大きく息を吐いた。王子の言葉は無関心の衣を纏っているが、その実、手を貸して欲しいのかとの確認と、その条件の提示を要求しているのだ。


「サヴィニャック公には諸侯からの支持があり、今ロタ王家と争えば勝利は間違い有りませぬが、王家も一朝一夕では滅びますまい。戦いが長引けばそれだけロタの国土は荒廃してしまいます。ですが、ランリエルが力を貸して下されば戦いも早期に終わり、ロタ王国臣民は救われ、ランリエルに感謝するでしょう」


「先の戦いで我が国はドゥムヤータ王国と機知となった。今はまだバルバールを介しての友人の友人といった程度の仲ではあるが真なる友となりたいと考えている。ドゥムヤータはロタと争った間柄。ロタ王国と友となるのは良いが、それによってドゥムヤータを失う訳にもいくまいな」

「ドゥムヤータと争ったは、現ロタ王家の意思によるもの。サヴィニャック公にドゥムヤータと争う心は微塵も無く、友好に努めたいとサヴィニャック公も申しております」


 その言葉に、王子は無言でバルバストルを見詰めた。鋭い視線ではないが、それだけに息苦しさを感じる。交渉において先に手の内を見せるのは厳禁だが、何も喋らなければ交渉は進まない。そしてこの交渉を纏めたいと考えているのはバルバストルだ。王子が口を閉ざせばバルバストルが口を開かざるを得ない。


 場数、格が違った。まるで数万の軍勢を前に寡兵で立ち向かうようなものだ。正面からの正攻法では勝ち目は無い。ならば、奇襲にこそ活路があった。


「サヴィニャック公がロタ王になったあかつきには、ロタ王国はサルヴァ殿下率いるランリエル陣営の末席に名を連ねたいと考えております」

「末席だと?」

 バルバストルの踏み込んだ一撃に、王子が探る視線を向ける。


「は。カルデイ帝国、コスティラ王国と並び、ランリエルと共に歩む覚悟で御座います」

「本気で言っているのか」

「無論で御座います」


 一般にランリエル陣営と呼ばれるのは、さらにベルヴァース、バルバールが含まれる。だが、その2ヶ国とバルバストルがあげた2ヶ国とでは明確な違いがある。ベルヴァース、バルバールはランリエルの友好、同盟国であるが、カルデイ、コスティラはランリエルに征服された属国なのだ。


 ランリエルに降り援軍を得て、それによってドゥムヤータとも和睦する。それがバルバストルの策だ。ロタから貿易の独占を奪ったランリエルがロタを友好国とすれば貿易の独占が崩れる。だが、友好ではなく降るならどうか。


 ランリエルが貿易の利益を得ていると言っても、それは属国と目されるコスティラ経由だ。無論、コスティラとて利益の全てを吸い上げられるのではなく、ある程度の分配も受ける。ロタもその関係になれば良い。


 テルニエ海峡の通行税を調整し、コスティラ、バルバール、ドゥムヤータ、そしてロタ。それぞれに貿易の利益が得られるようにする。ロタは以前と比べれば大きく利益は減るが、無よりはマシであり、ランリエルも増収だ。他の3ヶ国の分配は減るが、彼らは元々無からの有に変わるのであり、増収に浮かれている今ならばそう文句は言うまい。これが数年を経て、貿易の利益を得て当たり前と考えるようになってからでは難しくなる。


「なかなか、思い切った話だな」

 王子の言葉に、バルバストルは奇襲が成功したと理解した。

「いえ。今日の情勢を見れば当然の選択と考えております」

 そう言って一礼した裏で、会心の笑みを浮かべた。


「まあ、良かろう」

 王子が頷く。


 こうしてロタ王国の内乱においてランリエルはサヴィニャック公爵に援軍を送り、その見返りとして新ロタ王国国王サヴィニャックの元、ロタ王国はランリエルに属するとの密約が結ばれたのだった。


 大筋を取り決めた後、細部は改めて詰める事としランリエル王都を後にしたバルバストルは、その足でドゥムヤータへと向かった。ドゥムヤータはあくまでバルバールとの同盟国であり、明確にランリエル陣営とは言えず、ランリエルとは別に交渉する必要があるのだ。


 ドゥムヤータ王国王都ジョバールに到着し、バルバストルが面会したのは選王侯の1人、フランセル侯爵という温和そうな老人だ。先の戦いでランリエルとの交渉を行ったというシルヴェストル公爵が出てくると考えていた。自分より若くして一国の最高権力者集団の1人としてあのサルヴァ王子と渡り合ったというシルヴェストル公爵との対決を内心期待していたバルバストルは当てが外れた。


 もっとも、そのような心の動きは微塵も表に出さず、

「ロタ王国公爵サヴィニャックから遣わされて参りました」

 と一礼する。


「ドゥムヤータ王国侯爵フランセルです」

 温和な老人が温和な笑みを浮かべる。


 この交渉は、まあ、問題ない。とバルバストルは判断している。ドゥムヤータ王国の政治体制は、同格の選王侯7人による合議制。戦争により利益を得てもその分配で1人突出すれば体制に歪が生じるのは、彼ら自身が理解しているのだ。それをロタ王国の内乱に介入するとの予測は、前回の戦いの因縁があるからだ。その因縁を前ロタ王家に押し付ける。


 先の戦いを主導したのは前ロタ王とその一族。新国王になられるサヴィニャック公はロタ王国と争う気など全く無く、友好を望んでおります。そう言って和を結び、更にロタに比べ貿易の経験が劣るドゥムヤータに技術支援をし関係を修復するのだ。ドゥムヤータにとっても悪い話ではない。


 先にランリエル王国とは話が付いている事もあり、更にドゥムヤータとは腹の探りあいをする必要も無く交渉はあっさりと纏まった。役目は果たしたとバルバストルは胸を撫で下ろした。


 これで、ランリエルから援軍を得てサヴィニャック公がロタ王になったあかつきには、ランリエルを筆頭とする、カルデイ帝国、コスティラ王国、ロタ王国を属国とし、ベルヴァース、バルバールを友好、同盟国。ドゥムヤータを準友好国とする密約が完成したのだ。


 だが、1つ大きな問題がある。ロタ王国としては現在デル・レイを盟主とする反ランリエル同盟の一員という事だ。支配する王家は変わったとしても国家としては裏切りとなる。その時デル・レイや同じく反ランリエル同盟のケルディラはどうでるか。


 戦いになるならなるで構わない。いや、望むところだ。デル・レイ、ケルディラが王家派につけば、公爵派の敗北は必至。だが、ランリエルを筆頭にするその勢力がこちらにつけば圧勝だ。思う存分叩きのめしてやる。バルバストルに残虐な笑みが浮かぶ。


 劣勢の状態から芸術的な策略での逆転大勝利。子供向けの寓話のような妄想である。まともな考えの持ち主ならばそもそも大劣勢を避けるものだ。大勢力に攻められ避けえぬ状態ならばやむを得ないが、選べるならば大勢力につくのが大人の判断である。


 だが、知略に優れた者は能力を駆使し華麗に勝利するのを望む場合が多い。そう、己の知略に自信が有り、能力を発揮する場を求める者ほど、時には子供っぽい顕示欲を発揮するのだ。そしてバルバストルにも子供っぽいところがあった。だが、それは顕示欲ではなく、子供の残虐性。


 子供が何の罪悪感も抱かず、嬉々として無力な虫けらの手足を引きちぎるように、圧倒的な力を背景に格下の者を嬲り殺す。それに快感を覚える。今回の交渉を機にランリエル勢力に参画すれば存分に心が満たされる。

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