ただのライバル
楓が勝った。
部長に。
試合が終わった瞬間、彼女は目を輝かせて、私に向かって「来たぞ」と言いたげな顔をした。
これは宣戦布告だ。
──負けるものか。
必ず決勝に進む。心にそう誓った。
その誓い通り、準決勝は順調に進み、私は勝利を収めた。
そしていよいよ、相手は楓だ。
彼女とはあまり練習試合をしない。
誘っても「負けるからやりたくない。それに、私なんかとやっても唯にメリットないでしょ」と断られる。
部活中も、どこか距離を置かれているように感じていた。
1度「嫌い」と言われた身なのだから、気にしていない……つもりだった。
それでも、いま彼女がこうして、正面から私に向かってきてくれている。
そのことが、素直に嬉しかった。
体育館の入口で楓と会う、
「負けないから」
それだけ言って、彼女はコートへと入っていった。
私も──負けない
「これから霜月楓さんと白雲唯さんの試合を始めます」
決勝戦。注目を集めるこの一戦に、体育館中が静まりかえる。
⸻
ラケットを握る手に、じんわりと汗がにじむ。
観客の視線を感じながら、私は静かに深呼吸した。
向かいのコートに立つ楓の目には、強い光が宿っていた。
迷いのない瞳。炎のような決意。
本気だ。
さっきの「負けない」という言葉が胸をよぎる。
私も、負けたくない。
いつもは同じコートにたっている仲間。
でも今だけは──ただのライバル。
審判の声が響く。
「ラブオール・プレイ」
試合開始。
「っ!」
開幕早々、強烈なスマッシュが飛んでくる。
ギリギリで拾った。
楓のプレーは、今までとまるで違っていた。
鋭いショット。緩急のあるコース。迷いのない動き。
すごい……
思わず心が震える。
本気の彼女と、ここで向き合えていることに、胸が熱くなる。
けれど──私だって、ここに戻ってくるまで、逃げ続けてきたわけじゃない。
「はあっ!」
互いにスマッシュを打ち合い、鋭く、速く、激しく
誰にも譲る気なんてない。
コートの中でぶつかるのは、技術じゃない。心だ。
1点、また1点と取り合い、ラリーが続く。
観客の歓声も、すでに耳には届かない。
ただ、目の前のシャトルに、全てをぶつける。
──19対19。
決勝戦にふさわしい、息を呑む接戦。
あと2点。勝つのは、どちらか。
「ラスト、全力でいくよ!」
「望むところ」
お互いに笑いながら、ラリーが再開される。
スマッシュ、ドロップ、ロブ、フェイント──
全力を尽くした応酬の末、私の放ったドライブがネットインで決まった。
「……ゲーム!」
審判のコールと同時に、張り詰めていた空気が解ける。
「……負けたっ」
楓が、笑いながらコートに倒れ込んだ。
「すごかったよ、楓」
「……私も、やっと、唯に追いつけた気がした」
差し出された手を、私はしっかりと握り返す。
「次は、勝つから」
「私だって、負けないよ」
2人の間に交わされたその握手は、これまでのすべてを肯定するものだった。
⸻
同時刻
20対8。
男子のコートでは、審判が淡々と点数を読み上げている。
ふぅ……と、ひとつ息をつく。
やっぱり、つまらないな。
これが決勝戦だなんて。
相手の顔を見る。もう完全に心が折れていた。
こっちは淡々とシャトルを打ち込むだけ。
これじゃあ、練習も大会もつまらない。
──強すぎるのも、案外退屈だ。
視線を少し横にずらすと、女子の決勝戦がちょうど終わったところだった。
歓声と拍手の中で、向かい合う2人の姿。
互いに汗だくで、でも清々しく笑い合っていた。
白雲唯。
その名前を、ふと心の中で繰り返す。
試合中の彼女の瞳。
あの真剣な光が脳裏に焼きついて離れない。
普段の彼女とコートにたった彼女はまるで別人のようだ。
──戦ってみたい
そんな思いが、静かに湧き上がってくる。
「……久しぶりに、部活でも顔出すか」
誰に言うでもなく、呟いた。
1章終わり
これで1章を終わらせていただきます。
これにて一度区切りとさせて頂きたいと思います。
ご視聴頂きありがとうございました。
続編を書くかは迷っていますがお求めの声があればご検討させて頂きたいと思います。




