第6話:兜の花嫁(2)
リヴァルとアリシアは結ばれ、彼は休暇のたびに彼女の部屋を訪ねた。
こんな事だったら、オルカ家で世話になっていれば良かっただろうに馬鹿な2人だ。と他の者は笑うだろうが、彼らにはそのような事どうでも良かった。リヴァル家にアリシアが養われたから結婚するのではなく、リヴァルとアリシアが愛し合ったから結ばれる。それが2人には重要だった。
とはいえ、アリシアにはどうしても我慢出来ない事があった。
「サルヴァ殿下は素晴らしい名将であり、その指示に従って戦えば勝利は間違いない」
このような事を言い続けるのだ。どうやら劣勢の戦いを王子の指揮により逆転勝利してから心酔したらしい。
しかも日のある内に話すのならばいつもの軍隊話だ。と聞き流しても居たが、夜の営みの終った後、寝物語とするにはあまりにも無粋すぎた。
「私の前で、二度とその王子様の話をしないでね」
全裸でベッドに横たわりにっこりと微笑みながらリヴァルへそう告げると、顔は笑いながらも目がまったく笑っていない彼女の表情に彼は凍り付き、二度と王子の話はしないと誓ったのである。
そしてそのような日々が2年ほども続いたころ、避けては通れない問題に2人は直面した。リヴァルは下級騎士ながらも跡取り息子である。嫁を貰って家を継ぎ、さらに子を産ませて子に家を継がさなくてはならない。彼ももう25歳になっていた。そろそろ嫁を貰う時期だった。
「私を愛しているのなら家を捨てて!」
などと言い出すほどアリシアは非常識ではないのだ。
それに帝国がここ数十年無かった大規模な攻勢を隣国ベルヴァースにかけ、援軍としていたサルヴァ王子の作戦宜しく、帝国軍に大打撃を与えて撃退する事に成功した事もある。
これでしばらく帝国も大人しくなり戦いもなくなるだろう。今までの長い戦いの歴史で相手の国を併呑するなど不可能だと分かっているはずだ。帝国は大攻勢をかけるという馬鹿な事をしたが、こちらから帝国へは攻め込まない。そう思われたのだ。
2人は覚悟を決めてそろってオルカ家へと向かい、リヴァルとその父親との決闘などを経て、晴れて2人は結婚する事となった。だが結婚式を翌月に控えた時、リヴァルに出兵命令が下ったのだ。
帝国軍に大打撃を与えた余勢をかって、今度はこちらから帝国に攻め込むと、かのサルヴァ王子が言い出したというのだ。
「サルヴァ王子って馬鹿なんじゃないの!」
叫ぶアリシアをリヴァルは必死で宥めた。
「サルヴァ殿下が攻めると言うならきっと勝算があるんだ。心配するな。必ずランリエル軍は勝つよ」
しかし数十年前にも行なわれた帝国への攻勢は、数年間に及んだという。リヴァルが帰ってくるのはいつの日になるか。
彼女の不満は募ったが、出兵拒否など出来る訳も無い。こうしてリヴァルはサルヴァ王子と共に帝国領内へと出兵したのだった。
そして戦いの結果はリヴァルのいう通りとなった。戦いはランリエル軍の勝利に終わり、長かったカルデイ帝国との戦いにも終止符が打たれたのである。ただしリヴァル・オルカが帰って来る事は無かったが。
勝利し凱旋するランリエル軍を、アリシアは部屋の窓辺に座り、眺めるとも無く眺めていた。だが……。
「リヴァル!」
彼女は、なんとそこにリヴァルの姿を見つけた。
まさか! そう思って目を擦り改めて凱旋する隊列を見ると、宝石を散りばめた馬具で飾った白馬に乗り、鎧も見事に装飾がなされた騎士が、兜のみ飾り気の無い実用一辺倒と思われる物を被っている事に気付いた。
そのありふれた物に鉄板をさらに巻きつけ補強された兜は、リヴァル・オルカの物に間違いなかった。どうしてあの騎士は彼の兜を被っているのか?
アリシアは急いで階段を駆け下りたが、軍勢を歓呼の嵐で迎える群衆の為近寄る事が出来ない。だが人々はその騎士にこう声援を贈っていたのだ
「サルヴァ王子万歳!」と。
どうしてサルヴァ王子がリヴァルの兜を被っているのか?
確かめねばならない。だが相手は一国の王子。しかも次期国王たる第一王子である。そう簡単には会えないだろうと、行動力のあるアリシアにして数ヶ月間思い悩んだ。
その間にリヴァルの生家であるオルカ家に身を寄せる事になった。彼女には1人で暮らす事も出来たが、リヴァルを亡くした彼の両親はすっかり生気をなくし、ふさぎ込み、時には寝込んでいると言う。
婚約者の親でもあり、そしてまがりなりにも自分を20歳までは面倒を見てくれた人達である。オルカ家でリヴァルの両親の面倒を見る事にしたのだ。だがやはり兜についての疑問に、遂に我慢しきれず王城へと向かった。
「サルヴァ王子が被っている兜の持ち主の婚約者」
身分を告げると、拍子抜けするほどあっさりと王子の元へと通されたのだった。
アリシアもサルヴァ王子の所為でリヴァルが死んだとまでは思ってはいなかった。だが、顔を合わせた王子の尊大な態度に好感を持ち得なかった。
一国の王子に対し、不敬な態度を取れば命はないとは分かっていた。だがリヴァルを失い。さして生きたいとも思っていなかった彼女には何の枷にもならない。王子の態度に相応しい受け答えをしてみたが、何故か殺され無かった。
兜がリヴァルの手からサルヴァ王子の元へと渡った経緯を、どうせ兜を失った王子にリヴァルが自分から差し出したりしたのだろう。そう予測していた。だが、なんとサルヴァ王子が言うには、死んでいたリヴァルから王子が勝手に借りただけと言う。
予想外の事実に唖然としたアリシアだったが、とにかくリヴァルの兜を返して貰わなくてはならない。王子に兜を返すように言ったが、兜は返さないという。
一国の王子に返さないと断言されては手も足も出ない。別に死んでも良いのだが、兜を抱えて逃げた挙句に、部屋を出た瞬間捕まって切り殺されるのはあまりにも無意味だ。そう思いせめて兜に触ろうとゆっくりと兜の元へと歩き出した。
そしてお優しいサルヴァ王子様は寛大にも兜に触る事は許してくれたので、兜を抱えて存分に泣いた。王子様に涙を見せるのは癪だったが、この場合は仕方が無いだろう。
その後オルカ家に戻り、変わらずリヴァルの両親の面倒を見ていたが困った事があった。金が無いのだ。
2人の面倒を見なければならない彼女は働く事もままならない。しかしリヴァルが亡くなりその両親もふさぎ込んでいる以上、収入など殆ど無い。早晩オルカ家は破産するだろう。
そんなある日、城からの使いという者がやってきた。もしかして、サルヴァ王子への無礼な振る舞いに、やはり打ち首になるとでも言いに来たのだろうか?
それならばいっそ清々する。リヴァルの両親の事はあるが、死んだ後まではさすがに面倒見切れない。そう考えていたアリシアだったが、その使者が持ってきた用件に笑い出しそうになった。
王宮からの使いに相応しい皺一つ無い服に身を包んだ使者は、微かに腰を曲げならがアリシアにこう言ったのだ。
「ランリエル王国第一王子たるサルヴァ殿下が、あなた様を後宮に迎え入れたいと申しております」