不思議な存在
白雲が「ちょっと御手洗」と立ち上がってから、ふと考える。
――なんで俺、こんなことしてるんだ?
自分から声をかけて、勉強を教えて……
正直、自分でも驚いている。
だけど、なんだろう。
白雲と一緒にいると、変に落ち着くんだ。
女子っていうと、いつも群れて騒がしくて、誰かを下げて自分を上げようとするやつばっか。
「石橋くんカッコいい〜」なんて言われるたびに、むしろ疲れる。
羨ましいって言われるけど、全然そんなことない。うるさいだけだ。
……でも、白雲は違った。
うるさくないし、人の悪口も言わない。
バドミントンに対してもはまっすぐで、話してても不思議と噛み合う。
最初は、「隣の席のやつ」くらいの認識で、正直どうでもよかった。
けど、少しずつ──思ってたのと違うって、感じ始めてた。
白雲はなんというか……
不思議な存在だ。
そばにいても、嫌じゃない。
むしろ、そばにいたいと思う。
さっき、「輝」って名前が出てきたときは、ちょっとムカついた。
たぶん……呼び捨てで呼び合ってたのが気に食わなかったんだと思う。
あいつは距離感バグってるから、そういうのも平気でやる。
けど、まさか白雲にまでそうくるとは。
でも、「連絡先知らない」って聞いたとき、少しホッとしてる自分がいた。
俺は──いったい、どうしたんだ?
───
気がつくと、白雲が眉間にシワを寄せて、ノートとにらめっこしていた。
時計を見ると、もう12時を回っている。
……どうやら、けっこう寝てしまってたらしい。
肩には、見覚えのあるカーディガン。
白雲のだ。
そっとかけてくれたのかと思うと、なぜか胸があたたかくなる。
白雲はまだ、俺が起きたことに気づいていない。
まっすぐ問題と向き合うその姿を、ただ見つめた。
笑った顔も、困った顔も、怒った顔も。
バドミントンに夢中になってるときの顔も。
──ずっと見ていたい、って思ってる自分がいる。
「あ、起きた?」
「……悪い、寝てた」
「気にしないで。休みの日に付き合ってもらってごめんね」
「進んだ?」
「……まったく!!」
そう言って笑う彼女のノートには、試行錯誤の跡が残っていた。
「どこが分かんねーの?」
「んーと、全部!」
思わず頭を抱えそうになるが、なんだろう。呆れるよりも「助けてやらなきゃ」って気持ちのほうが強い。
……放っておけるわけがない。
「そういえば知ってるか? 今度の地区大会、補講になったら日程かぶってるぞ」
「……え?」
「やっぱ知らなかったか」
「やばいじゃん!どーしようー!」
涙目になって焦る白雲をなだめながら、再び数式と格闘する。
一生懸命なその姿に、胸の奥がじんわりとあたたかくなる。
──ああ。
たぶん俺は、あの試合を見たときから……もう。
───
「今日はありがとね。おかげで半分は理解できた!」
下校の時間。
白雲はキラキラした目でそう言った。
あれから6時間。
教科を変えながらも、メインはやっぱり数学だった。
「家でも頑張る」って言ってるけど──
ちょっとだけ心配なのは、覚えるのが早いやつほど、忘れるのも早いってこと。
白雲は吸収は早いけど、抜けるのも早いタイプだ。
けど、気持ちはある。それだけで十分だ。
「まあ……頑張れ。明日も休みだし、なんとかなるだろ」
「うん!」
「あと弁当美味かった……また機会があれば作って欲しい」
「ほんと?!やった!」
と笑顔で言ってくれた。
駅の改札で別れ際、ふと振り返ると、白雲がこっちに手を振っていた。
──思わず、笑ってしまった。
ほんと、不思議なやつだ。
「……俺も頑張るか」




