部活体験
「あ、あのさ……」
瑠璃ちゃんが、気まずそうに私の机にやってきた。
「どうしたの?」
「何より唯の気持ちが一番大事なのは分かってる。でも……」
「ん?」
「もったいないと思うんだよね。せっかくやってたのにさ。だから……せめて話だけでも聞いてあげてくれない!?」
バチンッと、目の前で手を合わせてくる瑠璃ちゃん。
「急にどうしたの?」
「あれ……」
彼女が指さす廊下の向こうでは、こちらをチラチラとうかがう女子の姿が。
瑠璃ちゃんによると、私が元バドミントン部だったことを友達に話してしまい、「一度でいいから話してみたい」とお願いされたらしい。
「ご、ごめんね。一応断ったんだけど……あっちも必死みたいで……」
申し訳なさそうに眉間にしわを寄せ、ぐったり肩を落とす瑠璃ちゃん。
その姿だけで、どれだけ悩んでくれたのか伝わってくる。
「大丈夫だよ。じゃあ、話だけなら」
「まじ!?ありがと!!……大好きっ!」
ぱっと明るい笑顔を浮かべて、瑠璃ちゃんは廊下の友達を教室に呼び入れた。
「初めまして。隣のB組の飯田遥です。よろしくね」
「白雲唯です。よろしく」
「遥は、あたしの中学からの友達なんだけどね、本当に真っ直ぐでいい子なの」
「や、やだよ~瑠璃ちゃん、やめてってば」
ふたりの仲の良さが、見ていてほんのり心を温かくする。
「高校からバドミントンを始めたんだけど、すごく楽しくて……もっと強くなって、いつか大会に出たいなって思ってるの。個人戦には出られるんだけど、団体戦は人数が足りなくて……」
遥さんの瞳が、潤んでいる。
「勝てなくてもいい。ただ、チームみんなで応援し合って、一緒に試合に臨む空気を、一度でいいから味わってみたくて……」
分かる、その気持ち。
楽しかった。
みんなで一緒に目指して、支え合って、勝利を分かち合ったあの瞬間。
心が、ひとつになったあの時間。
でも……私は。
「ごめんなさい。私はもう、部活するつもりはなくて」
「そこをなんとか!」
「あたしからもお願い!」
「でも……」
「じゃあせめて、体験だけでも!ね?一回だけでいいから!」
「……体験だけなら、いいよ」
――どうやら私は、押しに弱いらしい。
「ありがとう!部活は明日の放課後だから、迎えに行くね!」
元気よくバイバイと教室を出ていく遥さんを見送りながら、私は小さく息をついた。
体験行ったところで……気持ちが変わるわけないのに
──────────
「あれ? やっぱバドミントンやるんじゃん」
次の日、石橋くんに声をかけられた。
昨日、さよ子さんに「部活体験に行くから遅くなる」と伝えたら、目を輝かせて色々持たせてくれた。
ラケットにシューズ、ウェア……机の脇に立てかけられたそれを見つめる。
「……色々あってね」
もう触ることはないと思ってたのに。
けど……何故か安心する。
授業が終わると、飯田さんが迎えに来てくれた。
「名前で呼んでね。私も唯ちゃんって呼ぶから!」
新しい友達ができるのって、少しだけ嬉しい。
遥ちゃんによると、バドミントン部は今の高校三年生が立ち上げたばかりの部活で、部員はたったの4人。
先輩2人が創設して、内経験者は1人。残りは二年生で、経験者は1人だけ。
つまり4人中打てるのは2人ということになる。
「まだちゃんとした部室もないから、部長のクラスを仮部室にしてるんだ」
着替えやミーティングも教室。
「この学校、体育館2つあるんだけど、私たちは第2体育館の方使ってるからね。間違えないように」
体育館が近づくにつれて、胸の奥がドクドクと鳴り始める。
この感じ、……懐かしい
「失礼しまーす!」
「失礼します……」
中に入ると、ネットが張られた広々とした体育館が広がっていた。中央にはネットが張られ、左右で使い分けられている。
「使えるのは半分だけ?」
「うん。向こうは男子バド部。こっちは半面借りてる感じ。まあ、使えるだけマシかな」
「へぇー」
「あ、部長ー!連れてきました!」
振り返ったのは、背が高く短髪の人だった。
「おおー、君が白雲か。私は部長の山下京子。よろしくね!」
「白雲です。よろしくお願いします」
明るくてとても優しそうな先輩だ。
「君と同い年の部員がもう一人いるんだけど、今日はおやすみ。副部長は委員会であとから来るって」
柔らかい笑顔に少しほっとした。
「じゃあ、活動内容とか説明するね――」
その時、横から声が飛んできた。
「へぇ〜、新入部員? 意外だな。廃部寸前だってのにな〜」
ネットの向こう側。男子バドミントン部の坊主頭の先輩が、にやけ顔でこっちを見ていた。
体格が良く、声もデカい。いかにも体育会系。
「うるさいな。ほっとけ。てか廃部しねーよ!」
遥ちゃんが小声で教えてくれた。
この男子先輩と山下先輩は犬猿の仲で、毎日のように口喧嘩してるらしい。
どうやら、その先輩は山下先輩に好意があるようで、ちょっかいをかけている……つもりらしい。
「でも本当に廃部寸前なんだよ。せっかく先輩たちが作ったのに」
遥の声がかすかに震えていた。悔しさが、にじんでいる。
「なあ! そこの新入り!」
「白雲です」
「白雲か。うちのマネージャーやらね?ちょうど探してたんだよね」
「マネージャー……?」
「おい、引き抜こうとするなって!てかこの子まだ入部してないし!」
「なら余計いいじゃん?潰れかけの部活より、実力も実績もあるこっちに来た方が絶対いいって!」
――実力と実績が全て。
そんな考え方、大嫌いだ。
どんなに頑張っても、報われなかった。振り向いてもらえなかった、私の過去を否定された気がした。
「ね、そう思わない?」
黙って断ろうとした、そのとき。
「先輩、それぐらいにしましょ。うるさくて練習できないっす」
低く静かな声が響いた。
男子部の一角でシャトルを拾っていた、石橋くんだった。
「せっかく白雲がバドやろうとしてるのに、そんなこと言うのはちょっとひどいっす」
「なっ……石橋ぃ~! そんなこと言うなよ~!」
……この先輩、石橋くんには弱いらしい。
まだ練習前なのに、一人で黙々とシャトルを打っていた石橋くん。
その姿から、彼がどれだけバドミントンを大事にしているか、少しだけ分かる気がした。
「すみません。お断りさせていただきます」
「……そういうことだから、もう突っかかるなよ」
山下先輩がぐっと睨む。
「せっかく俺たちの場所、半分貸してやってるのに!」
「そんな言い方ないだろ! ちゃんと申請してるし! しかも、こっちは週2回しか使えないんだぞ!」
「知るかよ!弱い方が悪いんだろ!たかがバドミントンに本気とか、マジ笑えるし!一から作るとかアホかって!」
……たかがバドミントン?
その言葉に私の中のなにかが切れたような音がした。