2話 誘い
転入して1週間ほどたったお昼休み。
いつものふたりが声をかけてきてくれた。
「唯ちゃん!お昼食べよー」
「私、パン買ってくるから先に食べててー」
ふわふわした天然系の癒し女子、齋藤さくらちゃん。
少しギャルっぽい見た目だけど、面倒見がよくて姉御肌の安藤瑠璃ちゃん。
転校初日に声をかけてくれて以来、ずっと一緒にいてくれるふたり。
優しくて明るくて、私の不安をそっと消してくれる存在だ。
「次の授業、数学か〜、眠いな〜」
「瑠璃ちゃん、いつも寝てるじゃん」
「そ、そんなことないよ! さくらだって〜!」
そんな何気ないやりとりが、今の私を支えてくれている。
私は毎日が楽しい。幸せだと思う。
普通に学校に通えて、笑えてて。
……でも時々、足りないと思う時がある。
きっと、気のせいだ。
私は今、これでいいんだ。
──────────
授業が終わり、荷物をカバンに詰めて下駄箱へ向かう途中
「今日も部活かよー!」
「最近、多くね?」
「今日こそできるようになろうね!」
「コンクールまで、あと少しだもんね!」
部活に向かう生徒たちとすれ違う。
笑い声、駆け出す足音、青春の匂い。
――そんな空気に、胸がぎゅっとなる。
私には関係ない
そう思いたいのに、耳が勝手に拾ってしまう。
きっと、気のせい。私はもう……
「白雲さん、少しいいですか?」
職員室の前を通った時、高橋先生に呼び止められた。
「学校には慣れましたか?」
「はい。みんな優しくて……毎日、楽しいです」
「それはよかった」
微笑む先生の目が、ふと真剣になる。
「白雲さん、部活……入りませんか?」
「え……部活……ですか?」
「もちろん、無理にとは言いません。あなたの事情も知ってます。でも……君が何かを我慢しているように見えて」
その言葉に、胸の奥がかすかに揺れた。
「この学校にも、ありますよ。」
その言葉は、忘れたはずの記憶を掘り起こす。
辛かった。
だけど、それ以上に、楽しかった。
仲間と支え合って、笑って、泣いて、喜んだ。
もう、戻らないと思っていた日々。
でも、私にはそんなことをしている暇はない
「……考えてみます」
「返事はいつでもいいですよ。私は一応、そこの顧問ですから」
高橋先生は、ただ心配してくれているのだろう。
優しい大人の目を背にして、私は小さく頭を下げた。
校舎を出て体育館の横を通った時だった。
「……あっつ!」
ガタン、と音がして扉が開く。
中から出てきたのは――
「あっ」
「……しろくも?」
「しらくも、だよ」
まただ。このやり取り、もう何度目だろうか。
石橋くんは、部活帰りらしく、額に汗を浮かべていた。
「白雲、今帰り?」
「うん。石橋くんは……部活中、だよね。がんばってね」
見ちゃいけない。
見たら、やりたくなってしまうから。
彼が今何をしているかは、だいたい想像が着いてしまっている。
夢中になれるもの、心から楽しめるもの。
私の人生そのものだったもの。
彼は予想外のことを言った。
「なあ……やんねえのか?」
「え……?」
突然の問いに、動きが止まる。
「……何が?」
彼はしばらく口を閉ざしたあと、小さく言った。
「バドミントン。……しに来たんじゃねえのか?」
「………………え……?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
でも、彼の目は、真っ直ぐに私を見ていた。
――どうして、知ってるの?
沈黙が流れる。私が何も言えずにいると、石橋くんは気まずそうに視線をそらした。
「昼休みも今もすごく羨ましそうな顔してるから」
羨ましい……?
そんな顔していただろうか。
無意識にしてしまったのか。
隠していたはずの感情は真っ直ぐな彼には見抜かれていたらしい。
「そんなことないよ。また明日」
笑って何とか誤魔化す。
今日私にはなにも起こらなかった。
何も……
胸の奥が、またズキッと痛んだ。