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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
137/443

第49話:選王侯(1)

 円卓を囲み7人の大貴族が顔を揃えていた。椅子や調度品は一見質素だが、その実最高級の胡桃材ウォールナットを使ったそれらの品々は、それだけに気品が感じられた。椅子に座り木目美しい肘掛にその役目を果たさせながら、とある問題について議論しているのだ。


 彼らはほぼ同格と言って良い者達だが、爵位を見れば公爵、侯爵、伯爵と幅があった。それでも彼らは、やはり同格なのだ。


 本来、爵位は役目を表した。例えば伯は王から任命された臣下の地方長官である。しかし、いつしか爵位が世襲されるようになると、爵位を継いだものの、その役目を果たす力の無い者、役目以上の力を得る者などが現れた。そうなると爵位と力が結びつかなくなってくる。


 そしてこの国、ドゥムヤータ王国では、それが更に顕著だった。いや、顕著などという言葉では生ぬるい。爵位とは国王が貴族に与えるものであるが、この国では彼らが王に王位を与えるのだ。


 選王侯。彼らはそう呼ばれている。その名が示すとおり、王を選ぶ諸侯である。彼らは王が崩御すると、自分達以外のドゥムヤータ貴族の中から新たな国王を選ぶのだ。その時の基準は、自分達の言いなりになる力の無い者。それゆえに、小さな領土を持つだけの伯爵が突然国王になる。ドゥムヤータでは、それが当たり前のように起こるのだ。だが、事もあろうに王の分際で、彼らに逆らおうとする者が現れた。


「元を正せば、たかが4000サイト(約3.4キロ)四方の領土しか持たぬ貴族が頭に乗りおって」

「まさか奴の一族が、15ケイト(約127キロ)四方の領土ごとついて来るとは、誰にも予想は出来ぬでしょう。今更言ってもせん無き事。問題は、今後どうするかです」


 激しく罵る30歳半ばの若い伯爵を年老いた侯爵がもっともらしく諌めたが、実はこの侯爵こそが十数年前、その貴族を国王に推薦した人物である。


「見通しが甘すぎたのだ!」


 若い伯爵が吐き捨てた。現国王の選定会議が行われた当時、彼はまだ爵位を継いでおらず父が出席していたのだ。それだけに、現状にやるせない不満がある。


 当時の選王侯達の浅はかだったがゆえに、彼らの体制が揺らいでいた。言いなりになる力ない国王のはずが、ロタ王国南東部の大貴族だった王の一族が国王の支援にまわり、彼らに対抗する勢力となっているのだ。


「だが、広大な土地が我が国の領土となったのには違いあるまい。現国王が亡くなれば、また我らが新たな王を選定するのだ。それまで凌ぎ切れば良い。王も既に70近いのですからな」

「さよう。そうすれば彼らは王の一族から、ただの貴族に過ぎなくなります。いかに広大な領地を持っているとしても」


 別の侯爵2人が、現状を肯定する意見を述べた。彼らも現国王選定時の参加者だ。


「ふん。別の者が王位に就けば、今度はロタ王国に出戻るかもしれんではないか」


 先ほどの若い伯爵が不機嫌に言った。もっとも彼自身も、さすがに奴らもそこまで厚顔では無いと考えている。不満で反射的に言葉が出ただけなのだ。


「それで、例の噂はまことなのですか?」


 7人の選王侯の中で、纏め役と目されているフランセル侯爵が場を仕切りなおすように口を開いた。力関係はほぼ同等の彼らだが、多少の格差はある。その中でフランセル侯爵は、爵位も真ん中なら、その勢力も彼らの中ではほぼ中間に位置する。この部屋もフランセル侯爵の屋敷にあった。


「真とも、真偽定まらずとも言えましょう。ロタ王国内で、現ドゥムヤータ王と手を組み我らを排除しようとする声は事実上がっているようです。ですが、国家として動いているかとなると話は別。そう簡単には動きは掴めません」


 ジェローム伯爵の言葉にフランセル侯爵が頷いた。選王侯達の中で一番信頼しているのが情勢に詳しい壮年のこの伯爵だった。不満を口にするだけの若い伯爵や、日和見の侯爵達はあてにならない。唯一の公爵は、20を過ぎたばかりで最年少だ。利発そうな顔付きだが、まだ山の物とも海の物とも計りかねていた。今も何やら思案しているのか、伏せ目がちに俯いている。


「しかし、奇妙な組み合わせですね。8月の大異動でドゥムヤータ領が大きく食い込む事になったロタ王国は恐怖を感じ、我が国との関係が悪化した。それゆえロタは、失った領土を回復すれば安心出来ると過去に何度も我らに使者を送ってきました。『選王侯の方々も王の力が強くなるのは避けたいはず。両国が以前の友好を取り戻す為にも力を合わせ、王の一族を排除しましょう』とね。さすがに、せっかく得た領土を返してやる気にはなれず、お断りして来ましたが」


「はい。それなのに王と手を組み我らを排除しては、ロタ王国に領土を食い込ませたまま、国王の元、強固な体制を敷いたドゥムヤータ王国が出来上がります。彼らにとって好ましい状況とは思えません」

「王に恩を売り、それでもって永遠の友情を得られると考えるほど、彼らが夢想家とも思えませんしね」


「とにかく、奴らなどとっとと排除してしまえば良かったのだ。いつまでもグズグズしているから話が面倒になる!」


 せっかくジェローム伯爵との間で会議らしい話になって来たものの、乱入してきた若い伯爵の建設的でない愚痴にフランセル侯爵は溜息を付いた。王の一族を排除していれば現在の問題は無かったが、時は戻せない。


「リファール伯爵のお言葉ももっともです。なぜ彼らは、その面倒な話を持ってきたのか。それが重要でしょう。皆さん。何か思い当たる事は御座いませんか?」


 侯爵は、老練な言い回しで無能な伯爵を表面上は肯定しつつ、実際には無視をして信頼する伯爵に言葉を向けた。皆さんと聞いたところで、どうせ答えられるのはジェローム伯爵だけだ。


「ロタが、デル・レイ、ケルディラと同盟を組むという話が持ち上がっているそうです。主点は対ランリエルとは思いますが、後ろ盾を得たを幸いに、こちらの問題も一挙に解決しようと画策しているのかも知れません」

「それにしても、手を組むなら我々とでしょう。それをどうして王の一族と組もうと言うのでしょうか」


「それは……。人は利ばかりで動くにあらず。というしかありません。これはあくまで推測ですが、我々は今までロタからの使者を無碍に追い払って参りました。そして今、ロタは同盟国を得て優勢となります」

「なるほど……」


 国家とて所詮動かしているのは人間だ。よほどのカリスマ、実行力を持つ1人に権力が集中している国家を除けば、多くの場合において閣僚達がそれぞれの意見を持ち、他者の意見を否定し、己の案を通そうとした結果、中庸の道になるのが常である。いかに閣僚達に選王侯憎しの心があろうとも、結局その政策は常識の範疇に収まるはずだ。それが同盟国を得て気が大きくなり、たがが外れたというのか。


「それでも、ロタ王国に食い込む王の一族の領土をそのままにすれば彼らも安心出来ぬはずですが……。何かしらの交渉が成されているのかも知れません」

「うむ」


 フランセル侯爵は頷いたが、推測の話が多くなってきているのも感じた。ただの推測ではいつ覆るか分からず話を進めても意味が無い。無論、相手のある事に確定事項のみで話すのも不可能だが、物事には程度と言うものがある。現状、情報が少な過ぎその程度を越えていた。


「どうも、もう少し情報を集めた方が良さそうですな。今日はここまでにして置きますか。ですが油断も出来ません。対ロタの防衛線は、無論、国境線と等しい物ですが、王の一族が敵に回るとなれば、等しくない物となります。場合によっては国境線すらも。明日にでも再度集まり引き直す防衛線の協議を致しましょう。王の一族が敵に回れば、現在国境に張り付いている軍勢が敵中に孤立してしまいます」


 選王侯達は頷き、会議はここまでかと思われた時、今まで一言も発しなかった者が初めて口を開いた。


「ロタが他国と同盟を組み王の一族に肩入れするならば、我らも他国と同盟し対抗すべきではありませんか?」

 皆の視線の先に、若さに似合わぬ思慮深い公爵の顔があった。



 選王侯が解散し公爵も馬車で自身の屋敷へと向かった。公爵とは、本来王家の血を引く者を示す爵位だが、選王侯が王を決めるこのドゥムヤータでは意味を成さなくなっている。もっとも他国とて、王家の血を引かない公爵家など幾らでもあるのだが。


 ロタ王国と同じく、港を作るに適した地形の海岸線を持ち貿易を行っているドゥムヤータだが、ロタほどの利益は得ていない。地理的にデル・レイやコスティラなど他国の商人が、わざわざロタ王国を素通りしドゥムヤータの港まで来る訳が無く、そうなれば他の大陸から来る貿易船もロタの港に船首を向けるのだ。莫大な利益を上げるのは、やはり遠く他の大陸からくる貿易船である。


 ドゥムヤータの港に着く船は、主に輸出の為だ。ドゥムヤータの胡桃材は美木で知らされ他国の王族、貴族達から垂涎の的となっている。最近では度重なる伐採に輸出量の制限もかけられ、希少価値が増し需要と供給が釣り合わず、たかが木材を手に入れるのに数年待ちの状態だ。胡桃の木一本一本に、どこそこ王国のなになに伯爵の所有なりと札が掛けられている有様だった。


 大陸の南部にあるこの国は、本来気温は高いはずだが気候は温帯だ。ドゥムヤータ王国の南部には大陸最高峰のサンテミオン山脈があり万年雪が頂を常に白く塗りつぶしている。ドゥムヤータ王国のこの気候は、山脈からの吹き降ろしの冷たい風が大地を冷やしているからだと言われている。その気候が最高級の胡桃材を生み出すのだ。


 しかしいくら高価でも輸出量が少なく国家を閏わすほどの利益には程遠い。会議を終え屋敷に向かう公爵の馬車も華美な装飾は無く質素な物だ。もっとも、一見地味なこの黒塗りの馬車が、地面を踏む車輪にまでドゥムヤータ胡桃が使われていると知れば、自身の宝石だらけの馬車と交換して欲しいと求める王侯貴族は後を絶たないだろう。


 馬車に揺られながら、公爵は窓の外に視線を向けた。すでに冬の兆しを見せる風景が公爵の視線を通り過ぎていく。車輪が落ち葉を踏みしめ乾いた音を立てていた。


 4年前、18歳でジル・シルヴェストルは公爵家の当主となった。とはいえ前当主の父が亡くなったのでも、病床に伏せっているのでもない。


「面倒くさくなった」

 なんとその一言で、まだ20歳にもならぬ息子に当主の座を空け渡したのだ。


 ジルは周囲の同情と嘲笑の視線を集めたが、気にはしなかった。父が当主を投げ出す前年に母が亡くなっていた。


 母は、シルヴェストル公爵家の箔を付ける為、グラノダロス皇国の伯爵家から嫁いで来た。大陸に君臨する皇国にも落ちぶれた貴族は数多くいる。だが、皇国貴族に変わりなく、他国の貴族が箔を付ける為多額の金銭を渡し娘を貰うのだ。特に美人でもなく、園芸が趣味の人だった。皇国に住んでいる時は貧しくて召使すらおらず、自分で庭の手入れをしたと言っていた。屋敷にある母が作った庭園は、今は父が手入れをしている。


 それを知った人間の9割ほどは美談だと言ったが、ジルは残りの1割だった。もし父が、当主の座をそのままに仕事を投げ出し庭園の手入れをしていたならば、殴りつけてでも立ち直らせていた。当主を譲るというので、好きにさせたのだ。


 20歳にもならず国家の最高権力集団の1人。しかも、その中で最高爵位。覇気ある若者にとって、心躍らせるには十分だった。爵位を継いだ当初は、その権力を駆使して己の能力を発揮しようと考えていた。


「若様。その件に付きましては、既に問題なく定まっておりますので、下手に触らぬ方が良いかと存じます」

 当家に長年仕える老執事のカズヌーヴが言った。自分が当主になっても旦那様と呼ばず、若様と呼び続ける気に食わない奴だ。父に仕えていたが

「家の事は全てこの者が知っている」

 と父に推され、自分に仕えるようになったのだ。


 当家の無駄だらけの会計の諸悪の根源はこいつか。冷ややかな眼を老執事に向け、尽くその言葉を無視した。税を小麦など現物で徴収する時の人夫、それを手配、監督する仲介の者など、どう考えても無駄だ。領地を守る城の兵士にも出来る仕事だ。それだけではなく、無駄と思われるものはすべて撤廃した。


 無駄を省いた会計は改善され、公爵家の蔵には金が溢れた。だが、その無駄で生活していた者が職を失い食えなくなり、その者を相手に商売していた者が食えなくなった。次には、その者を相手にしていた者が、その次には、その次には……。


 領地は不作ではなく、食料は足りている。だが職を失った者達は以前の値段ではパンを買えない。パンの値段を下げなくては売れなくなった。パンの数は以前と同じ数だけ売れたが、利益は減った。これではパン屋は生活出来ない。


「小麦粉の値段を下げて貰えないか。このままでは店が潰れてしまう」

 パン屋が小麦屋に懇願し、パン屋が潰れればうちも潰れるとやむなく承諾した。


「小麦の買取価格を引き下げさせて貰う。そうしなければ俺が首をくくらにゃならん」

 小麦屋が農家に言い渡した。水車など製粉の設備など持たぬ農家がほとんどだ。水車を持っていても、販売の技能は無い。やむなく値下げに応じた。


 領民はぎりぎりの生活となり、無駄をする余力など微塵も無い。そうなれば、その無駄で生活していた者が食えない。余計な金が無いのに、どうして演劇など見るか。歌を聴くのか。花を愛でるのか。何の楽しみも無い生きる為だけに生きる生活。領民から笑顔が失われた。領内の犯罪も増加した。それは、職を失った者が増えたからばかりではなく、領民の心が荒れたからだった。


「無駄は必要なので御座います。若様」

 静かに言う老執事に向ける顔を持たなかった。

「全てお前に任せる」

 顔を背けたまま言った。


 この件でジルは経済の何たるかを知った。度が過ぎた浪費は論外だが、金は回さなくてはならない。領民が餓えないだけの食料が確保出来ていれば、後は金を回せば経済は回り領民は豊かになる。


 笑い話がある。

 ある旅人が宿屋に入り前金として金貨を払った。宿の主人はそれを持って走り、付けが溜まっていたパン屋に支払った。その金を持ちパン屋は付けが溜まっていた服屋に走った。服屋の若旦那は付けが溜まっていた売春婦に支払い、売春婦は付けが溜まっていた客を取る部屋を借りていた宿屋の主人の元に駆けつけたのだ。


 旅人から宿屋の主人に支払った金貨が、回り回って宿屋の主人の手に戻った。何も変わっていないように見えて、その実、衣食住、そして娯楽にまで金が回り、皆はそれで生活が成り立っている。それが経済なのだ。


 老執事が、自分を若様ではなく旦那様と呼ぶようになったのは1年前からだった。一応は、当主と認められたらしい。執事のくせに生意気な奴だ。


 屋敷に着くと老執事が待ち構えていた。背は2.1サイト(約177センチ)ある自分と同じ位の背丈の痩せた男だ。当主になった頃はこいつの方が背が高かった気がするが、記憶違いかもしれない。


「旦那様。お客様がお待ちです。いつものように、旦那様のお帰りをお待ちになると仰るので別室にご案内しております」

「いつものと言うと?」


「デル・レイ王国から参られた、大使のコルネート様で御座います」

 老執事は、うやうやしく一礼した。

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