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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
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第58話:名将と名も無き者達

 ブラン達は丘の上の陣に戻った。付いて来たのは130騎ほどだった。多いのか、少ないのか。多いのだろうとブランは思った。間違いなく、全員が死ぬのだ。


「敵は大陸にその名轟く名将フィン・ディアス。そして2千の兵。こっちは、どこぞの奴が率いる小連隊だ。まあ、勝てぬな」

 開き直っているのか、そうは言いながらもリュシアンは冷静だ。

「だが、一泡吹かせてやるくらいはやってやる」

 と作戦を考えている。


 敵は2千、こちらは130。まともに戦えば勝負にならない。その差を策で埋めるしかない。つまり、知略でリュシアンがディアスに勝たねば成らぬという事だ。しかし、ブランが問うとリュシアンは驚いた表情を見せた。


「私がディアスに知略で勝つだと? それは、猫に向かって虎に勝てというようなものだぞ」

「では、どうする気だ」


「ディアスに手加減して貰うさ」

「手加減だと」


 普段、感情を表に出さぬブランが目を見開いた。命を賭けた戦いに、手加減などするはずがない。


「敵は圧倒的に有利だ。それゆえ無理はしない。普通に戦えば勝てる戦で博打をする理由がないからな。名将フィン・ディアスならなおさらだ。多分」

「多分、か」


「戦力差を見れば、こちらに都合よく考えねば作戦の立てようがない。まあ、そう心配するな賽≪さい≫を振って出したい目が出るかの博打を、3回ほどするだけだ」


 それは、かなり確率が低いのではないかとブランは思ったが、まあ、良い。元々無理な戦いなのだ。


 まず1つ目の賭けだ。バルバール軍は定期的にこちらの様子を見る為斥候を出して来た。よほど良い馬を選んで寄越しているのか、何度か追いかけたが、ここまで駆けて来て馬が疲れているはずなのに逃げられた。


 前回は丘に潜み軍勢を隠したが、今度は逆に軍旗を麓の方にまで数多く並べ水煙も多く出した。丘に隠しきれぬほどの軍勢がいる。そう見せる為なのか。とブランが問うと、それでも良いな。とリュシアンは苦笑を浮かべた。


「実際、この丘に置けるのは、完全に隠すと成ると2、300程度。普通に布陣しても千が精々。問題は、今戦えばバルバール軍が優位だという事だ。別に、こちらが多く見せる為の擬態をしているとディアスに読まれてもかまわない」


「見破られても構わぬなら、これは何の賭けなのだ」

「ディアスが出て来るかどうかの賭けだ」


 実際、いくらでも考えようはあるのだ。本当に千の軍勢がいた場合。それが擬態の場合。バルバール軍をそれ以上内地に進ませぬ為の防衛なのか。バルバール軍を攻める為に軍勢を揃えている途中なのか。それらの要素の組み合わせの中で、ディアスがどう判断するか。


 そして放っていたこちら側の斥候から、バルバール軍が動いたとの報告があった。軍勢の数がはっきりしないなら最大と考えるしかなく、こちらの軍勢を最大の千と見積もり全軍での移動である。初めに攻撃した後、バルバール軍は町への攻撃はしていない。それはロタ側も分かっている筈であり、今更、防衛の為の集結ではないとディアスは判断した。


 元々牽制が目的の上陸だ。無理して居座る必要は無いが、軽々と引く訳にも行かない。居座れるだけ居座る必要がある。敵が集結していないならば、その前に叩くべきだ。無論、バルバール軍がのこのこと出てきたところを多数の軍勢で包囲する策の可能性もあるので、十分な斥候を放ちながらの進軍である。


「とりあえず、1つ目の賭けには勝ったか」

「さすがの名将も、いや、名将だからか。劣勢にもかかわらず戦おうという奴らの考えなど、分からないのかも知れないな」


 リュシアンは苦笑を浮かべたが、ブランが常になく、まるで呆けたような表情なのに気付いた。

「どうした?」

 と怪訝そうに問いかける。


「そうか……奴ら、なのか」

 呆けたままの顔でブランが言い、リュシアンが微笑み頷いた。


 リュシアンと2人で戦ってきた。そう思っていた。だが、今ここには共に戦う者が130人居た。130人も居るのだ。


 そして2つ目の賭けである。

「今度の賭けは、まあ、大丈夫だ。間違いなく勝てる」


「今度は、どういう賭けだ?」

「ディアスが、私の作戦を読めるかどうかの賭けだ」


 軍勢の一部を出すならともかく、全軍での移動ならば食料などの物資も合わせての移動だ。進軍の速度は比べ物にならぬほど遅く、バルバール軍は途中で一度野営するはずである。ブラン達はその時を狙って動いた。


 日が暮れ始めバルバール軍が行軍を停止し、野営の準備をし始めた時に100のロタ騎兵が攻め寄せた。斥候からその報告を聞いたバルバール軍は野営の準備どころではなく、隊列を組み襲撃に備える。


「100騎ほどの敵が、矢の射程ぎりぎりのところで我らを遠巻きにしております」

「他に敵は?」

 副官のトルスティが言い、ディアスが問うた。


「居ません。斥候を放った限りでは、少なくとも数千規模の敵は、付近3ケイト(約25キロ)四方には居ないはずです」

「その目を掻いくぐって潜めたとしても、精々2、300といったところか……」


「如何致しましょうか?」

「その2、300の襲撃に備えつつ、正面の敵を300で迫ってくれ」

 そう命じたが、ディアス自身成功するとは思っていなかった。そしてしばらくして、予想通りの報告を受けた。


「寄せれば敵は逃げるばかりです。こちらは歩兵中心の編成。騎兵の足には付いていけません」

 トルスティが悔しそうな声を出した。たとえ敵が騎兵でも、攻めて来るなら槍衾で防ぎ矢で仕留められるが、逃げに徹せられては捕まえられない。


「やはり時間稼ぎか……」

 攻める気ならとっくに来ているはずだ。あえてこの時間を選び仕掛けて来たなら、夜になるのを待っているのだ。そして間違いなく奇襲がある。正面の100騎だけでは勝負にならず、夜を待つ必要も無い。


 ディアスは敵の策を奇襲と読んだ。それは正解だった。リュシアンの策は奇襲である。そして、リュシアンは2つ目の賭けに勝った。リュシアンの計画は、ディアスに策を読まれない事には始まらない。ブランに言った通り、ディアスが自分ごときの策を読めないはずは無いと考えていた。


 そしてついに日が落ち、その夜となった。バルバール軍では、ブラン達の襲撃に備えながらも、あちこちで松明が焚かれ始めた。だが、それだけにそれ以外の場所では闇が深くなる。100のロタ騎兵は、射手の射程ぎりぎりの距離を保ちながらも、挑発するような動きを見せている。


「なかなか攻めてこないですね……」

 戦いが始まったと、遠慮して口を聞かなかったケネスが、息苦しさに耐えかね呟く。


「もうすぐ動くさ」

 ディアスも応じ、今度は副官のトルスティに目を向けた。

「闇に紛れて敵が奇襲するはずだ。各隊慌てず持ち場を守ってくれ」

 敵は、正面の100以外は、精々200か300。それを予測していれば奇襲効果は無くなり、ディアスの居る本陣の周囲を固めれば問題はない。


 不意に、戦場に笛が鳴るような音が響いた。どうやら、敵が放った矢が鳴ったようだ。その音にバルバール軍に緊張が奔る。間違いなく何らかの合図だ。


 遠くから、馬が駆ける音が聞こえた。来たか! と、兵士達がその音の数を計ろうと思った瞬間、ガラガラと地面を何かを引きずるような騒音にかき消された。皆の注意がそちらに向いた瞬間、正面の100のロタ騎兵が突入した。


 騒音を鳴らしたロタの奇襲部隊も突っ込んだ。木の枝を馬の尻尾に括り付けていた。騒音はそれが鳴らしていた。しかし、僅か20騎ほどで、簡単に弾かれ引き上げていく。


 正面も一瞬注意が免れたとはいえ、たかが100騎ではバルバール軍の隊列を突破出来ない。ロタ騎兵は必死に圧すが、バルバール歩兵が圧し返す。両軍揉み合いになるがバルバール軍が優位である。


 ここで、他の箇所のバルバールの軍勢が動き包囲すればロタ騎兵は一溜まりも無い。しかしディアスは、奇襲を警戒し本陣の周りを守らせた。正面の戦いは優勢なのだ。本陣を手薄にする必要はない。


 また、笛の音を出す矢が放たれた。そして、ガラガラと音が聞こえてくる。バルバール軍が身構えた。だが、音はバルバール軍の周囲を回るだけで、一向に突撃してこない。そしてまた笛の音。その後、ガラガラという音。


「いやらしい事をしてくれるね」

 ディアスが顔をしかめ呟いた。

「来るんなら来て欲しいですよね」

 答えたケネスは息苦しそうだ。間違いなく居る。にもかかわらず攻めてこない敵に、苛立ちと、そして得体の知れぬ不気味さを感じた。


「まったくだよ。敵は間違いなくどこかで奇襲を敢行する。そうしなければ勝機はない。あの笛の音の何回目かがその合図なのか、本命には別の合図があるのか。こっちにはそれを読みようがないからね」

「でも、どうしてわざわざあんな事をするんでしょう。普通に奇襲して来るんじゃ駄目なんですか?」


「それは、敵に聞いてみないと分からないな。あの騒音は正確な数を悟らせない役目もあるのだろうが、もしかしたら、こちらに心理的圧迫を与えて打って出させる策かも知れないね」


 だからこそ動けない。こちらが打って出て隊列が乱れた時こそ、本命の奇襲部隊が来るかも知れないのだ。敵の数はこちらより少ない。ならば、隊列を守りきれば勝てる。我慢比べだ。


 次々と戦場に笛の音が鳴り、ガラガラという音が増えていく。来ないかと思っていると、思い出したようにロタ騎兵が突っ込んで来る。本命かと身構えれば高々20騎。簡単に弾き返され逃げていくロタ騎兵を、兵士達が苛立ち追いかけようとするのを士官達が必死で抑えた。


 そして苛立ってるのはバルバール軍兵士だけではなかった。ブランも苛立ち虎牙槍を握り締めていた。


「ブラン。お前が奇襲するのだ」

「俺がか」


「そうだ。ディアスは私の策が奇襲と読む。だが、どこから奇襲されるかまでは読めないはずだ。読めたら人間ではない。そしてディアスはお前の存在を知らん。それがこちらの強みだ。目の前で仲間がやられて行く。だが、耐えてくれ」


 リュシアンの言葉通り、目の前で次々と仲間が倒れていく。その光景に歯を食いしばり口の中を血の味が満たした。まだか、リュシアン。早く俺を解き放ってくれ。


 ロタ騎兵と戦っていたバルバール軍の兵士オーバンは、奇声を上げ1人のロタ騎士を追い掛け回していた。初めに対峙した時、その騎士の威容に恐れおののいた。自分など一瞬のうちに殺されるのだと覚悟を決めたが、必死で槍を繰り出すと、何とその騎士は尻尾を巻いて逃げ出したのだ。


「へっへへ。とんだ木偶の坊じゃねえか。脅かしやがって」

 オーバンは調子に乗って木偶の坊を追い掛け回した。気付くと隊列から離れてしまっていたが、木偶の坊は味方からも見捨てられているのか、誰も助けようとしない。隊列を離れたオーバンをロタ騎士達も見て見ぬふりだ。


 どうやらこいつは敵のお荷物で、味方からも死んで欲しいと思われているらしい。ならば安心と、更に追い掛け回した。だが敵は騎兵。なかなか追いつけないと苛立っていると、また戦場に笛の音が鳴った。


 何だよ。またか、と思っていると立て続けに笛が鳴った。今まで逃げ回っていた木偶の坊が、馬首を返し向き直った。


「この木偶の坊が――」

「ウオオォォォォッッッ!!」


 虎が吼えた。戦場の只中で鳴った。全ての騒音を掻き消し周囲を圧する。一気に駆けた。目の前の邪魔な物を両手で持った虎牙槍で弾き飛ばした。鍛冶屋の親父は、片手で殴り殺せると言っていたが、両手ならば叩き切れるのを今確認した。掬い上げるように振るった虎牙槍により、オーバンは二の腕辺りから胸元を通って肩へと裂けていた。その光景を目にしたバルバール兵に怯えが広がる。


 虎の目が素早くバルバール兵を一瞥した。バルバールの兵士と目が合った。ブランの目に怯えた。こいつだと、虎の勘が言った。もう一度吼えた。目掛け駆ける。バルバール軍の隊列に突っ込んだ。兵士は、槍を捨て逃げた。開いた穴を駆け抜ける。後ろに回られ、槍衾が乱れた。乱れたところを仲間が切り裂く。一瞬にしてバルバール軍の隊列を突破した。バルバール軍本陣までは、もう一枚待ち構えていたが、それも抉じ開ける。他の隊列は、奇襲に備え動けない。


「まさか……あれが奇襲なのか」

 ディアスが愕然と呟いた。ケネスは、敵の雄叫びに青くなっている。


 劣勢だったはずの正面の100のロタ騎兵。それが、一瞬にしてバルバール軍の隊列を食い破っていた。

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