転移聖女がモテる理由を、転生令嬢である私が解説します
その日の夜会会場は、騒然としていました。
なぜなら、王太子であるアルマン殿下が、婚約者である私にこんな言葉を投げかけたからです。
「オフィーリア・レジスト! おまえとの婚約は、この場をもって破棄だ! おまえの実家であるレジスト公爵家には多額の慰謝料を請求する!」
よほど興奮しているのかアルマン殿下の金色の髪は乱れ、紫色の瞳は吊り上がっています。
私は自身の銀髪を優雅にかき上げてから、青い瞳でアルマン殿下を観察しました。恐ろしい顔で私を睨みつけるアルマン殿下は、まともな状態とは思えません。
何かに呪われて我を忘れているのかしら?
などと思ったのは私だけではないようで、人々の間から「呪いか?」や「早く解呪を」などという囁きが聞こえてきます。
それは、アルマン殿下の耳にも届いたようで、殿下は大声で否定しました。
「これは呪いなどではない! 私が真実の愛に目覚めただけだ! 私の妃にふさわしいのはオフィーリアではなかった。さぁ、こっちにおいで。愛おしい人」
これまでとは打って変わり、優しい笑みを浮かべたアルマン殿下は、私のそばに佇んでいた黒髪黒目の聖女様に向かって両手を伸ばしました。
ポカンと口を開けた聖女様は、キョロキョロ辺りを見回したあとで「え? まさか私のことじゃないですよね?」とアルマン殿下に確認しています。
本来ならそのようなポカン顔は、淑女としてはありえません。しかし、聖女様は異世界から召喚された尊いお方。国を豊かにするための幸運を、必ずもたらすと言われています。だから、こちらの世界の規則に当てはめるべきではないのです。
アルマン殿下に「恥ずかしがらなくていいんだよ、ユナ。こっちにおいで」と微笑みかけられて、聖女様はブンブンと音が鳴りそうなくらい激しく首を左右に振っています。そして、チラチラと私に視線を投げながら、口パクで「助けて」と繰り返してくるのです。
私としては、「だから、あれほど気をつけてと言ったのに……」としか思えません。
扇で口元を隠しながら「どうしたものかしら」と思案していると、聖女様は私の腕にすがりついてきました。
「無視しないでよ、リコちゃん! 私達、親友でしょう!?」
涙目で、前世の名前を呼ばれても困ります。
たしかに私の前世はリコという名前の少女で、ユナとは友達でした。しかし、通学途中で交通事故に遭い、私はこの世界に新たに生を受けたのです。
ようするに、【異世界転生】ですね。
対するユナは、通学途中に急に足元が光り、この世界に召喚されてしまいました。
こちらは、【異世界転移】です。
ちなみに、召喚されたユナを聖女様だと紹介されたときに、私は前世の記憶を思い出しました。そして、ある日突然、異世界に拉致されて大泣きしていたユナのために、私が聖女様のお世話係を名乗り出たのです。
はじめは警戒していたユナも、私がリコだと告げてリコしか知らないユナの話をすると、すぐに気を許してくれました。
ユナは、「リコちゃん、お姫様みたい。すごく美人だね」といつも褒めてくれました。そんなユナに、私は何度も忠告してきたのです。
「ユナ。この世界でのあなたの美しさは精霊や天使級よ。気をつけないと大変なことになるわ」
「またまたぁ。私なんて、ただの女子高生だよ? リコちゃんみたいに外見は変わってないもん」
そう言って、何度ユナに笑い飛ばされたことか。
その結果が、今夜の婚約破棄に繋がったのです。
腕にすがりついているユナは、離してくれそうにないので、私はため息と共に扇を閉じました。
「だから言ったでしょう?」
「だって……。普通の私がモテるなんて思わなくて……」
異世界転移してきたユナは、向こうでは普通の女子高生でした。しかし、中世ヨーロッパ風のこの異世界の住人からみると、話が変わってきます。
現代人は、中世では想像がつかないような栄養価の高い食品を毎日食べています。お化粧品だって、こちらの世界では信じられないくらい安全であり、効果が高いです。しかも、塗りたくっているようではなく、ごく自然にみえるのだから素晴らしいものです。
さらに、あちらの世界では誰でも調べれば、すぐに健康や美容の知識を得ることができました。ユナだって召喚される前に動画で見ていた「顔や全身の歪みをなくすマッサージ」というものを毎日していましたからね。
それに、向こうの世界の下着も大問題です。身に着けるだけで胸の形を美しく保ち、かつ着け心地のいいパッドが仕込まれていて、胸を違和感なく大きく見せることが可能なのです。
その結果、こちらの世界の住人から見たユナは、珍しい黒髪はツヤツヤ、不思議な色の肌はふっくらスベスベ。
お化粧をしていないように見えるのに、ものすごく可憐な顔。
細身なのに、胸は大きく形がいいというとんでもない美少女に見えるのです。
そして何より、生まれてこのかた、飢えや戦争を身近に感じたことのない純粋さは、まるで下界に降りたった天使のよう。
そんな神々しい無邪気な美少女ユナに、にっこりと微笑みかけられた男性に勘違いするなと言うほうが酷です。
なので私は、ユナに「男性に微笑みかけてはいけません。触れるなんて論外です。一定の距離を保ち、絶対に二人きりにならないように」と忠告してきました。
その結果、一部の心無い人達に「オフィーリア様が、聖女様をいじめている」なんてウワサされてしまいましたが、「これもユナを守るため」と呑み込んできました。
それなのに、ユナは私の言葉を信じてくれず、アルマン殿下や聖女様を護衛していた騎士達に友達のようにふるまってしまったのです。
私は慌てて、アルマン殿下に聖女様に近づかないようにお願いしました。そして、ユナの護衛を女性騎士限定にするように王家に進言したのです。
騎士団を率いている第二王子殿下がすぐさま対応してくださいましたが、二人の護衛騎士はすでに手遅れで婚約者と婚約を解消してしまいました。
その二人ともが「聖女様に一生涯お仕えします!」などと宣言しています。
ユナに悪意がないのはわかります。しかし、天使のごとき美少女に微笑みかけられたり、腕に触れられたりすると、正気を保つのは難しいのです。
聖女様に婚約者を奪われた令嬢達の恨みは、恐ろしいものになっていました。それをなだめて、新しい婚約者を紹介することに私は奔走しました。
第二王子殿下の手も借りた結果、「元の婚約者より誠実で優秀な騎士と婚約できた」とお喜びいただけました。
そんな私は未来の王妃として、聖女様を保護しつつ、この国をより豊かにしたいと心の底から願っています。
しかし、たった今アルマン殿下から、婚約破棄を突きつけられてしまいました。
聖女様をいじめる悪女とウワサされている私の言うことなど、アルマン殿下は聞いてくださらないでしょう。
それまではお互いに愛はなくとも、信頼関係を築けていると思っていましたが、ユナが現れてからというもの、アルマン殿下は私との交流を避けていました。
私が王妃になる未来など、なかったということでしょう。
もしかしたら、それこそが聖女様がもたらす『この国を豊かにする幸運』なのかもしれません。
涙目のユナに、私は困った顔で微笑みかけました。
「もう私ができることはないわ」
「そんなぁ」
ユナの腕を優しく振り払ってから、私はアルマン殿下に向き直りました。そして、深く淑女の礼をとります。
「婚約破棄うけたまわります。どうか聖女様を大切にしてくださいませ」
アルマン殿下は「おまえに言われるまでもない!」と怒鳴っています。
「え? え?」と戸惑うユナを、アルマン殿下が乱暴に抱き寄せました。
「これで私とユナが結婚できる!」
「は?」
そのときのユナの表情には、天使とは程遠く嫌悪が浮かんでいました。
「で、でも、殿下はリコちゃんと……オフィーリア様と結婚するんですよね?」
「そうだったが、邪魔なオフィーリアは排除した! ユナ、君が私と結婚して王妃になるんだよ」
そのとたんに「いやっ!」と悲鳴に近い声が夜会会場に響きました。
気がつけば、ユナに突き飛ばされたアルマン殿下が床に尻もちをついています。
「殿下は、リコちゃんの婚約者だから仲良くしていただけなのに! リコちゃんを捨てるとかありえない! そんなの浮気だよ!」
まあその浮気相手は、あなたなんですけどねと私はつい思ってしまいました。
戸惑うアルマン殿下に、ユナは言葉を続けます。
「あんたなんて、王様にふさわしくない! リコちゃんがお妃様になるに決まっているでしょうが! このボンクラ王子!」
ユナの足元が光り、フッと彼女の姿は消えてしまいました。
そのとたんに、夜会会場に騎士達がなだれ込み、あっという間にアルマン殿下を拘束しました。
アルマン殿下は床に押さえつけられながらも、騎士達を指揮している第二王子イーデン殿下を睨みつけています。二人の髪色や瞳の色は同じですが、優雅な装いのアルマン殿下と、騎士服に身を包んでいるイーデン殿下では、その雰囲気は対照的です。
「イーデン! 兄に逆らう気か、この愚か者!」
イーデン殿下は、アルマン殿下に応えることなく私に駆け寄ってきました。
「オフィーリア嬢。遅くなってすまない。陛下の決断に時間がかかってしまった」
「陛下はなんと?」
私の問いにイーデン殿下は、複雑な表情を浮かべます。
「乱心した兄上を廃嫡し、俺を王太子に据えるとのことだ」
「あらまぁ……」
イーデン殿下は、片膝をつきました。
「俺のような武骨者だけでは王太子などつとまらない。なので、あなたのような慈悲深く優秀な方に支えていただきたい。陛下の許可は得ている。あなたが頷いてくだされば、俺はあなたを生涯守るとここに誓おう」
私がためらったのは、一瞬だけ。
差し出された大きな手に、私は手を重ねました。
「私の願いは、この国をさらに豊かにすることです。その願いを叶えてくださるのなら、私も生涯にわたりあなた様を支えます」
イーデン殿下は、ホッとしたように微笑みました。
それを見たアルマン殿下は「浮気だ!」と叫んでいましたが、誰も相手にしません。
イーデン殿下と私の婚約を祝福する拍手に、アルマン殿下の苦情はかき消されていきました。
後日。
アルマン殿下は、療養のため部屋に軟禁されていました。それを聞いた私は、思わずため息をついてしまいます。
「私が聖女様をきちんと諭せていれば、こんなことにならなかったのではないかと思ってしまいます」
私の後悔をイーデン殿下は、優しく拾ってくださいました。
「これらは、あとから分かったことなのだが、兄上は公金を横領していた。それだけではない。聖女様に仕えるために婚約者と別れた騎士達も、酒乱だったり、多額の借金を抱えていたりとそれぞれに問題が多かったようだ」
イーデン殿下の話では、これまではうまく隠していたのに、聖女様が消えたあと、様々な罪が暴かれて今は牢に入れられているそうです。
「兄上も、近いうちに牢に入ることになるだろう」
「それではまるで、この国を不幸にする人材だけが、聖女様の魅力に取り憑かれたかのようではないですか」
「ああ」
「そんなことって……」
私は確認するように、イーデン殿下をまっすぐ見つめました。
「あなた様は、美しい聖女様を見ても、惹かれることはなかったのですか?」
「こんなことを言うと、不敬だが……」
イーデン殿下は、気まずそうに視線をそらした。
「聖女様は、まるで幼子のようだなとは思っていた。何もできずに、あなたに頼りきりで。何度、説明されても理解できない。とてもじゃないが、異性としてなんて見られなかった」
「そうでしたか……」
どちらにしろ、聖女ユナ様の残してくださった「オフィーリアが王妃になる」というお言葉を守れば、この国は豊かになるのでしょう。聖女様の存在は、この世界ではそういうものですから。
ひとりで納得していた私の耳に、こんなイーデン殿下の呟きが聞こえてきました。
「それに……その。俺はずっとあなたに憧れていて……。もちろん、邪な気持ちではなく! 素敵な方だなと、いや、この話は忘れてくれ!」
真っ赤になっているイーデン殿下につられて、私の頬も熱を持ってしまいます。
私は静かに目を閉じて、親友の姿を思い浮かべました。
ユナ、ありがとう。どうか、元の世界で幸せになってね。
そして、もし、私の声があちらの世界に届くのなら、この言葉を送ります。
異世界転移者は、元の世界では普通の人だったとしても、こちらでは絶世の美女や、天使のような美少女、超絶美男子扱いされることがあるので、言動にはくれぐれもお気をつけくださいませ。
「それはさすがに無理がある」なんて思う方もいることでしょう。
そう思った方こそが一番、危険なのかもしれません。
おわり
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