売られた喧嘩は買う主義
「知るかよ! 弱いほうが悪いんだろ! たかがバドミントンに本気とか、マジ笑えるし! 一から作るとかアホかって!」
――たかが、バドミントン?
……ああ。この人、本当にムカつく。
「なんだよ白雲、反抗してんのか?」
「ちょっ……唯ちゃん! 顔に出てるって!」
気づけば私は、無意識に先輩を睨みつけていた。
ふざけるな。
「……そんな言い方、やめてください」
口からこぼれたその言葉に、私自身が少し驚いた。
「私はまだ、この学校に来たばかりです。でも、部活を一から作るって、どれだけ大変だったかくらい想像はつきます。部員を集めて、顧問を探して、場所の申請までして……全部、自分たちでやったんですよね?」
「やめとけ……」部長の小さな、悔しそうな声が聞こえた。でも、止まらなかった。
「それを知らないから、そんなに軽く馬鹿にできるんです。『半分貸してやってる』って、何様なんですか? ここはあなただけの体育館じゃないでしょ?」
先輩の表情が少し曇る。
けれど、私は止まらなかった。
いや、止まれなかった。
ここでやめたら負けなような気がしたから。
「『たかがバドミントン』なんて言う人に、強さなんて語ってほしくないです。人の努力を笑って、自分の実績だけ振りかざして……それが『強さ』?冗談ですよね。」
言葉が静かに、けれど確かに体育館に響いた。
「……そんな人に、バドミントンをやる資格なんてないと思います。」
静まり返る場内。誰もが言葉を失っていた。
私はゆっくり視線を外し、深く息を吐いた。
沈黙を破ったのは石橋くんの笑い声だった。
「なんだよそれ、ちょー正論じゃん」
そして山下部長も。
「よく言った! ありがとう」
優しく、私の頭をポンと撫でてくれる。
ただひとり、顔を真っ赤にした坊主の先輩――五十嵐だけがまだ納得していない様子だった。
「そ、そんなこと言うなら、白雲はさぞかし強いんだろうな……だったら俺と勝負しろ! 負けたら土下座して謝れ!」
「なっ、それはないだろ。大人気なさすぎるだろ!」
部長が慌てて止めに入る。
「そ、そうです! 唯ちゃんは悪くないと思います。ちょっ……ちょーっと言いすぎたかもですけど……」
遥ちゃんも前に出てかばってくれる。優しいな、本当に。
「2人は引っ込んでろ。俺は白雲に用がある。バドミントンで勝負。公平だろ?」
「男子と女子で体格差があるって分かってんのか? 少しは考えろよ」
「そんなの関係ねーよ! 俺が勝ったら、週2の体育館使用を週3に増やすよう顧問に掛け合ってやる! 副部長の俺が言えば、話は通るからよ!」
――副部長だったのか。にしては言動が軽すぎる。
条件としては、女子部にはかなり好都合な話だ。でも、誰も「やれ」とは言わない。優しい人たちだ。
「そんな勝負、私が許すわけないだろ。さっさと練習行け」
山下先輩がぴしゃりと告げたその時――
「なあ、白雲。やろうぜ」
五十嵐の視線は、もはや勝負ではなく殺気立っていた。
「……わかりました」
「えっ、唯ちゃん!?」
「おい、無理すんなよ。先輩も、もうやめましょうって」
石橋くんも私をかばってくれる。でも、私は首を振った。
「大丈夫です。負けたら私が謝るだけ。土下座なんて軽いもんですよ」
これは、誰かのためじゃない。
私自身の、プライドをかけた戦いだ。
──────────
「なあ、女子と勝負するってほんとか?」
「マジらしいぞ、ほらあそこ……」
部活開始時間が近づくにつれ、ぞろぞろと男子バドミントン部の部員たちが集まってくる。
「五十嵐ってうちじゃ結構強い方だろ? インハイ1回戦までいったし」
――やっぱり、強いんだ。
「ねえ、今からでもやめようよ」
遥ちゃんの声に、私は笑って返した。
「ありがとう。でも、ここで逃げちゃだめな気がするの」
「サーブは譲ってやる。ほらよ」
投げられたシャトルをキャッチする。
────こんなに、軽かったっけ?
久しぶりに触るそれは、思っていたよりずっと軽かった。
「ほんとにいいのか、白雲」
「はい」
「じゃあ、主審は私がやるよ。男子側からも線審、何人か出してくれ。ではラブオール・プレー!」
山下部長の一声で、いよいよ勝負の幕が上がった――。