覚悟
電車に揺られながら彼女の言葉を思い出す。
「……見せてよ、私たちに。
あなたが見ている景色を。
勝利の、その先の光を──」
「ちょっと早く着きすぎちゃった」
考えがまとまらずあまり眠れなかったから早めに学校に来ることにした。
「まだ誰もいないか……」
教室は静かで誰もいない。
荷物を置きふと体育館の方へ─────いやバドミントンに触れたくなった。
「また練習してる」
体育館で1人が黙々とシャトルを打ってたのは石橋くんだ。
「はよ」
「いつもこんな早いの?」
彼は返事のようにサーブをあげた。
「こんな朝早くから練習してたらそりゃ授業中寝るわけだ。」
転入してから2週間彼が真面目に授業を受けている姿をまだ数回しか見たことがない。
怒ると面倒な先生と体育の授業だけ。
「練習付き合ってよ。試合、やろうぜ」
彼の一言でホームルームまでの残り30分を共にすることになった。
「やっぱすげぇー!!」
試合後二人で座って休憩した。
お互い制服だから派手な動きはできないがその分ショットの正確さ、駆け引きが勝利の鍵だ。
「石橋くんも強いよ。さっきのショットだって私取れなかったもん!」
石橋くんとの話はとても楽しく、時間があっという間に過ぎていった。
「あ、もう時間だね。じゃあネット片付けよ」
そう言って立ち上がった瞬間
「バドする気になった?」
突然聞かれた。
「……まだ悩んでる。」
さよ子さんのアドバイス。
バド部の人達のキラキラした目。
霜月さんの思い。
自分の気持ちとやらねばならぬ事がぐちゃくぢゃだ。
「俺がどうこう言える話じゃないけど、バドミントンしてる時、話してる時の白雲は1番誰よりも楽しそうだ」
「……楽しそう」
「まあ、本人がやりたくなきゃやらなきゃいい」
バドミントンをしない人生。
考えられない……いや、考えたくない。
「ほら、やるかやらないじゃない。お前、もうやりたいって顔してるじゃん」
石橋くんは普段の無愛想からは想像できない優しそうな顔で言った。
シャトルとラケットを手に持つと大きくサーブを打った。
「シャトルってさ、必ず落ちる。けど落ちたってまた拾えばいい話だろ?」
そのシャトルは、
まるで──翼が生えたように高く、高く飛んだ。
それでもどんな羽も飛び続けることはできない。
落ちても尚輝き続ける。
石橋くんは打ったシャトルを拾ってみせた。
今度は私に向かって羽を投げる。
落ちても、終わりじゃない。
拾って、もう一度、打てばいい。
石橋くんの言葉と、受け取ったシャトルが、心の奥に届いた。
「……ありがとう、石橋くん」
自然と、そんな言葉がこぼれた。
「別に、俺はいつも通りなだけ」
そう言ってそっぽを向くけど、耳が少し赤いのは気のせいじゃない。
──────────
教室に戻る廊下で、私は立ち止まった。
窓の外には、今朝の曇り空が嘘みたいに澄みきった空が広がっている。
──そうだ。
バドミントンは、私になる場所だった。
誰かのためじゃない。勝つためだけじゃない。
ラケットを握るたび、自分を好きになれる。
何もないと思っていた私に、ひとつだけあったもの。
胸の奥がふっと軽くなる。
迷いが、霧が晴れるように消えていった。
「……決めた」
──私は、もう一度、自分に戻る。
そして前に進む。今度は、自分の意志で。
私が私であるために。