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愚者達の戦記  作者: 六三
征西編
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第1話:小国の総司令(1)

 大陸歴628年秋。

 夕日に赤く染まり、バルバール王国軍総司令フィン・ディアスは、馬上コスティラ王国の軍勢が退却していく様を眺めていた。


「毎度の事だが、よく飽きもせずに攻めてくるものだ」


 呆れたように胸中でごちた。すると彼の心中を察したか乗馬が小さく嘶く。苦笑し首の当たりを撫でてやると、馬は気持ち良さそうにさらに嘶いた。茶色の髪と同じ色の瞳を持ち武将としては小柄な体格だが、一般的には中肉中背と言ったところだ。


 今年で35歳になる。バルバール王国の王族に名を連ねるでもなく、この年齢で一国の実働部隊の頂点に立つ事からもその有能さが伺える。


 ひとしきり乗馬の首を掻き毟ると、コスティラ軍へと視線を戻した。


 バルバール王国国境に攻め寄せたコスティラ軍は、数千の死傷者を出したにもかかわらず、遂に国境を突破する事叶わず敗退したのだ。バルバール軍の損害は、その10分の1にも満たない。


 毎年のように攻め寄せるコスティラ軍に対し、バルバール軍は同じ数だけ迎え撃ってきた。今回も、何度目か誰も把握していないと言われるコスティラ王国からの侵攻が行われ連勝記録は更新された。もっとも、何連勝なのかも誰も把握していない。


 バルバール王国は西にコスティラ王国、東にランリエル王国に隣接し、北にはコルス山脈があり、南は海である。その国力はコスティラ、ランリエル両国の約半分でしかない。この状況から見ればバルバールは絶体絶命。そう言っても過言ではない。


 ディアスはこの状況の中で、総司令となり幾度と無く敵軍を追い払っていた。確かに彼は武門の名流の血筋ではあるが、強大な2大国に挟まれている現状をかんがみれば、血筋だけで地位を得られるほど甘いものではない。


 とはいえ強大な大国に囲まれた母国を憂い、国を守るのだ! と、愛国心に燃えて軍人を目指したのではなかった。武門の名流に生まれた以上、軍人になる以外の人生の選択肢はすべて閉ざされていたのだ。


「フィン! お前はディアス家の当主となるのだぞ! もっと武芸に身を入れんか!」


 何度も父に怒鳴られたが、やはり積極的に軍人を目指したのではない彼が武術の鍛錬に身が入る訳もない。


 戦時に徴収され、訓練もそこそこに出陣させられる一般兵にはかろうじて勝てるが、日々鍛錬している本職の騎士にはまったく歯が立たない。一戦士としてはその程度の腕しかなかった。


 その所為もあり、一国の総司令という身分でありながら身を固める鎧は鉄板を張り重ねた極平凡な物だった。

「もし敵に本陣まで攻め込まれた時、目立つ鎧なんて着ていたらかっこうの目印になって危ないじゃないか」

 彼は平然とそううそぶいていた。


 武勇を持たぬ彼がなぜ実働部隊の頂点に上り詰める事が出来たかと言えば、皮肉にも武門の名流に生まれたからだった。


 初陣にしてからディアス家一族挙ってはせ参じ、数百の私兵を率いた仕官として出陣したのだ。幕僚も経験豊富な一門の将軍揃いであり、それを率いる彼を除けば国軍を統率するに足る面々である。


「ディアス家の跡継ぎが初陣で討たれでもしたら一族の汚名ですからな。若は我らの後ろで、戦いとはどのようなものか見学でもしていなされ」


 一族の者達はそう言って彼を安全な後方に置き、その反面自身は大いに働き手柄を立て、その武勲を指揮官であるフィン・ディアスの手柄である。そう申告したのだ。


 この身贔屓に彼は肩をすくめたが、いや本当は自分の手柄ではない、そう訴えるほど馬鹿正直ではない。やれやれと思いながらも受け入れたのだった。


 元々指揮に天賦の才を持っていたディアスである。それら経験豊富な将軍に囲まれ才能を開花させ、一族の者達がもう良かろう。と独り立ちした頃には武功を重ね出世し、一族の力を借りなくても一軍を率いる身分となっていたのである。


 その後もコスティラとの戦いに勝利を重ねた。もっとも敵国に比べ約半分の国力でしかないバルバールは、一敗し国境を越えて敵軍に雪崩れ込まれれば劣勢を挽回するのは不可能に近い。一度の敗北で王国は地図から消滅する。つまりバルバール王国が存在している間は、連戦連勝でしかありえないのである。


 もちろんバルバール王都が占領され国王が討たれても、王族の血を引く貴族や民衆が数年に渡って抵抗する。だが元々の国力で太刀打ちできず、他国から支援を受けられない状況ではいずれ鎮圧される。


 しかも西のコスティラだけではなく、東には……。


「敵もよく飽きもしないものですな」


 突然の声に、己の思考を中断させた声の主へと視線を動かすと、先ほどの彼と同じ感想を洩らし馬で近づいてきたのはバルバール軍の猛将グレイスだった。


 短く刈った黒髪に無精髭を延ばし鍛えられた体躯を持つ。ディアスとは違い、如何にも猛者といった貫禄である。背も彼より頭半分ほどは高い。


「ああ。まったくだ。もっともおかげで、我らは廃業せずにすむというものだがな」


 肩をすくめ、不謹慎な言葉を悪びれず吐き出した彼に猛将は大きく笑った。


「はっはは! 相変わらずですな。確かに奴らが攻めて来ねば、後はめったに無い反乱ぐらいなものですからな」


 毎度の事とはいえ、コスティラとの戦いが勝利で終わり気が高ぶっているのであろう。グレイスはすこぶる機嫌が良い。無精髭の奥から白い歯を覗かせ、猛将らしく豪快に笑う。


「しかしこれで今年の戦いは終わりですかな?」

「そうだな。いくら大国でも年に何度も侵攻する力は無い。年内にもう一度攻めてくる事はないだろう」

「では、後はゆっくりと寝て過ごしますか」


 グレイスはさらに豪快に笑ったが、ディアスの表情に気付き笑いをおさめた。これでなかなか細かい事にも気付く繊細さを持ち合わせている男だ。


「どうなされましたか? 表情が優れないようですが」

「いや、コスティラは良いとして、反対側のご隣人が気に掛かってな」


 ディアスの言葉に、グレイスも顎に手をやり考え込む。


「ランリエルですか……」

「ああ、グレイス将軍も聞いているだろ? ランリエルは去年宿敵カルデイ帝国の征服に成功した。そうなれば今度はこっちに攻めてきかねない」


 今までランリエルに攻められなかったのは、そのさらに東にある宿敵カルデイ帝国との戦いに手こずっていたからだ。しかもその両国にはさらにベルヴァース王国という小国も隣接し戦いは複雑さを増し、今まで決着が付かなかったのだ。その戦いに終止符が打たれたとなれば、かの国が次に狙うのはバルバールだ。だが意外にも軍でそれを案じている者は少なく、グレイス将軍もその一人だった


「ですが……。それは考えすぎと言う物では無いですか?」


 その声は遠慮がちだったが、しかしこれはグレイスが能天気の楽天家という訳ではない。実はランリエル、カルデイ両国の長い戦いの歴史では、片方の国がもう片方の国を征服しかけた事など、今までに何度もあったのだ。


 しかし征服されそうになるたびに、それぞれの王家、皇家の血を引くと称する貴族達が新国王、皇帝を名乗り立ち上がり、さらに民衆も蜂起する。しかもである。そこに両国の戦いに決着が付いては、次に狙われると考えるベルヴァースも介入し、形勢不利な方に援助を行うのだ。その為、結局は国が再建されるという事を繰り返していた。


 それゆえ今回のランリエルによるカルデイ征服も、どうせ最後には失敗すると考える者は多かった。それどころかランリエルは帝国との戦いにてこずり、むしろ東の国境は安全になるという考えが主流だった。


「しかしもしランリエルが攻め寄せてきては、我々は2倍の敵を前後に受ける事になる。しかもコスティラが我が国に攻め寄せる時は、陸海の両路とも天険の地形が我が国に利するが、ランリエルはそうはいかない。陸路はともかく海路に地形の恩恵はない」


 彼の言うとおり、陸路においてコスティラとの国境は険しい渓谷が続き、強固な関を築けば少数の軍勢で易々と守る事が出来た。


 さらに海路も国境付近の沖合い近くにはマレビアナ半島がせり出している為、バルバール王国沖は非常に狭い。特にコスティラ王国沖からバルバール王国沖へと入る海道は、10隻も船が並べば互いに衝突しかねないほどだった。


 海戦は艦艇の船首に衝角と呼ばれる金属の角を取り付け、敵艦に体当たりして穴を開けて敵艦を沈める。という衝角戦法が主流だった。衝角戦では敵の船側を突く事が重要である。


 このような戦いでは船の旋回能力が重要な鍵となる。その為軍艦の殆どは帆船ではなく、多数のこぎ手を必要とするガレー船である。帆船では風向きによって、旋回方向や進行方向が制限されるのだ。


 コスティラ海軍が船団を縦に並べて狭い海道を突破すると、その出口を封鎖するようにバルバール海軍の艦艇が待ち受けているのだった。


 海道を出たところで包囲され、敵艦から船側を隠す事もままならず、コスティラ艦隊は次々と海の藻屑と消えていくのである。


 このあまりにも不公平な地理条件にコスティラ軍部は神を呪ったが、バルバールにしてみれば、国力に差があるのだから地理条件ぐらいこっちに有利にして貰わないとたまらない。これで釣り合いが取れているだろうよ。と言う所である。


 ランリエルに対しても、国境付近の陸路は山々に囲まれ守るに易い。だが海路はコスティラとは違い、大きく開け放たれているのだ。


「それはそうですが、ランリエルには大規模な海軍はありません」

「それは分かってはいるが、我々のような小国に油断は許されない。万一の事にも対策は考えて置くべきだろう」

「確かに……」

 とは言うものの、グレイスの表情は納得しかねている。信頼する総司令官は心配しているようだが、そうはいってもやはりどうせ大丈夫だ。そう考えている。


 彼の表情から、それを察したディアスは微かに苦笑した。ここで彼と議論してもしょうがない。


「まあいい。とにかく今日は勝ったんだ。敵が引き上げたのならこちらも退却……と行きたい所だが、敵が引き返して来る可能性もある。今日はこのままここで夜営をしよう」

「確かに。では早速その準備を致しましょう」


 ディアスの言葉にグレイスは素直に頷く。そして馬首を返し、その命令を自らの部隊と同僚の諸将へと伝えるべく乗馬の腹を蹴って立ち去った。それを見送るディアスを、夕日が赤く染めていた。

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