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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
134/443

第46話:孤高の虎

 ロタ王国の大貴族、サヴィニャックの地に領地を持つリュディガー・サヴィニャック公爵の屋敷に1人の男の姿があった。大きい男だ。2.3サイト(約195センチ)はあろうかという巨体を皮鎧で包み、厚い胸板が内側から鎧を押し上げている。むき出しになった二の腕は女の足ほどの太さがあった。癖のある長い黒髪を後ろで束ねている。


 その体躯と精悍な顔立ち、鋭い視線は、ただそこに立っているだけで、この男はどれほど強いのか。見た者にそう思わせる獣気を放っていた。中には彼が歩いて近づいて来るだけで、この男とどう戦うか。そう考える者までいた。彼が纏う戦いの匂いが、男として生まれた者なら誰もが持つ、普段は眠っている熱い血を呼び覚ますのだ。


「ベルフォールを任された者が、女に現をぬかし、その任を疎かにするとはどういう事か! 役目より女が大事ならば、その役目、返上すればよかろう!」

 腹に響くような低い声で男が叫んだ。


 ロタ王国には、国土防衛の要とされる城砦が3つあった。南部地域を守るヴィルジュイフ城。水の都、王都ロデーヴの東にあり、目前に浮かぶコンドン島の海軍要塞ドーヴィル。そして北部のベルフォールだ。


 その中でも、最重要とされているのは南のヴィルジュイフである。ロタ王国の南東部にはドゥムヤータ王国が食い込むようにその領土を広げており、ドゥムヤータから侵攻があればその背後を突く役目を担っている。海軍要塞ドーヴィルは、ドゥムヤータ海軍から王都を守る為の物。つまり、現在ロタ王国が問題を抱えているのはドゥムヤータなのだ。


 北に接するケルディラは、東部にランリエルの支配下に置かれたコスティラと領土を接しており、その警戒の為ロタに侵攻する余裕はないと考えられた。つまり防衛の要と言っても、北のベルフォールは優先順位が低い。それゆえ、サヴィニャック公爵は気が緩んでいた。


 無論、西も他国に繋がるが西は皇国の勢力圏だ。皇国に武力で対抗するのは無謀であり、なまじ国境に軍事拠点を作ろうものなら皇国の不興を買いかねない。精々、皇国の機嫌を取るしかないのだ。


 サヴィニャック公爵家は王族の血を継ぎ、王家の直系が途絶えれば次の王家になるとも言われる名家である。その現当主リュディガー・サヴィニャック公爵が今日、ベルフォール城の視察に出発するにもかかわらず前夜に出席した舞踏会で夜通し遊びほうけ、朝帰りしたところに、この武官が待ち構えていたのだ。男の鋭い視線に仰け反りかけたものの、こいつは自分の家臣なのだと持ち堪えた。公爵にとって身分は絶対だった。


 娘ほどの年齢の女を口説くのに成功し、一夜の逢瀬に良い気分で帰ってきたところに家臣に怒声を浴びせられ、公爵は怒りにむしろ血の気が引き蒼白となった。余りの事に言葉すら出ない。


 この身の程をわきまえぬ輩の無礼に眩暈を覚えた。百歩譲り、これが代々公爵家に仕えたそれなりの家柄の家臣というならともかく、精々4年ほど前に召抱えてやった新参者なのだ。


 しかもその無礼者は、

「出立の刻限は、とうに過ぎている」

 それだけ言うと、公爵の言葉も待たずに背を向けた。目上の者に対し、考えられぬ振る舞いである。


 怒りに吐き気すら感じた公爵は、わなわなと震える拳を握り締めた。その様子に、公爵の取り巻き達が武官を非難し始めた。知に優れず、武勇も持たない彼らが公爵の覚えを良くするには今しかない。


「あの無礼者は何を考えておるのか」

「その通り。城の視察など少し遅れたところで、何ほどの事があろうか」

「即刻、打ち――」


 その時、一際大きな声が屋敷の奥から響いた。

「まったく持って無礼千万! 公爵に楯突く等、首を刎ねられても仕方ありますまい!」


 皆の視線が声の主に集まった。見ると若い文官が大股に近づいてくる。


「今日に限った事ではありません。奴は、公爵が寛大なお方なのを良い事に無礼の数々。もし公爵が、暴虐で知られる古のフォルジェ王やバレーヌ伯が如きお方であれば、とうにその命無いものを。今まで奴がお咎め無しなのも、全て公爵が家臣の進言に耳を傾ける聡明なお方であればこそ。しかるに奴は、その公爵のお心を知らぬ暴言。所詮、奴のような獣には、人の心が理解できぬのでありましょうか」


 声を荒げ公爵に近づく青年は、その激しい言葉に似合わぬ端正な顔に怒りを浮かべ、栗色の髪の下の白い肌は赤く染まっている。


「う、うむ」


 公爵も青年の勢いに圧され俯き、公爵の取り巻き達は軌道修正を強いられた。彼らの存在意義は、自身の主義主張など朝晩の着替えのように変え、公爵に気に入られる言葉を吐く事だ。公爵が青年の言葉に頷いたなら、その意にそって公爵に利する理屈を捻り出さなくてはならない。


「さよう。今だ奴の首が繋がっているのも、公爵の寛大なお心があってこそ。もし私が公爵のお立場なら、とうの昔に奴の首を刎ねておりましょう。公爵の器の大きさは、私如きには計り知れません」

「公爵のように家臣の言葉に耳を傾ける主君を持ち、これほどの幸せは有りませぬ」


 あの無礼な武官の首を刎ねるのは古の暴君と同じと言われては、それを薦める訳には行かない。取り巻き達は口々に公爵を褒め称えたが、青年の怒りはまだ収まらない。


「しかし、いくら公爵が寛大なお方でも、相手がそれを理解せねば得がたき宝石を泥に沈ませるようなもの。奴に、いかに公爵のお心が広く、いかに己が小さき存在か思い知らせてやるべきです」

 と、あくまで武官への追及の手を緩めない。


 公爵自身も武官を殺せば暴君と同じと、怒りの落としどころを失っていたところだ。では、どうするか。と青年を促した。


「いっそ奴に、よく進言してくれたと褒美を与えるのです。奴は、公爵のお心の広さを知り、己の小ささに恥じ入りましょう」


 公爵は、うーん。と唸った。理屈は分からぬでもないが、なぜ、暴言を吐かれた上に金をやらねばならないのか。と釈然としない。


 もっとも更に青年が、

「世の者達も、いかに公爵が聡明なお方であるか知りましょう」

 と続けると、大貴族としての名誉欲を刺激され、お主のよきに計らえ、と頷いたのだった。


 公爵家の執事から褒美の金を受け取った青年は、その足で武官の家へと向かった。結局、視察の出発は明日に延期となったのだ。


 武官の家は、町の一角に立ち並ぶ小さな家々の1つだった。両親を故郷に残し妻子無く一人身である。朝晩の食事や掃除は、近所の老夫婦に金を渡してさせている。


「ブラン殿はいらっしゃるか!」

 家の前で青年が怒声を上げた。近所の者達が、何事かと窓から顔を出している。青年は返事を待たずに、居るのは分かっている! と押し入った。


 玄関を進み更に居間に入ると、ブランと呼ばれた武官は居た。今日はもう休みと判断したのか、手酌で酒を飲んでいた。


「貴公は、サヴィニャック公爵の広きお心を知らず暴言の数々。世の常のお方であれば、とうにその首刎ねられているところである!」


 青年の怒鳴り声が安普請の壁を軽々と貫き響き渡った。気の弱い隣の家の若旦那が、まるで自分が責められているかのように縮み上がる。だが、言われた当のブランは、青年を前に酒を満たした杯に口を付け、男くさい笑みを浮かべている。


「しかるに、聡明なる公爵はその罪を許し、むしろよく諫言してくれたと、貴公に褒美を授けられるとのお言葉である」

 青年は懐に手を伸ばすと、金貨の入った皮袋を取り出し武官に応じるように、にやりと笑った。男が手を伸ばすと、放り投げて渡して寄越す。


 更に続く公爵を褒め称える青年の怒声を聞き流し、皮袋を逆さまにして机の上に金貨を広げると、ざっくりと真っ二つに分けた。

「2人で分けると、少ないな」

 ブランは愚痴を溢した。


 青年が怒声を発しながら、懐から更に皮袋を取り出して見せすぐさま懐にしまうと、ブランは手を打って笑い杯に半分ほど残っていた酒を一気に飲み干した。青年は、既に自分の取り分を抜いていたのだ。


 やっと青年の怒鳴り声が止むと、ブランは酒を満たした杯を青年に手渡した。喉の渇きを潤した青年は武官の隣の椅子に腰掛ける。


 周囲の者には隠しているが、青年とブランは以前から、いや、少年の頃からの親友だったのだ。公爵への進言は、ブランを守る為のものである。褒美の金はそのついでだ。貰える物があるなら貰うべきだ。公爵とてこれで名声が買えるのだ。誰も損はしていない。


「今回は危なかったぞ。あれでも一応主君だ。もっと相手の顔が立つ言い方は出来ないのか」

「それは自分でも分かっている。だが、俺はそんなに器用には生まれてついていないのだ。相手に触れれば、叩き潰す道を選んでしまう」


 彼は、少年の頃からそうだった。手加減が出来ない。戦うなら徹底的に戦い。自分が正しいと思えば決して退かなかった。相手が大人ですら己の道を通した。


 当時から同世代の者達より大きな身体を持っていたが、大人とでは比べ物にならない。返り討ちに合いぶちのめされた。だが、ブランは諦めない。いくら大人でもブランを相手に無傷では勝てない。毎日のように挑み、大人が心折れ、許してくれと土下座するまで執拗に付け狙ったのだ。


 ブランは皆から恐れられ孤立した。いくら子供の世界でも、強いだけでは人は付いて来ない。だが、誰かの下に付くにはブランは強過ぎた。青年がブランの前に現れたのはそんな時だった。


「俺は、リュシアンという。シャルルとはお前か」


 大人からも恐れられるブランを前に、怯える様子も無く立ち塞がった。その背中に、もう1人の少年が怯えた顔で隠れている。


 シャルルとはブランの名だ。ブランは姓である。名を呼ばれブランが苛立った。女のようだと、名で呼ばれるのを嫌っていた。


「そいつに見覚えがあるな。一昨日、俺の背中を突き飛ばしたので、ぶちのめしてやった奴だ」

 ブランの子供とも思えぬ鋭い眼光に、少年は更に怯えたが、リュシアンは微塵も表情を変えなかった。


「彼は、妹が川に落ち急いで助けを呼びに行くところだったのだ。それがお前の所為で助けを呼びに行けなかった。運よく妹が川岸に引っかかり助かったから良かったものの、もう少しで死ぬところだったんだぞ。彼に謝って貰おう」

「そうならそうと、言えばいい。そいつは、何も言わなかった」


「お前に襟首を掴まれ喋る事が出来なかったと聞いている。喋れなくしておいて何も言わなかったとは、卑怯ではないか」


 卑怯! その言葉にかっとなった。気づけばリュシアンを殴り倒し、更に馬乗りになって殴り続けていた。拳が血に汚れている。ブランは、曲がった事が嫌いだった。その自分が、卑怯と言われ我慢できなかった。


 地面に大の字になりのびているリュシアンを後に残し、ブランは立ち去った。おろおろとするばかりで、自分の為にブランに立ち塞がったリュシアンを助けようともしなかった少年には目もくれなかった。


 翌日、またリュシアンが目の前に現れた。散々に殴られた顔が腫れ上がっている。昨日居た少年は、今日は居なかった。


「謝って貰おうか」

「俺に言いがかりを付けたお前が悪い」


「俺を殴った事を言っているのではない。昨日の彼に謝れと言っている」

「居ない奴にどう謝れというのだ」

 そうは言いながらも、来もしない奴の為にまだ俺に立ち向かうのか。と、ブランは驚いていた。今や、大人ですら恐れる自分にである。


「奴の家まで俺が案内しよう」

「ふざけるな。俺は間違ってはいない。どうして、わざわざ相手の家まで行って謝らなければならない」


「お前が、間違っているからだ」

「俺は、間違ってはいない」


 結局、その水掛け論は決着が付かず、焦れたブランがリュシアンを殴り倒した。


 翌日、リュシアンがブランの前に立ち塞がった。顔の腫れは更に酷くなっている。少年は居ない。


 ブランは理解した。こいつは俺なのだ。自分が正しいと思えば絶対に退かず、何度でも挑む。こいつを止めるには殺すしかないのだ。


「そいつの家はどこだ」

 リュシアンが口を開く前に言った。リュシアンは黙って頷き、背を向け歩き出した。2人で少年の家に向かった。


 小さな家の前でリュシアンが足を止め少年を呼び出したが、少年はブランの姿を見つけると慌ててリュシアンの背中に隠れた。その前でブランは膝を折った。両手を地面に付き頭を下げたのである。


「お前が、妹の助けを呼びに行くところだと知らなかったのだ。すまなかった」


 だが、大人ですら恐れるブランの突然の土下座に少年はむしろ恐怖を覚え、家の中に逃げ込んでしまったのだ。


 少年はリュシアンの背中に隠れていた。少年が居なくなるとリュシアンに土下座しているように見えた。それは、リュシアンがブランの手を取り立ち上がらせるまで続いた。


 数日後、リュシアンがブランの前に現れた。

「まだ、何か用か」


 ブランの言葉に答えず、リュシアンは膝を折り地面に手を付いた。いきなり土下座したリュシアンにブランは訝しげな緯線を送った。

「なぜ、土下座する?」


「あいつに改めて話を聞いた。彼が喋れなかったのは、襟首を掴まれたからではなく、お前が怖くて喋る事すら出来なかったからだそうだ。だが、それは彼の心が弱い所為で、お前の所為ではない」


「もう、済んだ事だ」

 わざわざそんな事を言いに来たのか。と思いながらも、他に掛ける言葉が思い浮かばず、無愛想に答えた


 ブランは背を向け立ち去ろうとしたが、その背中をリュシアンの声が追いかける。


「お前は、卑怯ではない」

 ブランの足が止まった。


「そうか。俺は卑怯ではないか」

「ああ。俺が保障する」


「お前が、保障してくれるのか」

 ブランの口元に笑みが浮かんだ。久しぶりに笑った気がした。


 その後、ブランは武芸に励み、リュシアンは学問を修めた。リュシアンは弁論、兵法を身に付けるに従い、技術として虚言やはかりごとを弄するようになったが、性根は変わっていないとブランは思っている。


 公爵家にはリュシアンが先に仕えた。都に出て学問を学んだ師の推薦状を貰い仕官出来たのだが、リュシアンとて新参者である。その口添えでブランを仕官させるほどの力は無い。


 何とかブランを仕官させたいと考えたが、国王に次ぐ公爵家に仕官を望む者は数多居た。多くは伝手つてを頼み、伝手無き者にお鉢は回ってこないのだ。だが、リュシアンはそれを逆手に取った。


「公爵閣下。世に公爵を御慕いし仕官を望む者は後を絶ちませんが、いかに広大な御領地を持つ公爵とて、無限に召抱えるのは不可能。仕官出来る者は、既に当家に御仕えしている者の縁者に限られているのが実情で御座います。身元確かでその点間違いは御座いませんが、真に力ある者を召抱えられているとは限りません。仕官を望む者を集め、御前にて武芸の技を競わせ、優れた者を召抱えるのも必要かと存じます」


 おりしも、公爵家に仕える高位の武官が暴漢に襲われ、素手で殴り倒されるという事件が起こった後だった。公爵家にはあの程度の者しか居ないのかと、ちまたで笑い話になっていると公爵の耳にも入っていたのだ。


 無論、それはリュシアンの策に従いブランがやったのだ。そんな事をして良いのかと問うブランに、リュシアンは言った。

「武で地位を得たのなら、それに見合う実力を示すべきだ。素手のお前に殴り倒されるなら、それまでの男なのだ」

 ブランは頷いた。


 武芸大会ではブランの圧勝だった。リュシアンの策はブランの武勇が優れているのが前提だったが、リュシアンはそれを懸念することはなかった。ブランの勝利を信じていたからではない。負ければそれまでと思っていた。武で地位を得るなら、それに見合う実力を示すべきなのだ。


 こうして共にサヴィニャック公爵家に仕えた2人だったが、あえて同郷である事は公にはしなかった。武芸大会を開かせたのがブランを仕官させる為と見破られては不都合だ。


 ブランは虎であろうと、リュシアンは考えていた。獅子ではない。獅子は百獣の王であり、虎は孤高の戦士だ。そして、両者が戦えば勝つのは虎だ。その虎の嗅覚が、戦乱の匂いを感じていた。


「お主が考えるように、ケルディラから奪いコスティラ領、いや、ランリエル領と言うべきか。ランリエル領となった地域と接する北部はきな臭い。ベルフォールは最前線となる。お主は、以前から北部が気に掛かると言っていたがな」

「ただの、勘だ」


 ブランは短く応え、リュシアンが小さく頷き杯を傾けた。


 ブランはただの勘と言ったが、戦いにおいてその勘が勝敗を決する事は意外と少なくない。知恵ある人間同士の戦いなのだ。お互い相手の知恵を推し量り、裏をかき、その裏をかく。可能性は無限であり、その全てに対応しようとすれば、兵など幾らあっても足りない。どこかで見切りを付けねばならない。


 その見切りすら、どこで付けるか。一番可能性が高いと思われるところに着地するか。その裏をかくか。知恵を振り絞って出した結論を、勘で上回る者が稀に居る。常人にはなぜそうするのか分からない。だが、勝つのだ。ブランがそれであろうと、リュシアンは考えていた。


「なにやら、私などには計り知れない思惑がこの大陸を覆っている。私はコスティラを落としたランリエルは、それ以上の侵攻はしないと考えていたが、考えが甘かったらしい」

「お前ですらか」


「ああ。世に知恵者は多い。私など足元にも及ばぬ者達がな。その者達、それぞれの思惑が絡み合い事象を作り出しているが、真実を眼にしている者が幾人いるのか。誰一人真実など見えていないのかも知れん。皆が皆、自分の望む風景を頭に描いている」

「それを、真実の風景と信じてか」


 リュシアンほどの知者は居ないと、ブランは考えていた。そのリュシアンが、足元にも及ばぬ知者が世には居ると言う。ならば、自分などに真実の風景など見える訳が無い。いや、そもそも自分には望む風景などあるのか。


 物心付いた頃から、力が全てだった。武官になったのも他に道が無かったからだ。さもなくば野盗にでもなっていたか。


 人を初めて殺したのは仕官して直ぐだ。軍隊同士の戦いではない。公爵の領地の村を襲う盗賊が出没するというので所属する隊が討伐に出た。相手は、鎧ともいえぬ粗末な装備で槍の構え方もなってはいなかった。あの程度の者と思ったが、気付けば初めての殺し合いに槍を持つ手が震えていた。


 戦いは一瞬で終わった。相手は、届かぬ間合いから槍を振り、避ける必要すらなかった。目の前を槍が通り過ぎた後、十分に踏み込み相手の首を刎ね飛ばした。人を殺すなど、こんな事なのかと思った。


 その後も何度か出動したが、血が燃えるような相手には巡り合わなかった。

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