勉強会
図書室と書かれたプレートを見つけて、勢いよくドアを開ける。
中はしんと静まり返っていて、本のにおいが少しだけ漂っていた。
奥の方、窓際の机に誰かが座っているのが見える。
──石橋くんだ。
「あ、来た」
彼が軽く手を挙げる。
「ご、ごめんなさい! 結構待ったよね……!」
時計を見ると、8時15分。
約束の時間から15分遅れ。遅刻だ。
怒ってるかも……と思うと、下げた頭がなかなか上がらない。
「なんで遅れたの?」
「ま、迷っちゃって……」
「そっか。そうだよな。図書室の場所、言ってなかったな。ごめんな」
「いやいや、前もって確認しなかった私が悪いよ!」
そう言いながら顔を上げると、彼の表情はふっと柔らかくなっていた。
「でも、来ないかもってちょっと思ってたから……よかった」
「まさか!」
「どうやってここわかったの?」
「えっと……輝に教えてもらって」
「……輝?」
「確かE組の櫻井って人。途中で会って……。知ってる?」
「知ってるけど……なんで呼び捨て?」
「そ、それはちょっと……いろいろあって……」
私は、体育館での出来事をざっくりと説明した。
「……ふーん」
「怒ってる……よね?」
「別に」
「ごめんってばー」
「怒ってないから。ほら、早く勉強するぞ」
「はーい……」
少しムッとした顔で教科書を広げた彼。
……やっぱり、ちょっとだけ機嫌悪い気がする。
───
気まずい沈黙が少し続いた。
なにか話題を変えよう。そうだ──
「石橋くんって、アレルギーとか苦手な食べ物ある?」
「アレルギーはないけど、苦手なのは結構ある」
「お弁当作ってきたんだけど、そういうの聞くの忘れてて」
「……作ってきてくれたのか?」
「もちろん! 約束したじゃん」
「……まじか。楽しみ」
ふっと笑ったその横顔に、ホッと胸を撫で下ろす。
「あ、あと連絡先。教えてもらってもいい? そういえばまだ知らなかったなって」
「……」
「……ん? どうしたの?」
「……輝と連絡先、交換した?」
「え?してないけど……。なにかあった?」
「……いや、別に」
そう言ってスマホを取り出す彼の表情が、さっきよりほんの少し嬉しそうに見えた。
機嫌、直ったみたいでよかった。
それにしてもなんで機嫌悪かったんだろう……
やっぱり遅れたからだよね。申し訳ない。
───
「あの、ちょっと御手洗行ってくるね」
「ん」
それから2時間が経過。ひたすら問題を解いて、解いて、解いて──限界。
「トイレの場所、わかる?」
「……わからないです」
「やっぱり。ドア出て右な。──もしかして白雲って方向音……?」
「違うから!!」
───
トイレからの帰り道、廊下でばったり高橋先生と出くわした。
「あ、白雲さん来てたんですね」
「先生、こんにちは」
「勉強しに来たんですか? えらいですね。寝不足には気をつけてくださいね」
「結構ピンチなのでどうかな……」
見ると先生の手にはブラックコーヒー、目元にはくっきりクマ。
「先生こそ、寝不足気をつけてくださいね」
そう言うと、先生は少し驚いたように目を見開いて、優しい顔になった。
「白雲さん、明るくなりましたね」
「……え?」
「初めて学校に来た時は、どこか寂しそうな目をしていたので。部活に入ったからかな。すごくいいと思いますよ」
「ありがとうございます……! 先生がすすめてくれたおかげです」
「いえ、決めたのは白雲さん自身です。僕は何もしていません。この調子でテストも頑張ってくださいね。……ちなみに、数学の小テスト、ギリギリでしたから」
「が、がんばります……!」
そう言って、先生は笑いながら職員室へと戻っていった。
───
「ただいまー」
図書室に戻ると、石橋くんが机に突っ伏して寝ていた。
「……寝てる」
無理もない。朝からずっとつきっきりで教えてくれてたんだ。
それも、休みの日に。
「……ごめんね」
起こさないように、そっと自分のカーディガンを肩にかける。
「石橋くんがいなくても、私……頑張れるもんね」
深呼吸して、また数学と向き合う。
下校時間まで、あと8時間──。




