第50話:選王侯(2)
選王侯を集めた会議では、ロタ王国への対応を連日のように協議していた。だが、一同の顔色は皆優れなかった。更に情報を集めた結果、やはりロタがデル・レイ、ケルディラと同盟するのは確実と思われたのだ。しかも、対抗策として、こちらはランリエルと手を組むべく送った使者は、選王侯達の顔色の通り、色よい返事は貰えなかった。
「ランリエルとて、デル・レイ、ケルディラは敵ではないか! 奴らがロタと同盟を組むなら、ランリエルにとっても敵が増えるであろうが!」
愚痴ばかり吐く若い伯爵が、早速その配役通り不満をぶつけた。
「先の戦いではランリエル側の圧勝で御座った。敵にロタが加わったところで何ほどの事があろう。そう考えているのかも知れませんな」
「ロタの兵力は数にすれば8万。ですが、実際は数ほどの働きは致しません。ランリエルの強気もそのあたりでしょうか」
日和見の侯爵達が言う通り、ロタは同数なら他国の軍勢には勝てない。そう言われていた。それはロタの国家の有りように起因する。軍制は他の多くの国と同じく王家の軍勢と貴族達の私兵の混成軍。だが、元々ロタの国土は肥えたものではなく、貴族達に多くの私兵を揃える力は無い。貴族達の私兵だけなら3万程。そこに王家の軍勢を加えても、他国の基準なら精々4万。だが、実際ロタの総兵力は8万。
その差分4万は、ロタ王家が貿易で得た利益により金で集めた歩兵なのだ。ロタ王家はこの4万の歩兵により、強固な王制を敷いているのである。だが、やはり騎士の比率が低い軍勢では、他国の軍勢ほどの戦力とはならない。
そのロタの隣に、正反対と言ってよいドゥムヤータ王国があるのは皮肉だった。ドゥムヤータの総兵力5万。騎士の比率は他国と比べて圧倒的に高かった。貴族は伝統的に騎士を重んじる。歩兵を10人雇うくらいなら、名のある騎士を1人雇う。それが名誉に生きる貴族というものだ。そしてドゥムヤータは貴族が支配する国。5万の内、王家の軍勢など精々数百なのである。後は、貴族の軍勢だ。
「ロタとの戦いは、数では劣る我らが優勢です。しかし、デル・レイ、ケルディラの援軍があるとなると、今まで通りには行かないでしょう」
「しかし、その両国とも、ランリエルとの戦いで大きな被害を出しております。他国に援軍する余裕など有るのでしょうか。例えロタと同盟を組んでも、実が伴わぬものではないですかな」
「いえ、さすがに1万程度ならデル・レイもケルディラも出せましょう。更に王の一族が寝返るとなると、数の差は2倍を越えます。いくらロタの軍勢が弱くとも、劣勢は免れませぬ」
ジェローム伯爵とフランセル侯爵が実のある話を始めた。若い侯爵と日和見貴族達の無駄話から始まり、実のある話に変わる。選王侯会議での恒例事項である。機は熟したとシルヴェストル公爵が口を開く。
「やはり、ランリエルとの交渉を続けましょう。軍勢の弱さからロタの力を見くびっているのかも知れませんが、ロタの経済力がデル・レイ、ケルディラと結びつけば厄介です。先の戦いでは数で負けましたが、デル・レイの不退転の軍勢、ケルディラの強兵。それをロタの経済力で支える体制が作られれば脅威となります」
公爵の発言に、若い伯爵がぶつぶつと不満を漏らし、他の者達は溜息を付いた。ランリエルがこちらに着いてくれないならば、その脅威にさらされるのは、ランリエルよりドゥムヤータが先だ。
「もっとも、そのランリエルからは、ケルディラとは和議を結び既に遺恨無く、それはケルディラに助力したデル・レイとも同じ。我らは平穏を望んでおり、あえて乱に首を突っ込む積もりは無い。との返答を受けております。無論、言葉はもう少し飾っておりましたが」
「自らケルディラに侵攻しておいて、乱に首を突っ込む積もりは無いとは、よく言えたものだ!」
若い侯爵が、横から口を挟んだが、公爵は意に介さない。しかし交渉を諦める訳には参りません。と言葉を結んだ。
「無論、交渉は続けるべきです。公爵殿。貴殿に一任してよろしいかな?」
「はい。お任せ下さい」
ランリエルとの交渉を初めに提案したのがシルヴェストル公爵という事もあるが、彼が選王侯達の中で最高爵位というもの重要だ。選王侯内では爵位にかかわらず同格だが、他国から見ればやはり公爵は侯爵より上だった。
その後、議題はロタに対する防衛線へと変わった。王家の力が弱いドゥムヤータでは、軍勢を纏める総司令が存在しなかった。貴族から集めた軍勢を選王侯達で7等分し、それぞれの当主、又は代理の武官が率いるのだ。あまり良い体制とは言えないが、誰か1人が軍勢を率いるとなると、その者に権力が集中してしまう。
各大臣は存在するが、貴族の所領はそれぞれの領内での法律が優先される。大臣達が作った法律を守る王家の土地など猫の額ほどしかなく所詮お飾りだった。
「やはり、王の一族の領土の内側で防衛線を引くか、外側で引くかの問題になってしまいますね」
「ここまで来ては、王の一族は敵と考えてよろしいのではないですか? 未練の挙句、敗北してしまっては全てを失ってしまいます。小さな損をあえて受け、大きな災いを回避するのが大局の賢というものでしょう」
ジェローム伯爵の言葉にフランセル侯爵が頷いた。だが、結局この日も結論は出なかった。
部屋から退出するシルヴェストル公爵がフランセル侯爵を一瞥した。侯爵はもう少し決断力がある人物だと考えていたのだ。その人物像からすれば、あまりにも歯切れが悪過ぎた。
皆が自身の屋敷へと馬車を走らせた後、フランセル侯爵も馬車を走らせた。その行き先は王宮である。目まぐるしく主の血統を変える王宮に着くと、王に謁見を申し出、王は受けた。侯爵が人払いをと言うと、王はそれにも応じた。
2人きりとなった途端、侯爵の口調が変わった。
「お前の一族は、どうにかならないのか」
なんと国王をお前呼ばわりである。しかも国王も
「すまない。フランセル。わしでは彼らを抑え切れんのだ」
と申し訳なさそうな物言いである。
年齢は侯爵の方が10以上若いが、元々2人は友人関係だったのだ。貴族が王を支配するこのドゥムヤータにおいて、王になるのは良い事ばかりではない。王位にある間、王としての格式ある生活をする為に予算が組まれる。その程度といえばその程度だ。それゆえ、良い暮らしが出来るのは確かだが、それ以上に煩わしい、選王侯達に抑えられるのは真っ平だと、王位に就くのを断る者も少なくは無いのだ。
それが分かっている侯爵は、当時ただの小領主でしかなかった友人を王に推薦しなかった。他の選王侯が彼に目を付け王位に就くように打診したのだ。
「ロタに居る本家筋に相談したら要請を受けるようにと言うので逆らえず……。まさか一族こぞってドゥムヤータに来てしまうとは」
精神的な疲れにより年齢以上に老け込んだ王の声は力ない。うな垂れる短い白髪頭のあちこちに、まだ黒いものが残っているのが弱々しい印象を更に強めている。
「いっその事、王位を捨てロタに逃げては貰えないか、そうすれば丸く収まる」
「わ、私だってそれが出来るぐらいならとっくにそうしている。本家の者達が、それはならんと言うのだ。選王侯達は、どんな事があっても私には手が出せないのだから、何を恐れるのかと。人事だと思い簡単に言ってくれる」
自分達で王位に就けた者を都合が悪くなったからといって害する。それをしては誰も王位に就こうとしなくなる。ゆえに、王の権力を抑える事はあっても、直接王を害する事は無い。文章にはなっていないしする事でもないが、それが鉄則だ。
「とはいえ、所詮人がなす事。万一という事もありえる」
特にあの愚痴ばかり言う若い伯爵が、愚痴だけでは飽き足らず行動に起こす可能性は否定しきれない。と侯爵は危惧していた。
「もし出来るなら、お主のところに匿っては貰えまいか。それで、私が病か何かで死んだ事にしてくれれば良いのだ。そうだ。そうしよう。頼む」
王は制度上では臣下である侯爵に縋り付いた。何の威厳も無く、ただの老人にしか見えない。いや、人の良いただの老人を、周りの者達が寄ってたかって王位に就けてしまったのだ。それが分かるゆえ、侯爵の顔には悲痛な色が浮かんでいた。
「無理なのだ。セルジュ。お前が皆から姿を消し、それでどこかで死んだなどと発表しようものなら、皆は我ら選王侯がお前を害したと見る。お前は、宮廷で医師に囲まれながら死なねばならんのだ」
侯爵にも自責の念はある。たとえ他の選王侯達がいくら推薦しても、頑強に反対すれば良かったのだ。だが、当の本人が受けるというものを侯爵も強くは反対出来なかった。
それだけに侯爵は、この気弱な、だが人の良い友人を守ろうと考えていた。しかし、王の一族との戦いになれば、どうすれば良いのか。その時こそ、王の一族がこの国を自分達で支配しようとの野心で戦を仕掛けてきているのだと、王を退位させるべきか。それでも、自分達で王位に就けた者を、自分達の都合で王位から退けるのかと批判は出る。
「とにかく、警護の数を増やそう。王の身柄を確保するのが最優先。何者の命でもお前を害そうとする者からは守るようにと申して付けておくから安心してくれ。他の選王侯達には、お前を監視する為だと言って置く。不自由させるかも知れぬが、我慢してくれ」
「た、頼む。お主だけが頼りなのだ」
現在ドゥムヤータでは、王とその一族と、選王侯とが争っている。その図式のはずが、王がもっとも頼りにするのが選王侯の纏め役と言われるフランセル侯爵とはあまりにも皮肉だった。
「お前の息子は、まだ帰って来てはいないのか?」
王の息子なので王子という事になるが、この国では王位継承権は無い。
「まだだ。デュフォール公爵、い、いや、デュフォール伯爵の屋敷から帰って来てはおらん」
「自称公爵の屋敷か……」
クリストフ・デュフォール。それが王の一族の長の名だった。正式な爵位は伯だが、一族の者達には、王家の血筋だと公と呼ばせている。
「自分の姪を養女にして、お前の息子と結婚させようとしているそうだな。自称公爵が我らに勝てばお前の息子が王位を継いで、ドゥムヤータは我ら選王侯が王を指名する国から、デュフォール朝ドゥムヤータ王国となる訳か……。そう言えば、お前と自称公爵とは血縁的に近いのか?」
「まさか、わしなど、一族の末席もいいところだ。何せロタから流れて辺境の……。い、いや。すまない。そういう意味では……」
「気にするな。確かにロタと比べれば隣国とはいえドゥムヤータは辺境もいいところだ」
侯爵は苦笑した。
「しかしそうなると、お前の血筋に近い一族の者も自称公爵とは血が遠いのだな?」
「ああ。そのはずだ」
「うむ」
侯爵が気になったのは、もし王の息子が亡くなった場合どうなるかだ。いや、正確には王も死んだ場合だ。もしかしたら、自称公爵の血が近く、自ら王位を目指そうと画策しているのかと思ったが杞憂のようだ。自称公爵の狙いは、精々次期王の義父として権力を握る。その辺りが妥当か。
自称公爵は、臣下が分を弁えず王をないがしろにすると選王侯を非難している。他国を見ても王の元、秩序ある政がなされているのだと。だが、他国がどうあれ、ドゥムヤータは選王侯の元、数百年平和に統治されてきた。
王がその血筋を根拠に国を支配して良いのなら、選王侯達が代々その地位を継いで国を支配して何が悪い。1人の人間が国を支配するのは正統で、7人で支配すれば大貴族の専横なのか。
王に指名した者達にはそれなりの暮らしをさせ、いい目も見せてきたはずだ。拒否権も認め、無理やり王位に就けて来たのでもない。奴らは秩序というが、ドゥムヤータにはドゥムヤータの秩序があるのだ。