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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
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第61話:騎士達の名誉

 ロタ王国北部にてディアス率いるバルバール軍と戦ったブラン騎兵連隊だったが、それはベルフォール城に戻れとの命令を無視しての行動だ。彼らにとってはベルフォールに戻るのもはばかられ、よって行く当てもなく、町の者が避難した場所へ向かったのだ。着いてみると更に内陸部の町に縁者が居る者はそこを頼り、避難場所に居たのは町の住民の半数ほどだった。


 本来ベルフォールに入るはずが突発的に引き返しバルバール軍に挑んだ彼らである。輜重隊すら居らず、携帯していた非常食を食い尽くせば食うにすら困る状態だった。それを助けたのはアレットら町の者である。


「私ら兵隊さんに助けて貰ったんだから、今度は私らが兵隊さん達を助ける番だよ!」

 と、食べ物を提供してくれ当面の生活は保障できたが、町の者達の食料も無限ではない。このままでは問題の先延ばしである。


「ちょっと状況を調べてみる」

 リュシアンが数人の隊員を引き連れ避難場所を出て行き、2日後に人数を減らして帰って来た。


「どうした。何かあったのか?」

「いや、2人ほどベルフォールまで行かせただけだ。どうやら、思ったより状況は悪くないらしい」


 北の城砦まで行ったリュシアン達は外で待機し斥候が出てくるのを待った。まともな軍隊なら斥候など最低でも1日に1度。敵が近くに居るなら何度も出すものだ。さほど時を経たずして城から出てきた斥候を捕まえ話を聞いた。斥候は敵に捕まったのかと怯えを見せながらも、精一杯の虚勢を張っていたが、リュシアン達がブラン騎兵連隊の者と分かると安心した様子で話し始めた。ブラン達が命令違反をして町に引き返し、バルバール軍に戦いを挑んだのは彼らにも伝わっていたのだ。


「貴方達は命令違反を犯しましたが、敵前逃亡ならぬ敵前突入ですからね。あれこそ誇りあるロタの騎士の振る舞いよと、好意的に考える者達も多いです」


 人は持っていないからこそ、それを求めるものである。ロタ王国は王家が貿易による莫大な利益で多数の歩兵を養い、その力を背景に強固な王制を敷いている国だ。逆に言えば騎士の立場が弱いともいえるが、それゆえに'騎士らしい振る舞い’を尊重する向きがある。


「俺達のやった事は不問になるか、罰を受けても軽いものになりそうという話だ。それで、その伝令が一度城に戻り城主と話を付けてくれて、うちの隊員2人と共にベルフォールに行っている」


 こうして沙汰を待つ事になったが、その間にまた状況が変わっていた。バルバール軍2千に対し、後から来た者を含めても2百以下の人数で戦いを挑んだのだ。間違いなく全滅しているかと思えば、それが生き残っているというので北の城ではその話題で持ちきりだった。そしてその話を酒の肴に、どう戦っただの、結局は逃げたのかなどと話しているうちに、ブラン達に直接聞こうかという話になったが、そこに酔いも手伝って1人の騎士が言い出した。


「人は自分達の良いように語るものだ。真実を聞きたいなら戦った相手に聞くに限る! 俺がバルバール軍の本陣に行って聞いて来てやる!」


 城の者達は、なんと豪胆な! と喝采を浴びせ、言った者は翌朝には酔いも醒めて青ざめたが退くに退けない。やむを得ず友人にも付いて来て貰いバルバール軍本陣へと向かった。


「私はロタの騎士ベルトンと申す! 貴軍と我が方のブラン騎兵連隊との戦いの仔細について、是非ともお聞かせ願いたい!」


 友人の手前もあり、バルバール軍本陣前で精一杯の威厳を保ち叫んだ。そしてバルバール軍の方でも、なんと豪胆な! と、好意的に受け入れられ陣内に招き入れられたのだ。そして、それではとみんなで話しをしてやろうとしたが、バルバール騎士に負けず嫌いな男が居た。


「人づてに伝えると話が変わる恐れがある! 私が貴軍に出向き、そこで詳しく聞かせて存ぜよう!」

 内心、こちらが殺さなかったのだから、まさか殺されまいとの計算もあった。


 今度は、バルバール軍本陣で喝采が起こり、こうして負けず嫌いのバルバール騎士により、ブラン達の戦いの詳細が北の城にて語られたのだ。その内容に城の者達は改めて驚愕した。


「僅か2百足らずで、名将フィン・ディアスの2千と互角に戦ったというのか!」

「何と凄まじき者共よ!」

「しかも連隊長のブラン殿は、あのバルバールの猛将グレイスと壮絶な一騎打ちを演じ、一歩も引けを取らなかったと言うではないか」

「さらにそのグレイス殿から、虎将と称されたとか」

「我が軍の誉れである!」


 ブラン達を褒め称える言葉は尽きる事無く、これは万一にもブラン達に厳罰が下ってはいけないと、北の城の者が改めてベルフォールへと減刑嘆願に向かうという事態になった。そのころにはブラン達にも、ベルフォール城にいる北方軍を統括するドーバントン将軍から悪いようにはせぬので一度城に戻れとの通達があり、さすがにこれを拒否しては反逆罪にもなりかねない。ちょうどブラン騎兵連隊の面々もベルフォールに向かっているところだったのだ。


 北の城の者に1日遅れてベルフォール城に到着したブラン達は、思わぬ大喝采の中城門を潜った。上手く行けば不問どころか、賓客待遇で処罰どころではない。ドーバントン将軍の計らいにより、ブランとリュシアン、そしてベアールら連隊の主だった者達を招き晩餐を供される事になったのである。


 無論、ドーバントンにも純粋に彼らを賞賛する気持ちはあるが、政治的な意味合いもある。現在ロタ王国は南部戦線で苦戦を続けている。全軍士気上がらぬところにブラン騎兵連隊の活躍である。


 名将フィン・ディアス率いる2千の軍勢に10分の1以下の軍勢で互角に戦う。いや、10分の1以下で互角なら、戦力が同じならば大勝利だった! と宣伝しロタ王国軍を鼓舞する必要があるのだ。


 もっとも、同数ならば大勝利などとは、リュシアンに言わせれば馬鹿馬鹿しい話だった。もし戦力が同じならば、バルバール軍は始めから猛将グレイスを出している。ならばこちらもブランを隠し玉には使えず、その時点で一騎打ちだ。そうなれば、後はディアスとリュシアンとの指揮能力の勝負になるが、これはもう話にならない。ディアスに一泡吹かせるどころか、当たり前のように負けていた。


 あれは10分の1以下の戦力で挑む事によりディアスに安全策を取らせ、そしてブランの存在を知らぬという無知と遅れて引き返して来た50騎の参戦という偶然の産物でしかない。いかな名将でも、無知と偶然には抗えない。


 晩餐の場でも、ドーバントン将軍を始めその幕僚達はブラン達の活躍を褒め称え、その既知になろうと話しかける。名のある勇者と友人であるというのも名誉であるのだ。


 そして、褒め称えるのはブランばかりではない。幕僚達が、ブラン騎兵連隊300騎の内、始めにブランに付いて行った130騎は真の勇者。後から来た50騎はそれに次すると賞賛する。だが、そうなると問題になるのは、結局来なかった100余騎の者達だ。


「まったく情けない者共よ。それほど己の命が惜しいのか」

「私ならば恥ずかしくて、既に自ら命を絶っておろうに」

「何をおっしゃる。命が惜しくて駆けつけなかった者が、恥じて命を絶つなどありえぬ話」


 幕僚達の嘲笑が響く中、ブランは黙って肉の塊を咀嚼し杯を重ねていたが、銅の杯を持つ手が強張っているのをリュシアンは見逃さなかった。そして、幕僚達の嘲笑にドーバントン将軍も、まったくだ、と応じた時、それは起こった。


「お前が、ベルフォールに戻れと命じたのではないか!」

 ブランの怒声が部屋を満たし、手にした杯は握りつぶされていた。給仕をしていた執事達が、そこかしこで水差しや料理を落とし騒音を立てている。


「いつ、その馬鹿共を黙らせるのかと黙って聞いていれば、貴様まで笑うとは何事か!」

 幕僚達はブランの勢いに飲まれ青くなり、リュシアンが、やってしまったかと、溜息を付いた。


「その者達は、俺の言葉より、お前の言葉を重しと城に戻ったのだ。お前の命に従い、お前に蔑まされるなら、兵士達は何を信じて戦えばいい!」

「い、いやしかし、貴殿達は命を賭け戦ったのであるから、それに参加しなかった者達は……」


 ドーバントン将軍は失言に気付きブランを宥めようと必死だが、激したブランは止まらない。止められる者が居るとすればリュシアンだが、彼にはブランを止める気はなかった。


「俺達は、俺達の名誉の為に戦った。お前の命令に従ったのではない。戦うのが正しかったと言うならば、どうしてお前が戦えと命じなかった! お前が命じていれば、その者達も戦っていたぞ!」


 確かにブランの言う事は正論だが、その正論を逆に言えば戦った者達は命令違反だ。それを帳消しにしてやる為に褒め称えてやっているのだ。ドーバントン将軍はあまりの怒りに血の気が引き顔が青ざめる。


「もし、戦わぬ事でその者達の名誉が失われたのなら、名誉を失わせたのは彼ら自身ではない。お前が彼らの名誉を奪ったのだ!」


 ブランが常人ならばそれだけで逃げ出すほどの眼光でドーバントン将軍を睨むが、ドーバントン将軍とて常人ではない。数々の戦いに勝利を重ね将軍にまで上り詰めた男だ。ブランの獣気に気圧されず睨み返す。幕僚達は事の次第に慌てふためいた。ドーバントン将軍が笑った事が直接の原因となったが、元をただせば彼らの嘲笑が事の発端だ。リュシアンは、ブランは普段は寡黙だが怒った時は意外と饒舌になるなと、睨みあう2人を眺めていた。そこにドーバントン将軍が溜まりかね叫ぶ。


「ならば望み通りにしてやる! お前は命令違反だ! 牢にでも入っていろ!」


 ドーバントンが人を呼び、数名の衛兵達が駆け込んで来たが、取り押さえる相手が英雄として招待されたはずのブランだと知ると、戸惑いドーバントン将軍に視線を送った。将軍が顎で、やれ、と合図し、衛兵は戸惑いながらもブランを取り囲んだ。


 とは言え、相手は猛将グレイスと互角に戦った男である。抵抗されては自分達など相手にならぬと緊張に額が汗に濡れる。ブランが自ら立ち上がると、慌てて飛び退る有様で、

「牢屋は、どこだ」

 とブランに問われると、

「ち、地下で御座います」

 と丁寧に答える。


「案内しろ」

 ブランが先頭に立って部屋を後にし、衛兵達が急いで追いかける。ドーバントン将軍は不機嫌にその光景を睨み続け、幕僚達が慌てて宥めた。


「将軍、よろしいのですか? あの者の功績は既に王都にも連絡しておりますし、なによりサヴィニャック公爵が目を掛けている者とも聞いております。それを命令違反と処罰してしまっては……」


 その言葉にドーバントン将軍は、しまったと、今更ながらに焦った。怒りに任せ、売り言葉に買い言葉で応じてしまったが、これは不味い。現在ロタ王国軍は南部で大劣勢、海軍は壊滅。建て直しは不可能でありこのまま敗北だ。全軍を統括する総司令は責任を取って辞職するしかなく、後任は誰になるのか。


 負けてないのは北部の自分だけだが、所詮それは戦っていないだけであり戦果はない。自分が総司令になる為には、是非ともブラン達の戦果を自らの功績に取り込む必要があるし、有力者である公爵の後押しも欲しい。だが、ブラン達を罰してしまっては話がおかしくなってしまう。どうしたものかと焦りに汗を流していると、今まで黙っていたリュシアンが突然口を開いた。


「勇者は尊ぶべきで御座います。しかしながら軍規を疎かにすれば軍隊は成り立ちませぬ。ドーバントン将軍は、勇者を持て成しその名誉を讃え、その後牢に入れて軍規を示されました、真に公明正大な裁きと存じます」


 思わぬブランの副官の言葉に、一瞬ドーバントンは呆気に取られたが、我に返るとその言葉に飛びついた。

「う、うむ。良くぞ我が真意を読み取ってくれた」

 と、精一杯の威厳を込めた表情を作り頷いて見せた。


「では、私もこれにて失礼致し、牢屋にて休ませて頂きます」

 リュシアンが立ち上がると、他の者達も後に続く。その後ろでドーバントン将軍と幕僚達は放心し、椅子に崩れ落ちた。


 ブランとリュシアンは向かい合わせの牢に入った。他の者達は別の牢屋だ。月明かりが鉄格子の付いた窓から入り、床を四角く照らしている。


「今日は満月か。そう言えばバルバール軍と戦った時は新月だったな」

 壁に寄りかかっていたリュシアンは、そう言うと苦笑した。


「何が、おかしい」

「いや、もしあの時に満月だったら、それだけで俺の作戦など破綻していたのかと、今更気付いたのでな」


「月が明るければあれほど上手くは行っていなかったかもしれんな。だが、確か戦いの前にお前は、これだけ暗ければ、と言っていたはずだ。明るければ、別の手を考えていただろう」

「そんな事を言っていたか?」


「言っていたな」

「そうか。自分で言った言葉すら覚えていない。あの時は必死だったからな」

 リュシアンが窓に目を向け、ブランも同じく目を向ける。


 しばらくして足音が聞こえると、ブランとリュシアンの牢の手前で1人の男が足を止め両足で跪いた。見ると、ドーバントン将軍の命令を守りベルフォール城に入ったブラン騎兵連隊の者だ。隊では50騎ずつに1名の小隊長を任命していた。その内の1人でコルトーという。


「隊長。申し訳御座いません」

 コルトーは地面に額を押し付けるようにして頭を下げた。


「私が任されている者達の中にも、隊長の後を追いたいと言う者は居ました。ですが、私がそれを許さなかったのです。少数で戦っても無駄死にだ。バルバール軍と戦うなら、相応の戦力を持って戦うべき。その為にはベルフォールに入る必要がある。そう考えておりました」

「それが、正しいのだろうな」

 ブランが静かに応じた。リュシアンも2人を見ている。


「ですが、隊長達がバルバール軍と互角に戦ったという話に、お前達はそれほど命が惜しいのかと隊員達は嘲笑され。私はそれでも構わない。ですが、私が引きとめた者達までが……。私が彼らの名誉を奪ってしまった」


 コルトーは、冷たい石畳の床を掻き毟り爪に血が滲んでいる。騎士にとって名誉は命より重い。コルトーとて、それは同じである。撤退命令が出た時、今は屈辱に耐え、勝算がある時に戦う事こそが真の名誉ある行いとコルトーは考えた。そしてそれは間違いではない。所詮結果論であり、ブラン達が全滅していれば短慮者達の愚行でしかなく、コルトーの判断こそが正しかったとなっていた。


「その者達の名誉を奪った者が居るとすれば、それはお前ではない。城に戻れと命じた奴だ」

「はい。……はい」

 コルトーの頬に涙が伝い床を濡らしていく。


「どうやら、大した処分はされぬようだ。連隊も解体はされぬ。その者達に、隊に戻るように伝えてくれ」


 武勇優れる隊長の腹に響く低い声が、思いの外優しく聞こえる。コルトーが床に泣き崩れた。窓から漏れる月明かりがそれを照らしていた。

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