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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
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第22話:交渉

 ランリエルからの軍事演習参加要請は、カルデイ帝国、バルバール王国にも届いた。


 カルデイ帝国軍総司令エティエ・ギリスは執務室でランリエルの使者と会い、ベルヴァース王国と同じく王室直属の軍勢5千と参加を希望する者達というランリエルからの提案に首を振った。


「王家からの軍勢は3千とさせて頂きたい」

「大国カルデイ帝国ともあろうものが僅か3千とは……。ベルヴァースですら王家から5千を出すのですぞ」


 小太りのランリエルの使者は大国の矜持に訴えかけたが、ギリスにしてみれば苦笑するしかない。カルデイを大国でなくしたのは他でもないランリエルではないか。もっとも、それをなした張本人であるサルヴァ王子へのわだかまりはもはやない。


「その代わりに、総勢1万5千を用意いたしましょう」

「1万5千!」

「さよう」

 顔についた肉の為細くなった目を見開いて驚く使者に、ギリスは短く応えた。


 ランリエルからの提案は渡りに船だった。かつての大国カルデイ帝国には、その規模の縮小により職を失った軍人が溢れている。カルデイ帝国の軍制は王家の直属軍とカルデイ貴族達の私兵の混成軍であるが、そのほとんどが職業軍人なのだ。王家の軍勢には外人部隊も存在したが、それも今では解雇している。


 民を徴収する事もあるにはあるが、それもほとんどは兵糧武具を運ぶ人夫として。城を攻められた時は近隣の領民を収容して共に戦う事もあるが、それはあくまで防衛の為である。


 ギリスは、職にあぶれたカルデイ軍人達をランリエルに輸出しようと計画していた。各国を勢力下に置き、その力を増したランリエルは軍備を増強している。カルデイ人を外人傭兵部隊として雇う余裕は十分あるはずだ。


 以前サルヴァ王子からの誘いを、ランリエルに仕えればカルデイ兵士達と戦う事になりかねないと断ったギリスだが、個人で仕えるのと部隊として雇われるのとは大きく意味合いが違う。数千規模のカルデイ人部隊を抱えては、カルデイと戦う事も難しくなる。


 軍事演習の参加者を募ると、ギリスの予想通り多くの元軍人達が参加を希望した。それは、兵糧をカルデイ軍で受け持つと発表した事も大きい。軍事費削減により余裕の無いカルデイ軍である。兵糧は各自持参するように申し渡そうかとも考えたが、それは取りやめた。


 職を失った彼らはカルデイ軍部以上に貧しいのだ。参加を希望しても食料無く、兵糧を持参しろなどと公布すれば兵糧を得る為民を襲う者すら出る。


 こうして集まった軍勢はギリスの計画を超え2万に達し、幕僚の1人が懸念を呈した。

「兵糧武具などの集積計画は1万5千です。このままでは物資が足りませんが、よろしいのですか?」

「構わん。王都周辺の城塞の物資を放出せよ」


 2万のうち、3千は王家直属軍。元軍人の参加者が1万2千。それに5千の領主勢。元軍人の参加者も多かったが、領主勢も予想以上に多かったのだ。


「これだけ多くの領主が参加するとは……」

 幕僚が感慨深げだ。ランリエルに負け落ち目の帝国である。貴族、領主への影響力も日に日に低下していくのを、彼は義憤に燃え憂いていたのだ。それがこれだけの軍勢が集まるとは、まだまだ帝国に忠誠を誓う貴族も多いではないか。


「確かにな」

 ギリスは彼を思いやって話を合わせた。折角感動に打ち震えている部下の頭に冷水を浴びせる必要もない。帝国からランリエルに鞍替えしようと考える者達が、ランリエルに軍事演習で良い所を見せようとしているだけとギリスは看破したのである。


 ギリスは相槌に気を良くする幕僚を尻目に、改めて今回の軍事演習へと思考を向けた。


 洞察力に優れたギリスである。この軍事演習を他国への牽制と睨んでいた。牽制ならば、軍勢は多ければ多いほど良い。ギリスとて戦争は望んでいない。今回の演習によりそれが回避できるなら精々協力してやるべきだった。


 しかし、それが誰に対しての牽制なのか? ランリエルは勢力を西へと伸ばし、その先端はコスティラである。そしてコスティラの西に接するのは、ほぼ真西のケルディラ王国と南南西にあるロタ王国。ロタの東にはコスティラと海を挟みドゥムヤータ王国もあるが、それは考えなくて良い。今回の演習に海軍は入ってない。


「まあ、ケルディラであろうな……」

「何か仰いましたか?」

「いや、なんでもない」

 耳ざとくギリスの呟きを聞き逃さなかった幕僚に、ギリスはそう誤魔化した。ロタ王国は、コスティラの南部と僅かに国境を接するのみ。無いとは言わぬが確率は低い。


 対ケルディラを考え、その周辺で起きた過去の戦闘記録を掘り起こし、人を派遣し地形を調査する必要もある。それをもって有利な戦場を設定せねばならない。戦いは望まぬが、それだけに勝たねばならなかった。


 もし戦いになれば、妻は悲しむだろう。愛する妻と娘の顔を思い浮かべ、無意識に胸のペンダントを握り締めていた。



 一方、バルバール王国軍総司令フィン・ディアスは、軍事演習の要請に渋っていた。


「我がバルバールは小国。戦となれば致し方なく出兵もしますが、軍事演習で5千の軍勢などとてもとても」

 と、実年齢より若々しく見える顔を横に振り、ランリエルの使者マッジを前に値切っている。


 もっともマッジも

「ですが、ベルヴァース王国も5千。そしてカルデイ帝国にいたっては1万5千を約束して下さいました。ここは一つせめて5千だけでも」

 と、簡単には引き下がらない。


 ランリエル勢力圏にある各国家には、それぞれ使者が派遣されている。その国々からどれだけの軍勢を引き出せるか。使者達は、是が非でもここで功績を挙げ自分の力量を示さなければならないのだ。


 現在サルヴァ王子陣営での主席と言われる外交官はサントリクィドである。彼はその力量に相応しい成果をあげたが、それ以上の成績を上げたのはカルデイ帝国に派遣された小太りの使者だった。


 サントリクィドがある程度の功績をあげるのは予想できており、マッジはその次席を狙っていたのだが思わぬ伏兵だった。彼はその小太りの顔を思い出し、自身が現在交渉中なのも忘れ舌打ちしそうになるのを懸命に堪えた。


 他国の交渉状況を駆け引きの手札にしようと、あえてバルバールへの到着を遅らせて他国の情報を集めたが、それは手札としての威力より、マッジ自身を不快にする効能に優れていた。だが、愚痴ばかり言ってもいられず、是が非にでもバルバールには、カルデイを超える軍勢を出陣させなければならない。それが5千も出せないとは。


「演習はランリエル国内でも貴国に近い西部でとサルヴァ殿下は仰っております。カルデイやベルヴァース。ましてやコスティラよりは遥かに兵站の負担は軽いはず。なにとぞ出来る限りの数をもって参加下さるようお願いします」


 マッジは必死で食い下がるが、やはりディアスの返答はにべも無く、

「そうですな。では3千ほどでどうでしょうか?」

 と、まったく引き下がらない。


 ディアスとて、ギリスと同じく今回の演習はケルディラへの威嚇と睨んでいるが、ギリスほど乗り気ではないのだ。


 バルバール軍の総動員数は5万とされ、それはベルヴァースや、ランリエルに大きく領土を削られた現在のカルデイ帝国をも上回る。だが、国力がその両者に勝っているかと問えばそうではなかった。連年コスティラに攻められるという状況の為、やむを得ず無理して数を揃えていたに過ぎない。


 それゆえほとんどが職業軍人で構成する他国の軍制とは違い、バルバール軍には民から招集された兵士が多数存在するのだ。バルバールが職業軍人のみの軍制をとれば、その国力に見合った数は精々3万5千程度なのである。


 その、無理をしている、という状態を脱却するため民からの招集を減らそうとディアスは考えているが、軍部にはそれを反対する勢力が根強く、軍制改革は遅々として進んでいなかった。民から招集されるのは基本雑兵だが、その士官は貴族や武門の家の子弟が多い。


 純粋に軍人として、軍勢の数が減るのを懸念する声も多いが、その裏では、1万5千もの軍勢が無くなれば当然それを指揮する士官の席も消えうせそれを憂う者も多い。それは貴族や軍人にとって大問題であり、その為ディアスからすれば馬鹿馬鹿しいと思える議論すらされていた。


「大隊、中隊、小隊など各隊の構成人員数を現在の7割に致しましょう。そうすれば1万5千の軍勢が減っても、士官の数は減りません」

「なるほど。それは良い案です」

「士官も統率する人数が減れば、それだけ指揮もしやすい」


 名案と思われ賛同者も多く出たが、議論に参加していた戦史に詳しい学者がおもむろに口を開いた。


「止めた方が良いでしょうな。かつて各国はそれぞれ独自の軍制をしき、各隊の人員も統一されておりませんでしたが、現在ではほぼ統一されております。なぜかと言えば、昔、敵3個大隊が向かってきていると報告を受けたある将軍が、ではこちらも3個大隊を出せば良いと兵を派遣したところ、戦って見れば敵は2倍の数だったと言います。笑い話のようですが実際にあった話です。気をつければ良いと言えばそうなのでしょうが、思わぬ齟齬を起しかねないのも事実。むやみに他国と違う兵制を取るべきではありません」


 その言葉に、賛同した者達は己の無知に赤面し、俯いて押し黙ったのだった。連隊など定数が曖昧な戦隊も存在するが、定数が定まっている戦隊は他国と合わせるのが無難である。


 結局軍制改革は進まず、無理して5万の軍勢を揃えている状況に変わりない。その負担の中、どうして演習に5千も派遣しなくてはならないのか。ケルディラへの威嚇だとは理解できるが、それはバルバール軍も参加する、それだけで十分とディアスは考えた。


 バルバール軍が演習に参加すれば、いざ戦いになればバルバールも参戦すると内外に示せるし、数が欲しいならランリエル軍が自前で揃えれば良いのだ。ランリエルにはそれだけの経済的余裕があり、バルバールには余裕が無い。


 ディアスは、更にしつこく粘るマッジに

「サルヴァ殿下がどうしてもと仰るなら、民に重税を課してでも軍勢を揃えますが、それだけの事をするとなると、やはり殿下の確かなお言葉を頂戴したく存じます」

 と、一見しおらしく返答したが、事実は、お前では話にならないと言い放っているに等しい。そして、民に重税を掛けてまでとサルヴァ王子が言うはずがないのも分かっていた。そもそもディアスに重税を決定する権限は無く、はったりなのだ。


 結局、案件を持ち帰るなど自身の無能を示すだけとマッジは観念せざるを得ず、派遣は3千と決定したのだった。


 その後ディアスは、相変わらず従者である従弟のケネスに轡を持たせ邸宅へと向かった。到着し、ケネスはそのまま馬を引き厩舎へと向かい、ディアスが屋敷に入ると使用人の1人が来客を告げた。その名にディアスはげんなりしため息を付いた。


「叔父上、またいらしたのですか?」

 自分より遥かに体格が良く、武人としての風格を漂わせている叔父に対するディアスの言葉は温かいとは言いがたかった。


「またとは、大層な挨拶ではないか。子を授かろうという甥の屋敷に叔父が顔を出すのに何の不思議がある。しかも、その妻をお前に娶らせたのはこの私なのだからな」


 ゲイナーは、どうだと言わんばかりに言い放ったが、それだけならディアスも何ほどとも思わない。ディアスにため息を付かせるのは

「そうですよ。ディアス様」

 とゲイナーを援護する、お腹を大きくした最愛の妻の一言である。


 恐ろしいことに、叔父ゲイナーと妻ミュエルは仲が良いのだ。


 ミュエルにとってゲイナーは、愛するお父様とお母様から自分を引き離した張本人なのだが、それと同時に最愛の夫であるディアスとめぐり合わせてくれた恩人でもある。そして生来素直で優しく、人を憎む事を不得意とするミュエルである。前者は忘れ後者についてのみ認識し、ゲイナーに感謝しているのだった。


 ゲイナーにしても素直で美しい少女に好意を持たれ悪い気はしない。ケネスがディアス家を継いでしまうのを阻止してくれそうなミュエルに感謝もしている。


 ディアスにしてみればあまり面白くない状況なのだが、2人が交わす会話は仲の良い叔父と姪でしかない。今も和気藹々と話している。


「お腹の子は元気にしておるのか?」

「はい。ゲイナー様。日に何度も私のお腹を蹴るのです」

「はっはっは。それは良い。間違いなく男子であろう。これでディアス家も安泰と言うものよ」

「本当ですか!」

「勿論だとも。頑張って、元気な男の子を産むのだよ」

「はい!」


 ゲイナーは終始機嫌よく、ミュエルも嬉しそうである。とても、ミュエルに叔父と仲良くするなとは言えない。まあ、元々ディアスが戦死し自分がディアス家を継ぐのを願っていたゲイナーが、ケネスにさえ継がせなければと望みを数段下げ、現状で満足しているならそれも良いと、ディアスは無理やり自身を納得させざる得なかったのだった。


 その後、晩餐までしっかり平らげたゲイナーが帰るとディアスは寝室でミュエルと2人きりになり、

「ディアス様! 今、またお腹を蹴りました!」

 と笑顔を見せる幼い妻にディアスも微笑んだ。いや、幼いという言葉はもうそぐわないのかも知れない。何せ彼女は現在妊婦であり、近い将来には母となる。


 ディアスが妻のお腹に手をやると、動いているのが分かる。以前、妻のお腹に手を当てた時、お腹の中の胎児が思いの他動く事にびっくりし思わず手を引いてしまったディアスだが、今ではもう慣れたものだった。


 妻の体内に宿る我が子を手の平に感じ、妻に微笑んだ。


「叔父上はああ言ったが、もし女の子だったとしても私は全然構わないよ。とにかくお前が無事、元気な赤ん坊を産んでくれればそれで良い」


 その言葉にミュエルはそっとディアスの手に自分の小さな手を重ね、もはや少女のものではない温かさを宿す瞳で夫に頷いた。

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