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地区大会


期末テストが無事に終わり、今日からいよいよ新人戦が始まる。


男子の方が早く始まるため、約束どうり応援に行くことになっていた……が、本来なら1回戦から観るつもりだったのにまさかの寝坊。テスト勉強で寝不足だったツケが来たのだろう。

なんで今日に限ってーーーという後悔よりも、急いで準備した。

慌てて家を飛び出し、ギリギリ2回戦からの応援に滑り込んだ。


体育館に着くと、空気が少し張り詰めている。シャトルの音、応援の声、鳴り響くシューズの音。試合の熱が場内を包んでいた。

 

石橋くんは1回戦を勝ち上がっていた。まだ彼のプレーを観られることに、ほっと胸をなで下ろす。


「石橋くん、おはよう。遅くなってごめんね。これ、差し入れ!」


私が差し出した袋を見て、彼は目を丸くした。


「サンキュー!……おにぎり?」


「うん。一番元気出るでしょ? こっちが梅で、こっちが昆布!他にもあるよ。作りすぎちゃったから、部活の人と分けてね」


「めっちゃあるじゃん……うまそー」


「それとね、ロシアンルーレット形式だから、何個かハズレあるよ。気をつけてね」


「……え、ちなみに何が入ってんの?」


「んーと、わさびに生姜……あと唐辛子も」


「なんでそんな危険物混ぜたんだよ!?」


「えー、ただのおにぎりじゃつまらないでしょ?」


石橋くんは呆れたように私を見た。


「……その目、なに?」


「なんでもねえよ。てかテスト、良かったな。赤点回避できて。補講だったら今日の大会出れないとこだったぞ」


「うん、本当にありがとう。石橋くんのおかげだよ」


9教科すべて赤点回避できたのは、間違いなく彼の協力があってこそだ。


「まあ……数学はギリギリだったけどな。次はもっと前もってやろうな」


「うん……って、また教えてくれるの?」


「当たり前だろ」


そう言って、彼は私の頭をぐしゃぐしゃっとなでた。


「……?」


「あっ、わりぃ。癖で」


「癖?」


「俺、妹がいるんだ。だからついな……」


「え、妹さん? 会ってみたい! 何歳?」


「小1、7歳だな」


「年、けっこう離れてるんだね。仲いいの?」


「まあ、いいほうだと思う。滅多に喧嘩しないし」


「いーなぁ……」


「……兄弟いるのか?」


「あーー、うん。双子の妹がいるんだ。今は海外にいるけど」


「海外?」


「うん。本格的にバドミントンやるために、ね。すごいでしょー?」


「すげぇ……白雲の妹だから、きっと強いんだろうな」


「私なんかよりずっと。ほんと、尊敬してる。仲良かったんだけど喧嘩別れしちゃったしちょっと気まずいんだよね……」


「……なぁ」


「ねえ、今度その妹ちゃんに会わせてよ!お願い!」


「え? あー……じゃあ家来るか?」


「行く!」


「あ、そろそろ時間だから行ってくる。この話はまた今度な」


「うん! 頑張って! 応援してるから!」


彼は軽く手を振って、選手控え室へと歩いていった。


私は空いている席を探して観客席を見回した。


───


「あ! 白雲さん! こっちこっち!」


手を振る声に振り返ると、見覚えのある顔が。


「確か……多田くん、だよね?」


「そう! 多田創。よろしく。石橋の応援でしょ? ここ、席空いてるから」


「ありがとう。わあ、いい場所だね。コートがすごく見やすい!確保するの大変だったでしょ?」


「そんなことないよ。僕にできるのはこれくらいだから」


彼は静かに笑った。その横顔は少し寂しげに見えた。


なにか話題を変えようと多田くんに色々聞いてみることにした。

 

「多田くんはどうしてバドミントン始めたの?」

「……石橋くんに誘われて、それに自分を変えたかったから……かな」

 

少し照れくさそうに言った。

 

「石橋くんが誘うなんて珍しくない?いつも一匹狼って感じするし」

「僕も謎なんだよね。なんか急に誘われて。」

「ふーん」

 

多田くんは話しながらもコートを一生懸命見てしきりにメモしている。

少し気になり聞いてみた。


「ねえ、さっきからずっとメモしてるけど……なに書いてるの?」


「ん?えーっと。プレースタイルとか、選手の癖とか。色んな選手の戦い方見れるのって大会とかしかないし。あそこのコートの選手は前に落とされたら上げる癖あるからそこを狙うといいな……とか」


「おー」


「あとあの選手、バックハンドのとき右足が一瞬浮く癖あるから、そこ狙えばいいんじゃないかな、とかね」


「……すごっ!」


思わず声が出てしまった。


「いやいや、そんな大したことじゃ……」


「いやいやいや!私そんなとこまで全然見てなかったよ!」


多田くんはちょっとだけうつむいて、照れくさそうに笑った。


「観る方が得意なんだ、僕。だからプレーより分析って感じでさ。石橋くんには“お前、変に冷静”ってよく言われる」


「うん、なんかわかる気がする。それって立派な才能だと思うな。きっと石橋くん、それに気づいて誘ったんじゃない?」


「……そう、なのかな?」


「うん。石橋くんって、見てないようで見てるとこあるから」


その言葉に、多田くんはしばらく黙って、それからふっと目を細めた。


「……だとしたら、ちょっと嬉しいかも」


嬉しそうに笑うとまたコートの観察を始めた。

寂しそうな目で。

 

「多田くんは試合出ないの?」

 

彼は制服姿のままで、ユニフォームではなかった。

ラケットも持っていない。

 

「僕は……まだ弱いから。試合に出たところで自信なくすだけだし」


「……そっか。」

 

きっと彼にも思うところがあるのだろう。

私も1番最初の試合は雰囲気に圧倒されて泣いてしまったこともある。

深く詮索しないことにした。


「石橋くんの相手って、誰?」


「この大会の優勝候補。めっちゃ強いよ」


たしかに、フットワークだけ見ても只者ではない。重心移動が滑らかで、打点も高い。こりゃ強敵だ。


「こういう大会って色んなレベルの人がいるから勝ち進むの大変だよね。」


「うん。そうだね。」


上級者もいれば初心者もいる。

少しでも勝ち進もうとするなら多少運も必要になる。

新人にとってはあまりに分厚い壁。でも、その壁を越えようとすることに意味があると私は思う。


「石橋くん、勝てるかな」


多田くんは心配そうに私を見つめた。


「分からない。でも……信じるしかないよね」


───


「ラブオール・プレー!」


審判の声とともに試合が始まった。


序盤から相手が圧倒する展開。鋭いスマッシュが次々に突き刺さり、点差は開いていく。


11対7。


石橋くんの表情は険しく、歯を食いしばっていた。


「石橋くん……悔しそう」


「思うようにいってないんだね。きっと相性が悪いんだよ」


彼のプレースタイルは冷静なレシーブ中心。相手の勢いをいなしてカウンターを狙う戦い方。


だけど、今日の相手は違った。


剛速球の連打、圧倒的な攻撃力。石橋くんのショットは拾われ、逆に押し込まれてしまっている。


「……ねえ、白雲さん」」


静かに、多田くんがつぶやいた。

 

「白雲さんは絶対勝てない相手とでも、戦う?

 負けるとわかっていても」


その瞳は、まるで自分に問いかけるように揺れていた。

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