余韻
あの試合の直後、副部長が体育館に姿を見せた。
辺りのざわめきと、五十嵐先輩が監督に怒鳴られている場面に目を丸くし、混乱した様子で山下先輩に事情を尋ねる。
「えっ?! あの五十嵐くんに勝ったの!? インターハイ優勝者って、ほんと?」
さらに混乱した表情で、信じられないように私を見つめた。
「あ、私は副部長の谷川真奈美です。バドミントンは静香に誘われて始めました。初心者ですが、よろしくね」
柔らかい雰囲気を持つ谷川先輩は、会計も担当しているらしい。見た目は文系っぽいが、実は理系だという。
「本当は今日、活動内容とか説明したかったんだけど……疲れたでしょ。説明はまた今度でいいから、今日はゆっくり休んで!」
そう言って優しく送り出してくれた。
帰り際、遥ちゃんが「次の部活の日は私がちゃんと伝えるからね」と言い残す。──どうやら、逃がす気はなさそうだ。
──────────
「あら、今日は早かったのね」
帰宅すると、さよ子さんが笑顔で出迎えてくれた。軽く事情を話して部屋に戻ると、私はベッドに身を沈めた。
天井を見つめ、右手を見つめる。
まだ試合のときの感触が残っている気がする。
──心臓が、うるさい。
ドクン、ドクンと、騒がしいほどに脈打っている。
まるで、何かを求めているようだった。
自分の心が動いている。確かに感じた。
やっぱり、私は──やりたいんだ。
だけど……
「正解が分からないよ……」
昨日まで開いていたバイト応募のサイトは、いつの間にかバドミントンの動画や道具のページで埋め尽くされていた。
──────────
「来てくれてありがとう!」
三日後。遥ちゃんに誘われて、部室で行われる説明会に参加した。
「活動日は、主に月・水・木! 五十嵐のやつ、ちゃんと約束守ってくれて週3回使えるようになったんだよ!」
「おぉー!」
他の部員たちが目を輝かせて盛り上がる中、ひとりだけ冷静な様子の女の子がいた。私は初めて見る顔だった。
「紹介するね。この子が霜月楓。君と同い年で、経験者だよ」
「霜月です。よろしく」
長い黒髪、凛とした姿勢。淡々とした挨拶が、逆に印象的だった。
「白雲です。よろしくお願いします」
「唯ちゃんってば、五十嵐先輩に勝ったんだよ! すごくない?」
遥ちゃんがまるで自分のことのように誇らしげに言う。
「知ってる。インターハイ優勝の白雲さん。バドミントン界ではちょっとした有名人だよね」
「へぇー」
他の部員たちが驚きの声を上げる中、私も知らなかった自分の“知名度”に少し驚いた。
「白雲さんは……バドミントン、やらないの?」
「え?」
突然の問いに戸惑う。まだ自分の中で答えは出ていない。
「今は、検討中……かな。でも、やめようとは思ってた」
「そう……私あなたのこと嫌いだわ」
霜月は、少し目を伏せてつぶやいた。
「………………へ?」
「き、急にどうしたんだ?霜月らしくない」
「楓ちゃん??」
他のみんなが驚いたように言った。
「正確には今のあなたが嫌い。」
今の私……?
「私なにか悪いことしちゃったかな?だったらごめんね……」
彼女に何をしてしまったのか全く検討がつかない。
どうして怒ってるの?
そして寂しそうな目をしてるの?
「別に白雲さんは悪くない。私の気持ちの問題。」
「気持ち?」
「実は、あの試合……ウザ坊主先輩との試合、私も見てたの。男子と女子が試合するなんて珍しいから見学にね。ひと目でわかった。」
ウザ坊主……五十嵐先輩のことか。
相当嫌われてるんだなと思いながら霜月さんを見るとその目は少しだけ寂しそうだった。
「プレーの迫力は、確かに失われていなかった。でも、あの時のような光が──あなたの目にはなかった」
静かに、けれど強く続ける霜月。
「あなたのプレーは、楽しいってことは伝わった。でも……あれは白雲唯じゃない。あの頃のあなたじゃない。まるで、白雲の皮を被った別人だった」
私は言葉を失う。
「ふざけないで。やめるなんて……あなたの才能と努力が、どれだけの人の希望になってたか分かる?」
声が震えている。けれど、まっすぐだった。
「努力しても、どうしても届かない壁ってある。才能って残酷。あなたのプレーは、それを全部背負っていた。あんなショットも、あんな試合運びも、全部が私の憧れだった」
霜月の瞳が揺れる。
「……見せてよ、私たちに。
あなたが見ている景色を。
勝利の、その先の光を──」