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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
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第35話:カルデイの総司令とバルバールの総司令

 ケルディラ国内に侵入したランリエル連合軍を、国境から18ケイト(約150キロ)の地点でケルディラ軍が迎え撃った。


 連合軍は、名目上の本隊であるコスティラ王国軍が4万。カルデイ帝国軍、バルバール王国軍がそれぞれ2万。そして実質的本隊であるランリエル王国軍が12万。合計20万の大軍である。


 それに対するケルディラ王国軍は6万でしかない。その戦力差にケルディラ軍首脳部は色を失った。


「3倍……だと」

「多く見積もっても15万程度という話ではなかったのか!」

「これでは、デル・レイの援軍が来たところで……」

「しまった……これでは、焦土作戦を取った方が良かったかも知れん」


 焦り、悲観的な意見ばかりが出る中、彼らの中でも軍歴の長い士官の落ち着いた声が皆を制した。


「いや、裏切りを約束しているコスティラの領主達がランリエル勢の後方を遮断すれば当初の計画通りだ。むしろ軍勢が増えた事により補給の負担も大きいはず。後方を遮断されては引くしかない」

「うむ。確かに」


 さすがに軍上層部の者達である。すぐに冷静さを取り戻し、大きな机に広げられた戦場の地図に目を向けた。地形の高低差から川の支流など、精密に描かれている。ケルディラは領土を東西に分けるようにテレス川が流れ、そのテレス川を挟み睨み合っている状況だ。


 現在両軍は、下流付近に軍勢のほとんどを集結させている。上流域には、後ろに回られぬようにいくつかの小部隊を配置し警戒態勢を敷かせた。もっとも上流は流れが速く渡河は困難。対岸に筏を渡せば渡河は可能だが、敵が待ち構えていては矢の的でしかない。少数でも十分に援軍が来るまで持ち堪えられる。


「敵が3倍でも川を盾に守りに徹すれば、そうそう抜かれる事はありません。問題は、敵が軍勢を分け渡河を目論んだ時です。上流は渡河が不可能ですが、ここから4ケイト(約34キロ)ほど上までなら可能ですから」

「それは、軍勢を派遣し阻むしかなかろう」

「その通りではあるのですが、問題はそれが陽動だった場合です。本陣が手薄になったところを、狙われる可能性のあります」

「だが、渡河する敵を見過ごす訳にもいくまい」

「それは、そうなのですが……」


 意見が纏まらぬ中、ケルディラ王国軍総司令コルマコフがおもむろに口を開いた。老将と呼ぶに誰も異論を挟まぬ白髪と白い髭を持つ宿将である。もっとも、ケルディラ人の類に違わぬ巨体は、老いを感じさせるものではない。


「我が軍は守りを固め時を待つ」

「時をですか?」

「そうだ。ランリエル勢の背後を襲うコスティラ貴族達と、デル・レイの援軍。それがそろった時こそ、我が軍は動く。それまで軽挙はすまい」

「なるほど」


 老総司令のしわがれた声に幕僚達が頷く。幕僚達は訓練、又は小規模な戦いで武勲を重ねた俊英達だが、ケルディラはここ十数年大きな戦はなく、数少ない大戦の経験者であるコルマコフへの信頼は篤い。


「だが、敵には大いに動いて貰う方がこちらには都合が良い。コスティラ貴族、デル・レイの援軍。そのすべてがそろった時、敵が分散していれば各個撃破も狙えよう」

「それでは、敵を動かす為、陽動を仕掛けますか」

「うむ。だが、その為に我らが大きく動けばこちらが足元をすくわれる事もあろう。小さい動きを精々大きく見せるのだ」



 ケルディラ軍に動きあり。その早馬が上流域からランリエル本陣へと奔った。上流から下流の本陣までは幾つもの馬屋が置かれ、馬を代えつつ本陣へと急いだ。食事すら馬上で干し肉を齧って済ませた騎士をウィルケスがサルヴァ王子に取り次ぐ。


「どうやら、数千の軍勢を上流に配置しているようです。朝晩、対岸の森から多くの炊煙が上がります」

「ケルディラ軍が上流から渡河する気配をみせていると?」

「恐らくは」


 騎士の返答に王子は顎に手をやり、確認するようにウィルケスに言葉を向けた。もっとも視線は向けず、己の思案に頭の半分は支配されている。


「だが、上流は流れが早く渡河は困難と聞いていたが」

「はい。地形調査を命じた部隊からは、そう報告を受けております」


 戦場となる地形を知るは、勝敗を分ける大きな要因となる。当然それを調べる者も知識ある専門家ばかり。武辺の騎士に命じたのではない。その情報は確かだと思われていた。


「とはいえ、ケルディラ軍には、長年この地で暮らした者も居る。我らの短期間での調査では、調べつくせぬ穴があるのか」

「おそらくは」

「うむ」


 サルヴァ王子は、各国の総司令、幕僚を招集し軍儀を開いた。4ヶ国分ともなれば、それだけで総司令部の天幕は満杯となる。幾人かの従者が外で待たされ滝のような汗を流し夏の日差しに耐えている。


「集まって貰ったのは他でもない。ケルディラ軍に動きがあった。どうやらテレス川上流域で、渡河を目論んでいるらしい」

「上流からの渡河は不可能と聞いておりますが」


 早速、コスティラ軍の幕僚が誰もが思う疑問を口にした。カルデイ、バルバールの諸将はランリエルに遠慮して発言を控えたが、大束なコスティラ人に遠慮は無い。椅子に座るその姿勢も、まるで自宅の居間にいるかのように無造作だ。


「それは私も考えたが、地の利は敵にあり、としか言えんな。向こうが出てくるなら、こちらも向かえ撃たねばならん。誰か行ってくれる者は居ないか?」


 私は行かないよ。と、バルバール軍総司令が心の中で呟いた。行儀悪く机に頬杖を付いている。


 敵を無視できないならば、誰かが行かねばならぬのは当たり前の結論だ。そして、ランリエルの幕僚に行かせるならば王子が命じて行かせれば良く、各国の上層部にはその報告だけでいい。


 サルヴァ王子は、バルバール、カルデイのどちらかの総司令に向かわせたいと考えている。コスティラは今回後方に控える方針なので対象外だ。


 本隊と離れての単独行動ならば、臨機応変の対応が求められる。ランリエル軍にはサルヴァ王子以外にも、ムウリ将軍という有能な者がいると聞いているが、そこは温存したいのだろう。それに自分が手を上げなくても、他に手を上げる者がいる。だったらその者が行けばいい。


 ディアスがその者に視線を向けると、ちょうど相手もこっちを見ていて目が合った。ディアスの思考を読んだのか苦笑を浮かべている。


「私が参りましょう」


 カルデイ帝国軍総司令エティエ・ギリス。相手の策を読む洞察力にすぐれ、サルヴァ王子の奇策を見破り敗死寸前にまで追い詰めた名将である。ディアスがカルデイを攻めた時には、条件が違いすぎ遅れを取ったが、その能力は決して引けを取るものではない。


 現在ランリエルでは、カルデイ人を多数外人部隊として雇っているが、軍縮により職にあぶれた元軍人全員には程遠い。また、カルデイ人を多く雇わせる事により、ランリエルとの戦争を起こり難くさせる。との目論みもある。精々、カルデイ人の商品価値を高めねばならない。怠け者と思われては商談が破断する。


「では、ギリス殿にお任せしよう」

 拝命したギリスが視線を感じ目を向けると、にやりと笑うバルバール軍総司令の顔があった。それは少し邪気を含んでいた。



 カルデイ帝国軍2万がテレス川上流に向かった。両岸には木々が生い茂り軍勢は森の中に隠したが、道中開けた場所も通っている。旗印などから帝国軍が上流へ進んだのはケルディラ軍も察知しているはずだ。それでも軍勢を隠したのは、ギリスがある疑問を抱いていたからだった。


 夕方になると、報告どおり対岸の森から多くの炊煙が上がった。赤く染まりかけた空に白い柱が幾筋も延びている。その量から推測するに7、8千の軍勢が隠れていそうだ。


「我が方も飯にしようか」


 帝国軍が潜む森から大量の炊煙があがる。その量は、ケルディラ軍のものを遥かに超えていた。白い煙が、木々を燻しながら天へと昇り、住処を追われた鳥が飛びたった。


 翌朝、対岸の森から炊煙が上がった。昨晩と同じ量だ。


「こっちも飯だ」


 また、2万人分の炊煙が昇る。ギリスは敵の炊煙を睨み付け、硬い干し肉を辛抱強く租借しながら、ある事を確信した。


 日も暮れまた対岸に炊煙が見えると、ケルディラ軍に使者を向かわせた。目印の旗を風になびかせ小船がテレス川を進む。対岸に乗り付けると5百名ほどの軍勢が居た。


 使者はケルディラ兵に囲まれながら、森の手前の小屋に通された。森の奥からはやはり炊煙が上がっている。


「それで、御使者は何用で参られたか」

 部隊長らしき者の言葉に使者は恭しく頭を下げた後、申し訳なさそうに口を開いた。


「実を申しますと、2万の軍勢を率いてここまで来たものの、食料の用意が足りず難儀しております。恥を忍んでお頼み申し上げますが、貴軍に食料を分けて頂けないかと思い、まかり越しまして御座います」

 使者は頭を下げ、部隊長が戸惑い

「食料を……我が軍に分けて欲しいと?」

 とオウム返しに言うと、使者は、是非とも、とまた頭を下げた。


「しかし、なぜ我が軍に食料を求めるなどと……」

 敵軍に食料を融通して欲しいと申し入れるなどあり得ない話だ。使者の思惑を計りかね、部隊長の歯切れは悪い。表情にも不信げなものが浮かぶ。


「貴軍は、僅か数百にもかかわらず、朝晩、数千人分もの水炊きをしているとか。それほど食料が余っているならば、我が軍にも分けて頂けるかと愚考し、参上いたしました」


 その言葉に、夏の最中にも関わらず部隊長の背に冷たい汗が流れた。だが努力して顔の筋肉を制御しきり、その表情は平静を保っている。


「仰る通り、兵士に配給する炊き出しが多すぎたかも知れませんな。担当の者に、気をつけるように注意致しましょう。我が軍も食料が余っている訳ではないのに、怪しからん輩です」

「では、食料の件は……」

「無論、断らせて頂く」

「作用で御座いますか……」


 相手の反応を十分脳裏に焼き付けた使者は、内心満足の笑みを浮かべ、表面上は残念そうに頭を下げた。隊長はよく平静を保ったが、折角のその演技にも関わらず、その場に居合わせた他の者達の動揺を見逃さなかった。


「それでは、これで失礼致します」

 と、再度頭を下げ敵陣を後にした使者は、帝国軍陣地にたどり着くとギリスに仔細報告する。


 使者は、ケルディラ軍の者達がいかに焦り、狼狽したかを得々と語ったが、ギリスは聞いては居なかった。会話の内容にはさほど興味が無い。知りたかったのは、使者が生きて帰ってくるかどうかだった。


 戦いになれば兵士は死ぬ。いかに優勢でも被害が皆無なのは稀だ。戦えという命令は死ねという命令と同じだった。使者とてそれは同じだ。死ぬ可能性があっても行けと命じるのが司令官である。良心が痛み、それが出来ぬというなら司令官になどなるべきではない。


 使者に言わせた口上は、ケルディラ軍が軍勢を隠していると、こちらが察しているとも、そうでないとも取れる内容だ。だが、後ろ暗い者は、悪い方に受け止める。


 敵が本当に軍勢を隠し渡河を目論んでいるならば、相手に疑われた、というだけで作戦は破綻だ。数で劣るケルディラ軍なのだ。勝算が高くなくては実行できない。しかもただ指摘するのではなく、兵糧を分けて欲しいなどという、相手を馬鹿にした物言いでである。普通は殺される。だが、殺せば指摘を認めた事になる。


 しかし、こちらを引き付けたいだけの作戦ならば、疑われただけで終わりではない。疑われても敵を引き付けられれば良いと、必死で誤魔化そうとし、使者も生かして帰す。


 まるで使者の命を博打に使ったようにも見えるが、ギリスは生きて帰ってくると確信していた。これは最後の確認でしかなかった。


 ケルディラ軍が上流に向かったのをランリエル側は察知出来なかった。ならば、闇夜に紛れて少数ずつを移動させるなど、細心の注意を払っての作戦のはずだ。にもかかわらず、最後の最後で炊煙を上げてその存在を露見させるなど、あまりにも馬鹿げた失策である。その違和感を軍儀の席で感じた。


 確認の為、こちらの軍勢を森に隠し炊煙を上げさせた。それはケルディラ軍からも見えたはずだ。もし彼らが不注意で炊煙を上げていたならば、自分達の失敗に気付く。だが、次もケルディラ軍から炊煙が上がった。故意に見せていると判断するしかない。使者を送ったのはあくまで最終確認だ。


「やはり無駄足か……。馬鹿馬鹿しい」


 ギリスは呟き、陣を引き払った。ケルディラ軍に見せ付けるように下流の本陣へと向かう。


 もっとも収穫が全く無かった訳ではない。上流の渡河地点などケルディラ軍も把握していない。それを確証出来た。もし本当にそれがあるならば、彼らはそれを行動に移しているはずだ。


 一気に川を渡り、少数しか居ないランリエル部隊を蹴散らし、救援が来る前に対岸に引き上げる。それをすれば、ランリエル側はその対応に軍勢を配置しなくてはならない。確実に我が方の軍勢を引き付けたいならばそうすべきだ。だが、ケルディラはそれをせず、詐術に頼った。実が無いのだ。


 ふと、ギリスの脳裏に、バルバール軍総司令の顔が浮かんだ。軍儀の時の、あのにやりと笑った表情だ。もしかして、彼もこの出陣が無駄足に終わるであろうと予測していたのではないのか。


 隠れなき名将と認め、敬意も払っている。だがカルデイ帝国軍総司令は、バルバール王国軍総司令を少し嫌いになった。

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