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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
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第62話:それぞれの道

 陸でドゥムヤータに、海ではバルバールに敗北したロタ王国は、デル・レイ王国を介しグラノダロス皇国に終戦の仲介を求めた。自ら仕掛けた戦いで他者に助けを求めるのは情けない限りだが、このままでは滅亡すると縋り付いたのだ。結局、デル・レイ王国は最後まで参戦せず、このような形でロタ王国を助ける事になったのは皮肉である。


 ロタ王国は、ドゥムヤータ王の一族であるデュフォール伯爵一門の領地を明け渡しドゥムヤータに譲渡するという条件での終戦を主張したが、ドゥムヤータ王国側の全権大使は話にならなぬと突っぱねた。


「伯爵一門の領地を譲渡と申しますが、伯爵一門の領地は始めからドゥムヤータ領なのをお忘れではありませぬか。それをロタ王国との終戦の条件とする、とは」

 と、ロタ王国の全権大使に冷ややかな視線を送り、戦況が圧倒的に有利な事もあり強気である。


「ドゥムヤータとしては、デュフォール伯爵領の最北部を頂点とし、それより南のロタ王国領をすべてドゥムヤータ領とする事を主張する。実際我らの軍勢は、それよりも北まで侵攻しているのだ。これでも譲歩しているのだとご理解頂きたい!」

「しかしそれでは、ロタ王国の3分の1以上がドゥムヤータ領となってしまいます。どうかご容赦を……」

 立場の弱いロタ大使は懇願するが、交渉を任された者が相手の言葉に一々情など掛けてはいられない。ドゥムヤータ大使は微塵も心揺り動かされず一喝した。


「そちらはドゥムヤータの実権を握り支配せんとしておきながら、何を言うか! では、領土の変わりに王位を差し出されますか! 皇国の仲介ゆえ仕方無しに終戦とするのだ。そうでなくば、ロタ王国全土を占領するまでやってもこちらは一向に構わぬ。それを、何を勘違いしておられる!」


 ロタ大使はうな垂れ、ドゥムヤータ大使はそれを睨みつける。その光景に、皇国から調停役として派遣されたバルリオス伯爵もうんざりした表情で溜息を付いた。


「ドゥムヤータ王国の主張ももっともながら、我が皇国が調停に出たからには是が非でも話は纏めて頂く。皇国の顔に泥を塗ればどうなるか分からぬ大使でも御座いますまい」

 今度はドゥムヤータ大使が呻き口を噤んだ。悔しいが皇国の面子を立たせなければ折角の勝利も水の泡。一転ドゥムヤータが滅ぶ。もっとも、その悔しい表情の幾分かは演技だ。


「分かりました。我らも皇国の意向に逆らう気は毛頭御座いません。領土はデュフォール伯爵のご一門の領地のみで了承致しますが、その代わりに内海に浮かぶロタが所有する島々。それらは今バルバール海軍によって占領されておりますが、我が国に助力した彼らの領土として正式に認めて頂きたい。そしてドゥムヤータ、バルバール両国に賠償金を支払っていただく」


 ドゥムヤータが提示した賠償金の額は、ロタ王家が貿易により蓄えた財産の半分以上にも上るものだった。ロタ大使はこの条件にも顔色を変えたが、皇国の調停を頼んだのはロタ側である。嫌ばかりも言っていられず、また、今回の調停役が‘まとも’だったのもドゥムヤータに有利に働いた。


 皇国が介入し調停役が派遣される場合、大体において2つに分類される。1つは、皇国の威を借りそれぞれに賄賂を要求し、賄賂の額によって裁量する者と、皇国の名誉の為と公正な立場で裁量する者とである。そして今回は後者だった。


「ドゥムヤータ王国が権利を主張しているのは、すでに占領状態にある土地の一部。条件として過大とは言えず、敗戦国として賠償金を支払うのも当然である。この条件が気に入らぬなら、賠償金を無しにする代わりに両国が現在軍を進めている地点を国境として頂く事になりますが、よろしいか。そうなればロタ王国は海上の島々は勿論、領土の半分を失いますぞ!」


 ロタ大使は一喝され、こうなっては逆らう事は出来ない。だが、ロタ王国にも譲れぬ条件があった。


「終戦するからには、バルバール艦隊による我が国への海上封鎖を解いて頂きたい。ロタ王国は貿易で成り立つ国。いつまでも封鎖されていては国が干上がってしまいます」


 ロタ王家は、貿易の利益で多数の歩兵を養い、その強力な軍事力で貴族達を抑えている。貿易の減益は王家の力の減少である。逆に言えば、貿易の利益が守られるならば王家の独裁は変わらない。賠償金は大きな痛手だが、それも貿易により取り返せる。


「分かりました。バルバール海軍によるロタ王国への海上封鎖は中止するようにバルバールにお伝えしたしましょう」

 ドゥムヤータの大使も承諾し、こうしてロタ王家は、領土はともかく最低限の権利は守ったと胸を撫で下ろしたのだった。


 だが、実際にバルバール艦隊による海上封鎖が解かれ貿易が再開されると、ロタ王家は驚き慌てふためいた。バルバール海軍の軍艦が、終戦交渉で獲得した島々を拠点に内海を所狭しと駆け巡っているのだ。いや、それだけなら良いのだが、なんと貿易船がロタの港に入らんとするのを妨害する動きを見せている。ロタは急ぎバルバールに大使を送り抗議した。


「これはいったいどういう事で御座いますか! 海上封鎖を解くとは皇国を交えた終戦交渉で決められた事。まさかバルバールは皇国の調停に逆らうので御座いますまいな!」

 ロタの大使は敗戦国でありながら皇国の威光を背景に強気である。だが、バルバール王国宰相スオミは微塵も怯まない。白く長い髭に隠れた口を幼児に言い聞かせるようにゆっくりと動かす。


「これは異な事をおっしゃられる。我が方は海上封鎖など致しておりませぬ。あれは‘取締り’で御座います」

「取り締まりですと!?」


「左様で御座います。今回のドゥムヤータ王国との同盟の条件として我が国はテルニエ海峡の通行税徴収の権利を得ましたので、通行税の徴収方法を一新したので御座います。つまり、今までは内海に入るのに税を徴収しておりましたが、今後は寄航する港の国籍毎に税を掛ける方針に変更致しました」

 唖然とするロタ大使に、スオミのゆっくりとしたその口調は、またしても幼児に言い聞かせるかのようだ。


 ドゥムヤータの港に寄港するなら幾ら、コスティラの港に寄港するなら幾らと支払わせ、その証としてそれぞれの色の旗を配布し、貿易船はその旗を船檣≪マスト≫に掲げるのだ。無論、その旗にも細工をし、簡単には模倣できない。


「し、しかし現にロタには一隻の船も入ってはおりませぬ。それはバルバール艦艇が妨害しているからなのではないですか」

 ロタ大使は食い下がるが白い口髭の宰相はにべもない。

「それは、我が国と同盟、友好にある国への寄航の税は安く、そうでない国には高くなるのは当然では御座いませんか。そして、ロタに寄航する税を支払わぬ船が、ロタの港に向かうのを取り締まるのも当然の事」

 平然とロタ大使に言い放った。平等などという話が無条件に通用する世界ではないのだ。


 バルバールは海上封鎖などしていない。貿易船がロタ王国に向かいたいなら通行税を支払えば自由に行かせる。貿易の利益が吹き飛ぶほどの高額の税を支払う気があるのならばだ。


 スオミの言葉にロタ大使は口を大きく開けたまま呆然とし、幾ら呼びかけても返答が無い。やむなく衛兵に命じ、用意した部屋に大使を丁重に送り届けたのだった。




 デル・レイ王アルベルドは、王宮の書斎で腹心の外交官、コルネートから報告を受けていた。結局、ロタは領土だけではなく貿易による莫大な資金源をも失ったのだ。


「下らぬ欲をかくからだ」

 アルベルドが吐き捨てた。


 反ランリエル同盟にロタ王国を参加させたは良いものの、ロタ側はその条件としてドゥムヤータ攻めの加勢を願い出たのだ。だが、弱きを助け強きを挫く情厚き賢王の名を維持したいアルベルドにとって、ランリエル勢力以外への侵略戦争に加担するのは避けたい。自分はあくまで助ける側でならなくてはならない。やむなく折衷案として、ロタ王家お抱えの商人を使い、デル・レイ、ケルディラがロタ王国に助力するという偽の情報を流す策に加担したのだ。


 ロタ王国はその情報を使い、さも両国の助力があるが如く振る舞いドゥムヤータとの戦いを優位に進めていたのである。無論、最後までデル・レイもケルディラも参戦せねば、それはあくまで噂でしかなかったのだとそれで済む話だ。


「まあ、所詮あのような小細工。いつまでも通用する訳はないと思い、せめてこちらにも利するように考えたのだが……」

「はい。選王侯達との会談であえてランリエルの名を出し、ランリエルに介入させようとしたのですが、それもかわされてしまいました」


 アルベルドの命を受けたコルネートが会っていたのは、シルヴェストル公爵1人ではなかった。実は、選王侯内で情報通で通っているジェローム伯爵とも会っているし、日和見の侯爵達の屋敷にも訪問していたのである。無論、誓約書を交わすなど証拠が残るへまはしない。後で彼らが何を言おうと知らぬ存ぜぬで通す計画だった。


「バルバールが出てきたので引っかかったと考えたのだが、奴らも擬態だったとは。ここでランリエルが出てくれば、我らと結んだ和議の誓約書のインクも乾かぬうちにまた他国を攻めるのかと非難するはずだったのだがな」

「はい。それでもランリエルは配下の国を動かしたと風聞を流しはしますが、やはりランリエルが直接動いたのとでは印象が大きく違います。事実、バルバールはこの戦いで大きな利益を得ており、それだけの旨みがあるならば、ランリエルの指示無しの参戦との主張も不自然ではありません」


「ランリエルがもう少し強欲に動いてくれれば、糾弾も出来たものを」

「バルバールの上前をはねていれば、それを根拠に出来たのですが……。ランリエルは、結果的に得られる範囲内でしか、利益を得ていません」


 アルベルドは大きく溜息を付き、取り合えず風聞を流すようにコルネートに命じて下がらせた。反ランリエル勢力の盟主として力を伸ばさんとするアルベルドだ。逆に言えば、ランリエルに勝ってしまってはその地位は失われる。その為、始めから積極的にロタに勝利させようとは考えておらず、ランリエルに介入させた方が利すると考えたのだ。


 だが、ロタ王国の敗北は予想以上だった。領土はともかく貿易の利益を失ったのは大きな痛手だ。ランリエル勢力5ヶ国にドゥムヤータを加えた6ヶ国。それに対し反ランリエル勢力は3ヶ国。その差を、ロタの経済力で埋める計画だったが、それが狂った。


「さて、どこで帳尻を合わせるか……」

 自身1人となった部屋で、アルベルドが呟いた。




 ランリエル王国第一王子サルヴァ・アルディナは、嵐のような執務の合間に一息入れ紅茶の香りを楽しんでいた。以前はさほどとも思わなかったその味も、仕事が忙しくなるにつれ恋しくなってくるから不思議である。傍らには副官としてウィルケスが控えている。もっともその態度において、この副官は控えるという言葉を母親の胎内に置き忘れていた。


 今も作業をしていたドゥムヤータ関連の処理について、気さくに声を掛け、

「そういえば、ドゥムヤータのシルヴェストル公爵が真相を知れば、ご立腹なさるでしょうね」

 と、常に傍にいる上官とはいえ、本来雲の上の人物のはずのサルヴァ王子に少し年上の友人に対するような物言いである。もっとも、王子も気にはしていない。


「仕方があるまい。現状、ランリエルの参戦は避けたいところだった。だが、ドゥムヤータが敗北してしまうのも、長い目で見ればランリエルに不利となる。手を貸さねばならぬが、カルデイとコスティラは、まあ、我が国の属国と見られる国だ。彼らが参戦しては我が国が参戦するのも同じ事。後は、ベルヴァースとバルバールだが……」

「ベルヴァースには、戦争反対のルージ王子が居ますしね」


 ウィルケスの言い草に王子は苦笑を禁じえない。

「まあ、それでなくともベルヴァースは地理的に参戦は不可能だ。ベルヴァースが参戦するなら、ロタ王国までにはランリエルどころかバルバール、コスティラまで通らなくてはならん。ベルヴァースの軍勢にその通行許可を出しては、結局は我らが加担したも同然だ」

「それで、バルバールですか」


「ああ。バルバールにはロタに数では劣るものの、有力な海軍があり、コスティラを海路から越える事が出来る。後の問題は、今まで大国に攻められ続け、我が国の要請としてならともかく、独自で他国を攻めるにはバルバールの臣民の反対が大きいという事だった」

「それで、シルヴェストル公爵を散々追い詰めたところにディアス殿を送り込み、バルバールに優位な条件で同盟を組む道を示唆したと」


「公爵が聡明な男で助かった。バルバールと手を組むと思いつくまで何度でもその機会を与え続ける予定だったが、たった1度のディアス殿の訪問でそれに気付いてくれた。我らから提案しては足元を見られるのはこっちだからな。おかげでバルバールは最大限の条件で、いや、こちらが思っていた以上のだ。ロタから貿易の利益を完全に奪うとまでは私も予想はしていなかったな。そして、ランリエル、コスティラもその恩恵を受けられた」


 現在、貿易船のほぼ半数はドゥムヤータの港へと向かい残りはコスティラの港へと向かっている。そこであげた利益はランリエルとコスティラで分配する。バルバールが受ける利益は通行税だけかに見えるが、実は、将来においてはそうではない。ドゥムヤータ王国から譲渡されたバスティア島。その島に急速に手を入れ貿易港としての設備を整える計画である。


 貿易は他の大陸からの一方通行ではなく、このボルディエス大陸からも様々な品が他の大陸に送られる。その品はドゥムヤータの港から積む方が利便が良い場合も有れば、コスティラからの方が良い場合もある。その間に浮かぶバスティア島はその中継港としての役割を果たす。その代わりに、バルバールは内海に艦隊を展開し貿易船の違反取締りとロタ海軍による制海権奪取の動きへの牽制の役割を担うのだ。


「それでもやはりバルバール海軍の動きには目を見張るものがありました。彼らが数では倍するロタ艦隊に勝利しなければ、制海権の確保は出来ず、貿易の独占も難しかったはずですし」

「それはそうだが、バルバール王国宰相のスオミ殿から聞いた話では、公爵は、私と対決した時には既にバルバール艦隊の提督とも話し、勝算ありと確認済みだったらしい。決して偶然ではない」


 ランリエルも参戦しているとロタに思い込ませたのだ。分散していたロタ艦隊が体勢を立て直す為、一度本拠地たる海軍要塞に引き上げるのは容易に予想出来た。そこを狙うのは難しくは無い。とは、バルバール海軍提督ライティラの言である。スオミは公爵との会談の部屋を後にすると、何とその足で王子の部屋を訪問し洗いざらい喋っていたのだ。


「それは……。交渉の内容を他に漏らすのかと、公爵が知れば、またご立腹なさりそうですね」

「まあ、な」


 ウィルケスの表情に皮肉なものが浮かび、王子も苦笑した。公爵には、他に漏らせば信を失うと言ったが、実際、国家間の外交には裏表どころか、自分の行いを上げる棚を何十と用意するものだ。


「とにかく、公爵の手腕は見事だった。なるべく早くに公爵とは改めて友誼を結びたいものだ」

 そう言って王子は紅茶を一口啜った。その姿に、あれだけ公爵を苛めておいて大丈夫なのかとウィルケスが肩を竦めた。




 ドゥムヤータ王国では、今回の戦いで獲得した領土を惜しげもなく参戦した貴族達に分配し、国中がその恩恵に沸いた。王に代わって君臨する選王侯達である。諸侯を繋ぎ止めるには気前の良いところを見せる必要があった。しかも、今後はロタ王国が独占していた貿易による莫大な利益も入る。連日開かれる貴族達の宴では選王侯達が主賓として招かれていた。


「さすがはシルヴェストル公爵。すべて貴方のおかげです」


 選王侯の纏め役と目されるフランセル侯爵も上機嫌に杯を傾ける。王の一族はロタ王国に逃げ去ったが、侯爵の友人たるドゥムヤータ王セルジュは王宮に残った。そして混乱の最中、伯爵の屋敷に居た王の息子に連絡を取るのに成功していた。


「デュフォール伯爵は、所詮我らを利用としているだけじゃ。いや、それだけでは満足せず、自身が権力を握ろうと我ら親子を害そうとしていたのだ」

 王はそれを息子に伝え、真相を知った息子は慌てて王宮に戻ったのだ。


 今回の大乱の一因を作ったともいえるドゥムヤータ王、セルジュ・デュフォールだが、そもそも彼を王に指名したのは選王侯達である。元凶たるデュフォール伯爵も去りドゥムヤータ王に力はない。フランセル侯爵の擁護もあって、先例通り崩御するまでその地位は守られる事になったのだ。


 フランセル侯爵は肩の荷が降りた様子で晴れ晴れとした表情だ。侯爵と2、3言葉を交わした後、公爵は礼儀正しく一礼して傍を離れた。酔いを醒まそうとバルコニーへと足を向ける。しばらくすると背後に気配を感じ、振り返ると今回軍事面で公爵の助けとなった武官ジル・エヴラールだった。今後も軍事面での公爵の相談役として傍に仕える事になっている。


「どうかなされましたか」

 酔いを醒ますにしては、深刻そうな表情の公爵に武官ジルが声を掛ける。その言葉に、公爵の顔に自嘲の笑みが浮かぶ。


「私なりに自分の才覚には自信があった。だが、今回の事は己の未熟さを思い知らされるばかりだった。ロタの将軍を討ち取ったリファール伯爵の武勇に、計略により城砦を落とした侯爵方。皆、私などよりよほど有能だ。彼らに比べれば、結局私は踊らされていただけだったのだろうな」


 ランリエル王都では、ドゥムヤータを守ろうと必死で駆け回った。ロタの思惑を見破り、デル・レイ、ケルディラの参戦を虚空に浮かぶ幻と看破し、逆にランリエルの影を彼らに見せ惑わした。だが、ふと後ろを振り返れば、必死で駆けてきた道は、自ら切り開いた物ではなく他人が照らす明かりに導かれ進んだだけなのではないか。そうも思えてくる。


「何をおっしゃいます。ロタ王国から貿易の利益を奪う策など、公爵で無ければなし得なかったでしょう。港には貿易船が殺到し、交易の整理に困るくらいだと聞いております」

「ああ。港の整備を急がせている。街道の道幅ももっと広げたいところだな」


 今までさほど繁栄していなかったドゥムヤータの貿易港である。かつて無い数の貿易船が寄航し、処理能力の限界を超えていた。ロタの港から積み込むはずだった品々は、急遽陸路でドゥムヤータまで送られてからの積み込みとなり、それまで貿易船は出航出来ないし、そもそも貿易船の積荷を買い取るはずの商人すらロタから急いでドゥムヤータにやって来ている最中なのだ。公爵が言うように貿易港の拡張は急務だった。


 また海軍の増強も急いでいる。この繁栄はバルバール海軍頼みであり、バルバールとの関係が悪化すれば一瞬にして崩壊する。今回彼らと手を組んだが、その友情を永遠のものと考えるのは危険である。貿易による利益を得られている間に彼らに匹敵する海軍を整える必要があった。


 取り敢えずは、今回の戦いでバルバール海軍が鹵獲したロタ海軍の軍艦を買い取る事が決まっている。今後バルバールも貿易により利益を得るようになれば、更に海軍を増強する予定だが、その艦艇は自国で建造すると聞いている。国の規模としては小さいバルバールだが、度重なる戦いにより造船技術は他国より一歩進んでいるとの自負がある。ドゥムヤータもすでにバルバールへ軍艦を発注している。それが両国の友好にも繋がるのだ。


 あらゆる意味で、バルバールとの同盟が続くのが望ましい状況だ。その為には、やはり今一度ランリエルとの関係を修復する必要がある。どうこう言っても、やはりバルバールの頭上にはランリエルが君臨しているのだ。


「もう一度、サルヴァ殿下に会わねばならぬな」

 目の前の武官にも聞こえぬほど小さな声で、シルヴェストル公爵が呟いた。




 ロタ王国北部では、終戦協定を受けバルバール軍も引き上げており、ロタ王国の軍勢も撤退を始めた。後を守るのは、この地を領する貴族達である。


 北部での戦いに活躍したブラン騎兵連隊だったが、全体では所詮負け戦である。その中にあって、連隊の主人たるサヴィニャック公爵は敗戦にもかかわらず密かに狂喜乱舞していた。北部防衛の要ベルフォール城を任される事からも分かる通り、公爵の領地は北部にある。今回の敗戦で南部の貴族達は大きな被害を受けたが、公爵はほとんど無傷だった。通常このような場合は、ろくに戦闘に参加しなかったからだと非難されるものだが今回は事情が違う。


「公爵が目を掛け抜擢されたブラン殿が率いる騎兵連隊は10分の1以下の戦力でバルバール軍本隊と互角に戦い、その威を示しなされた」

「さよう。公爵のお陰で敗戦にもかかわらずロタ王国軍の名誉は守られたのです」

 と、ブラン達の活躍に、取り巻き達は公爵を称賛する言葉に事欠かない。部下の活躍は主人の功績であり、我らも懸命に戦ったのだと公爵は胸を張っている。敗戦の中、1人名声を高めたのだ。


 その話を聞いたブランとリュシアンは肩を竦めた。


「まあ、なにも手柄を横取りされた訳ではあるまい。今回の件で、またお前は多数の軍勢を任されるだろう」

「分かっている。次は5百、多ければ千か」


 ブランにリュシアンが興味深げな視線を送り、送られた方もその視線に気付いた。


「どうした」

「いや、お前は任命されたら受けるというだけで、それほど昇進には拘ってはいないと考えていたのでな」


「上に行かねば、奴と戦うのは難しそうだ」

 眼光鋭くなるブランに、リュシアンは微笑み頷いた。ブランはかつて、血の燃える相手と出会った事が無いと言っていた。だが、猛将グレイスはブランを超える武勇の持ち主なのだ。


「そう何度も命令違反をする訳にもいかないな。次に戦う時は、共に一軍の将としてか」

 リュシアンの言葉にブランは返事も頷きもしなかったが、一瞬膨れ上がった覇気がそれを肯定していた。


 ブラン騎兵連隊も城を出た。とはいえ隊員全員が王都を目指したのではない。戦時に招集され国軍扱いだったが、本来は公爵の私兵である。士官や主だった者は王都に屋敷を構える公爵の傍らに居るが、大半の者は公爵の領地の駐屯地で訓練に励むのだ。全軍を王都付近に駐屯させるなど金の無駄だ。


 ベルフォール城から王都に向かうのは、ブラン、リュシアンら10騎程度である。他の者は小隊長と共に公爵の領地へと別の道を進んだ。


 ブラン騎兵連隊は連隊として独立した行動が許されている。指定された日時に帰還できるならばその経路もある程度自由が利く。どこかの貴族の領地を進むならば前もって使いを出し通過の許可を得なければならないが、今回は若干遠回りになるものの街道を進むので、その面倒は無かった。


 遠回りをして向かった先は初めに駐屯した町である。終戦を受け町の者達も避難場所から戻っており、彼らにはバルバール軍との戦いの後、食料の提供を受けた恩がある。


 町長の家に向かい帰還の挨拶を行い更に礼を言うと、こちらこそ敵から守って頂いた、と町長も頭を下げた。その後に向かったのはアレットの元である。公私混同を好まぬブランとリュシアンだが、さすがに素通りは出来なかった。アレットの酒場に着くと、向こうも察していたのか呼び出す前に店の前に現れた。


 自分の胸元辺りの背丈しかない女を前に、ブランの表情は変わらない。

「また、来る」

 と短く言った。


 公爵の領地にはブラン騎兵連隊がいる。訓練状況の視察など、月に1度出向けばその往復でこの町に立ち寄る。


「え? 何言ってるの? 私も王都に行くんだよ? 店の始末が終わったら追いかけるから、ちょっとだけ待っててね。ブラン」

 アレットは、当たり前でしょ? という表情だ。


「そうか」

 ブランが無表情に答え、その2人を見ながらリュシアンが笑いを堪えている。ブランと付き合いの長い彼だけが分かる。大陸に知られる猛将と壮絶な一騎打ちを演じた男が、間違いなく戸惑っていた。

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