悔し涙
「……負けた」
スコア用紙に数字を書きながら、悔しさがじわじわと胸の奥からにじみ出してくる。
もう少しこうしていれば。
あの時、ああしていれば。
そんな“していれば”ばかりが頭をぐるぐる回る。
相手は確かに強かった。
けど──それだけじゃない。
俺は試合が始まる前から、どこかで負けていた気がする。
相手の体格。自信に満ちた顔。
それに圧されて、こっちの動きはどんどん鈍くなった。
思いどおりに体が動かない──いや、動かされていたのかもしれない。
審判を終え、誰もいない場所を見つけて体育館の裏手に座り込む。
シャトルも、コートも、今は見たくなかった。
「……クソッ……」
ポツリと、吐き出すように言葉が漏れる。
「あ、いた」
ふいに声がして、顔を上げると白雲が立っていた。
「……」
「お疲れさま」
そう言って、彼女は隣にすっと腰を下ろした。
何も言わず、ただそこにいてくれる。
沈黙が、逆に心地いい。
そして、ふと、言葉がこぼれる。
「……強かった、相手」
「うん」
「もっとやれることあったはずなのに……うまくいかなかった」
「うん」
「……悔しい」
「……うん」
それだけしか言わないのに、不思議と気持ちが落ち着いていく。
そして――
とうとう、こらえていたものが溢れた。
涙が、頬をつーっと伝う。
そんな俺を見ても、白雲は何も言わない。
ただ、頷いて、そっと見守ってくれていた。
「石橋くん、よく頑張ったよ。最後まで、諦めずに。……すごいよ」
優しい声が、心の奥まで沁みていく。
そのとき──
「白雲さーん! もうすぐ試合だよー!」
多田の声が響いた。
白雲が立ち上がる。
けどすぐに、何かを思いついたようにカバンをごそごそと探し始めた。
そして──
「ほいっ」
手にしたおにぎりを、容赦なく俺の口に押し込んできた。
「……!? なにすんだよ……!」
「わさび入りのおにぎりだよー。元気出たでしょ?」
と、ニヤリと笑って言ったその瞬間──
「石橋くん、いた!」
多田が近づいてきた。
「いたよー。ごめんね、多田くん。わさびでちょっと泣かせちゃったかも!」
「……な、なにしてるの……」
「じゃ、私行くね。涙が引っ込んだら応援来てね。……決勝まで残る予定だから!」
いたずらっぽく笑って、白雲は颯爽と体育館へ戻っていった。
「冗談に聞こえねえよ……」
その背中は、本気だった。
「水、持ってこようか?」
隣で多田が心配そうに声をかけてくる。
「いや、大丈夫」
「そっか」
おにぎりの中にはわさびなんて入っておらず、ただの塩むすびだった。
変に気を使わせたな。
しばらくして、多田がぽつりと呟いた。
「……僕さ、石橋くんに誘われて、バドミントンやって本当によかったって思ってる」
「……どうした、急に」
「ずっと思ってたんだ。なんで僕なんか誘ったんだろうって。運動もできないし、自信もないし。でも……今日、白雲さんと話してわかったんだ」
「……」
「今、すごく楽しい。石橋くんが、僕の人生変えてくれたんだよ」
その目は、前よりも少しだけ強い光を帯びていた。
「……大げさだよ。俺はただ──お前、なんか“いいな”って思っただけで」
「それでも。僕に変わるきっかけをくれたことには変わりないよ。ありがとう」
一礼する多田の姿は、もう逃げてばかりの自分じゃない。
「……そっか」
「白雲さんって、いい人だね」
「……ああ」
口元が、自然と緩んだ。
なんだか、シャトルがまた打ちたくなってきた。
「……応援に行くか!」




