今度は憧れと
唯が試合に勝ったと聞いて、安堵したのも束の間。
次の相手は、いよいよ部長──京子先輩だ。
これに勝てば、決勝進出。
絶対に、負けられない。
「霜月、いよいよだな」
「はい」
練習では何度も先輩に挑み、そのたびに僅差で負けてきた。
あの悔しさを思い出すたび、どうして勝てないのか、どうすれば超えられるのか──
ずっと考え続けてきた。
まさか、こんなに早くその答えを試す日が来るなんて。
「私……負けません」
「私もだ。先輩の底力、見せてやるよ」
1年前のことが、ふと脳裏をよぎる。
この学校を選んだのは、家から近いという理由だけだった。
部活に力を入れている学校だと聞いていたから当然女子バド部も強いのだろうと期待していた。
けれど実際には、女子バドミントン部はできたばかりで、まだ部員が2人しかいなかった。
しかも生徒会にも先生にも、部活としてすら認知されていなかった。
この学校では、部員4人以上でやっと“部”としての活動が認められる。
つまり、当時のバド部は「同好会以下」の存在だった。
「入りたい」と言ったとき、部員の先輩は涙を浮かべて喜んでくれた。
そして私は、部員確保のために、同じクラスの遥を何度も誘った。
最初は「運動苦手だから」と断られていたけれど──
何度も声をかけ、ようやく入部してくれたときは本当に嬉しかった。
活動は主に初心者2人の育成。経験者が教える、手探りの毎日。
コーチはいない。体育館の使用時間も限られている。
それでも、遥は驚くほど上達した。
もし彼女がもっと整った環境で練習できていたなら、今ごろは──そう思わずにはいられない。
そんな中、部長はいつも口にしていた。
「目指すは、インターハイ!」
正直、その頃は笑ってしまいそうだった。
戦力不足どころか、まずは人数が足りていない。
新入生が入ることを願って奔走したが、結果はゼロ。
雰囲気は次第に重くなり、部としての未来すら危うかった。
そんなときだった。
「白雲唯がこの学校にいる」という噂を聞いたのは。
あの名前を聞いた瞬間、心が跳ねた。
彼女は、私の憧れだった。
しばらく大会で姿を見なかったけれど、まさかこんな田舎にいたなんて。
少し複雑な気持ちもあったけど、それでも、彼女と一緒にバドミントンができるかもしれないという希望は何よりも嬉しかった。
……けれど、彼女が部活に入る気配はまったくなかった。
ある日、遥が連れてきた彼女はどこか寂しげで、心ここにあらずという感じだった。
実際にプレーしている姿を見て、「やっぱり強い」と思った。けれど──あの頃の彼女じゃない。
私が憧れた、あの頃の白雲唯ではなかった。
思わず口にしてしまった「嫌い」──その言葉を、どれほど後悔したか。
彼女はきっと、知らないままだろう。
けれど、それでも彼女は逃げなかった。バドミントンに、戻ってきた。
どんな事情があるかは分からない。
あれほどの彼女がバドミントンを避けていたのなら、それなりの理由があったのだろうと、私なりに察していた。
でも、無理には聞かない。
本人の口から言ってくれるその日まで、私は待つ。
だからそれまで、見ててほしい。私のことを。
あなたに憧れてバドミントンを始めた、この私の姿を。
「これから山下京子さんと霜月楓さんの試合を始めます」
アナウンスが鳴る。
先輩にとって、これが最後の地区大会。
でも──私にとっても、ここが大きな“はじまり”。
勝たせてもらいます!
試合が始まる。
予想通り、先輩は序盤から攻めてきた。
練習で何度も見てきた攻め方。けれど、今日は明らかに違う。
本気だ。私に、本気でぶつかってきている。
それが、嬉しかった。
だったら私も、攻める。
守ってばかりじゃ、もういられない。
「っ!」
ドライブを放つ。ラインぎりぎりに決まる。
「ナイスショット!」
観客席から歓声が上がる。
唯が、私を見ている。
あの時のように憧れの背中をただ追っているのではなく、今は同じ土俵で戦っている。
絶対に、届いてみせる──!
守るだけじゃ勝てない。
強く打たれた球を、ただ返すのではなく、
攻めて、狙って、勝ちに行く。
そう決めたからこそ、私は今ここに立っている。
何度も何度も負けて、悔しかった。
そのたびに考えた。足りないものは何か、どうすれば超えられるのか。
一つずつ埋めてきた。
だから今、私は自分を信じられる。
点の取り合いは白熱していた。
どちらも譲らず、ゲームは20対19。
あと1点──ゲームポイント。
ラケットを握る手に、汗がにじむ。
先輩が構える。真剣な目で私を見ていた。
あの背中を、ずっと追いかけてきた。
でも今は──正面から向き合っている。
先輩、私……あなたに勝ちたい。
シャトルが飛んできた。
速い。でも、見えてる。
タイミングも、足の運びも完璧。
決める!
思い切り打ち込んだスマッシュが、コートに落ちた。
「……ゲーム!」
審判の声が響く。
一瞬、何が起きたかわからなかった。
……勝った?
コートの向こうで、京子先輩が驚いたように目を見開き、そして──笑った。
「やられたなあ。霜月、強くなったな」
「……ありがとうございます!」
ラケットを掲げ、深く頭を下げた。
嬉しさと、誇らしさと、少しの寂しさが胸に混ざる。
でも、それは次のステージへの扉。
だって──次は決勝戦。
客席を見ると、唯がこちらを見ていた。
目が合った。
にっこり笑って、唯がうなずく。
──この一年、無駄じゃなかった。
あのときの憧れが、今は目の前にいる。
そして次は、その憧れと戦う番だ。
あなたが進化するように私も変わっていく。
絶対勝つ、そのためにここにいるのだから。




