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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
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第30話:王国統一

 ランリエルでは戦の準備が着々と進められていた。兵糧武具が倉庫に山積みとなり国内各地の騎士団、連隊、外人部隊などに招集の命が出される。万全の体制を作りつつあったが、問題なのはケルディラを攻める大義名分だった。


「婚礼襲撃の真犯人を捕まえるってのは、戦争をする理由にしては弱すぎますね」

 総司令の執務室で飄々とウィルケスが肩を竦めた。本人はふざけている気は無いのだが、身に付いた癖がそうさせるのだ。


「それについては、考えがある」

 書類に目を向けているサルヴァ王子が視線を紙の束にやったまま答えた。慣れたもので副官の態度を気にした風もない。


「お教え願えますか?」

「デル・レイという国を知っているか?」

「勿論、知っていますよ。ケルディラの西にある国ですよね? グラノダロス皇国の衛星国家の1つの」

「少し、かの国の真似をさせて貰おうかと思う」

 サルヴァ王子の顔に皮肉な笑みが浮かんでいた。



 コスティラ王国王都ケウルーでは、ランリエルからの提案に激震が奔った。


「コスティラ、ケルディラ両王国の統一ですと!?」

「左様で御座います。コスティラ王室とケルディラ王室とは、その血を等しくします。不幸にも過去の些細な諍いの結果袂を分かちましたが、本来は兄弟の間柄。兄弟は1つ屋根の下で暮らすがよろしいかと」


 ランリエル大使サントリクィドは、コスティラ王ロジオンを前に跪き、にこやかに述べた。


 兄弟喧嘩をした挙句、今日ではそれぞれ立派に一家をなしている者達に他人が口を出すのもどうかと思われるが、それが現在の自分の上司ともなれば無下にも出来ない。それに条件にもよる。ランリエルからの提案に王宮は騒然となった。


「当然、コスティラとして統一なのでしょうな?」

「それは無論そうでしょう。ですが、結局はランリエルの勢力が拡大するだけの事ではないのですかな?」

「しかし少なくともコスティラの領土も拡大するのは間違いない。ランリエルとて、得た領土の幾分かはコスティラ領とするはず。でなければ、大義名分が立ちませぬ」

「それは良いとして、今度はランリエルに借りが出来るのではないでしょうか。それでは、ますますランリエルの支配が強まりますぞ」

「とはいえ、すでに支配されている現状では、その状況下での繁栄を望むべきでは」

「しかし、それではコスティラの誇りが」

「いやいや、現実を見なければ」


 大臣、貴族達は喧々諤々の議論を行ったが結論は出ず、決断はコスティラ王の信任篤い宰相イリューシンの判断に委ねられた。


 宰相イリューシンは、かつてコスティラ軍がバルバールすら越え、はるばるランリエルまで遠征した時に軍司令官だった現国王の参謀を務めた人物である。


 元軍事であり、しかも政治家を目指した事など一度もない男だが、専門分野は担当の大臣に任せ、その調整と国王への助言者としての役割を自らに命じていた。


 イリューシンは宰相府にてサントリクィドと顔を合わせた。サントリクィドは、コスティラ人の体格に合わせて作られた大きなソファーに身体の半分が埋まっている。型通りの挨拶の後、ちょうどよくソファーに身体を収めている宰相が口を開いた。


「サルヴァ殿下の御提案は大変ありがたく存じますが、コスティラ王国としてはお断りしたく考えます」

 現実に足が着いている宰相は、目先の利益に目を眩ませなかった。

「ランリエルの大軍を借り領土を得たところで、近隣諸国からの恨みと警戒を買いましょう」


 彼と、そしてコスティラ王ロジオンが目指すはあくまでコスティラの独立である。近隣諸国を敵に回せば、それこそランリエルの庇護の元でしか、コスティラは存続出来なくなる。


 だが、そのランリエルにとって望まぬ返答に、意外にもサントリクィドの童顔が頷く。

「宰相閣下の言、真に理あるお言葉と存じます。ランリエルとて、今ある平和を乱し民を戦乱に巻き込むは本望ではありません」


 そう言ってサントリクィドは手にした書簡を、訝しい顔の宰相に差し出した。

「サルヴァ殿下から、宰相イリューシン様にとお預かりして参りました」


 イリューシンが受け取った書簡に目を通すと、それにはコスティラ西域領主達のケルディラへの内通と、婚礼襲撃事件がランリエルとコスティラの関係を悪化させ、さらに挑発するものである、との見解などが詳しく書かれていた。宰相は大きな顔に比べ小さな目を驚きに見開き唸った。


 しかし元軍人であり胆力に優れた宰相である。読み終える頃には平静の顔色を取り戻し

「それで、これがいかが致したのですかな?」

 口調にも乱れは無い。


「いかが……とは、あまりにものお言葉。領主達の裏切りと、コスティラ、ランリエル両国の仲を切り裂こうとする策略。それを宰相閣下は何も感じぬと仰せになるのですか」

「無論、私も憤りを感じます。ですが、それも全てサルヴァ殿下のお言葉が事実なら。戦を起こすという国家の大事に、一遍の書簡で動く訳には参りませぬ。ケルディラと通じるという領主達を尋問し、確たる証拠を得る必要があります」


 宰相の言い分はもっともと言えるものだが、大使は頷かない。

「サルヴァ殿下は、それは無用、と仰せです」

「無用? それをせずして、何を持って私に殿下のお言葉を信じよと仰る?」


「ランリエルに敵対したとの理由でコスティラ貴族が罰せられれば、他の貴族からも不満が出ましょう。殿下は裏切った貴族達を不問とする考えで御座います」

「不問ですと?」

 平静を取り戻していた宰相の小さな目が、又もや見開かれた。


「左ようです。言葉を飾っても仕方がありません。現在、コスティラはランリエルに支配されております。コスティラ貴族がランリエルに不満を持つは当然。それを一々罰していけば、ついには全コスティラ貴族を罰せねばならない。そしてそれは、殿下の望むところでは御座いません。それ故にケルディラ、コスティラ両王国統一を大義名分とするのです」


 イリューシンが低く唸った。領主達を尋問し、それが事実ならば処罰しなくてはならない。だがそれは、ランリエルの為に罪に問うという事だ。コスティラ人として釈然としないものがある。


 ではコスティラ貴族を罪に問わないが為に、ケルディラを攻めるのか。いや、貴族達を罰してもケルディラ攻めは変わらぬ。問題は、ケルディラからの領主達への調略と婚礼襲撃。それらが事実かなのだ。


 貴族達を尋問し、事実ならば彼らを罰した上でさらに戦となる。事実で無ければ戦は回避できる。まさに貴族達の命を掛けての博打だ。軽々と勝負には出られない。


 額に汗を光らせ苦悶する宰相を前に、サントリクィドが勝負に出た。今が、切り札を出す絶好の時だ。


「今回の戦いはコスティラ王国を旗頭とします。それだけにコスティラ軍が敗れれば全軍の敗北とも言えましょう。コスティラ軍は極力後方にて待機して下さい。戦いは我が軍が受け持ちます」


 貴族達の命を掛けての博打を回避しても、その戦で人命が損なわれては意味が無い。だが、戦いはランリエルが受け持つならば、話が変わる。


 目を瞑り、さらにしばらくの思案の後、目を見開いたイリューシンの顔は政治家としてのものだった。

「両王国統一の為、ケルディラと戦いましょう」


 コスティラ王国宰相として、コスティラ貴族の命を掛けてまで、ケルディラを擁護する必要は無かった。



 周辺諸国にケルディラ王国へ軍勢を進めるとの布告がなされた。不幸にも過去に袂を別った両国を今一度一つに纏めるが本来の姿との主張と不介入の要請である。署名は当然、コスティラ王国国王ロジオン。


 それに対しケルディラ南部と国境を接するロタ王国は返答を保留し、ケルディラと隣せず実質介入不可能な国々などからは了承の返答があった。ゴルシュタット王国では使者が追い返された。


 ゴルシュタットは、デル・レイの過去の地図を主張してのリンブルク侵攻に反対の立場だ。それをもってリンブルクを支配しているのだから、コスティラの主張を認めないのも当然である。もっとも、情勢を見れば、実際にゴルシュタットが介入するのは考えにくい。


 最大の懸念は、グラノダロス皇国だ。その返答いかんではケルディラ攻めどころではない。下手をすればランリエル増長せりと、こちらこそが皇国軍の侵攻を招きかねない。ロタ王国が態度を保留したのも皇国の動きを見る為だ。


 皇国には、大量の贈答品を携えいかにも温和そうな老外交官カゼラートを送り出した。もっともコスティラ大使も同行し、表向きはコスティラが正大使、ランリエルが副大使である。カゼラートは人の良さげな老人の愛想を振りまきながら皇都に入り、早速取次の者に賄賂を握らせた。


 皇帝への謁見を願い出る者は雲霞の如く。その全てに会っていては皇帝の人生の砂時計は謁見のみでその砂を落としつくす。その為、謁見者の取捨選択は取次の重要な役目であり、彼らが受け取る賄賂は莫大なものとなる。取次に任命されると、その者は急に親戚が増えるとの笑い話まであるほどだ。


 東の大国であるランリエルの大使が謁見の枠から弾かれる事はないが、その大国ですら順番を早めて貰うにはそれなりの物が要求された。


「皇帝陛下の御尊顔を拝し、真に光栄の極みに御座います」


 太り気味の身体を黄金の玉座に委ねる皇帝に、コスティラ大使とカゼラートは、這い蹲るように深く頭を下げた。カゼラートが、ちらりと皇帝に視線を向けたかと思うと、その瞬間いかにも恐れ多いというふうに更に首を垂れた。玉座の左右に居並ぶ大臣の失笑の多重奏を聞きながら、カゼラートは内心ほくそ笑む。自分の役目は、ランリエル増長せずと伝える事である。弱腰を笑われるなら望むところだ。


「些事である」


 皇帝からその言葉を頂いたカゼラートは、真にもって、と額を床に擦り付けんばかりに深く頭を下げ、謁見の間を後にした。大皇国にとってケルディラ如きどうなろうと、小枝が揺れた程度という訳だ。並ぶ者無き大皇国の余裕なのだろうが、こちらとしては都合が良い。


 これで皇国のみならず、その衛星国家8ヶ国からも了承を得たに等しく、ロタ王国も了承の使者を送ってきた。だが、衛星国家の1つデル・レイが難色を示しているという。


「奪われた領土を取り返すのと、お互い納得し財産を分けた兄弟の物を奪うのとではまったく事情が異なる。それを同じ次元で語るは、デル・レイを侮辱するものである。ですか」

 サルヴァ王子を前に、ウィルケスがそう言って肩を竦めた。


「らしいな。しかし意外なのはその主張よりも、衛星国家が皇国の意向に逆らった、それ自体だ。しかもデル・レイ王は現皇帝の弟。それゆえの甘えとも見えなくもないが……」

「皇国に派遣している者の報告では最近皇帝と次男の宰相との仲が微妙で、その代わりに五男のデル・レイ王に助言を求める事が多いって話でしたからね。実はその五男との関係も良くないんでしょうか」

「うむ」


 実際は、アルベルドの詐術なのだが、それを知る由も無いランリエル軍総司令とその副官は首を捻った。皇国がケルディラ侵攻を認めなければ、さすがにランリエルは出兵を取りやめる。さりとて皇国の意向にデル・レイが従えば、ケルディラへの援軍が出来なくなる。


「皇帝陛下。陛下が私を御信任頂くは光栄に存じますが、近頃では陛下が私の言いなりなどと申す輩も増えているとか。まったく事実と異なる虚言ですが、戯言であればこそ陛下の御威光を曇らせます。今回の件に関し、私が陛下と異なる立場を取ればそのような戯言も収まりましょう」

「なるほど。いつもの如く深き配慮。そちの思うように致せ」


 結局、皇帝は五男の言いなりだった。だが皇帝自身はそれに気付かない。


 近隣諸国への外交調整も完了し、ケルディラ出兵が確実なものとなったランリエルでは、コスティラ以外の勢力下にある国々へも出兵要請の使者が送り出された。それが、アルベルドが描こうとする絵画に絵筆を足す行為であるとも知らずに。

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