まるで迷路
翌朝。
朝8時に間に合うように軽くランニングを済ませ、そのままキッチンに立つ。
最近はさよ子さんが毎日お弁当を作ってくれていたけど、休みの日に、それも二人分なんて頼むのは気が引ける。
だから今日は自分で作ることにした。お弁当箱はひとつ余っていたのを借りて。
「卵焼きに〜、ウインナー……。石橋くんってアレルギーとかあるのかな?」
昨日のうちに聞いておけばよかったと後悔して、スマホを開く。
……そういえば、連絡先、交換してない。
「あーーやっちゃった……」
まあ、食べる前に直接聞けばいっか。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい。勉強がんばってね〜。彼の胃袋、掴むのよっ!」
「そんなんじゃないですってば!」
───
土曜日の学校は、平日とは違う静けさに包まれていて、どこか不思議な感じがした。
人気のない廊下に、自分の足音がやけに響く。
「図書室……図書室……って、どこ……?」
そういえば、今まで図書室なんて使ったことなかった。場所すら知らない。
「またやらかした……」とため息をつきつつ、とりあえず自分の教室に戻ることにした。
知ってる場所にいるだけで、少し安心する。
「そこから職員室に行けば、先生に聞ける……はず」
そんな風に考えていたのに、気づけば全然違う場所に来ていた。
「……ここどこ?」
白く塗られた壁、見慣れない教室の並び。完全に迷子。
「この学校、広すぎでしょ……」
さすが県内有数のマンモス校。教室の数も桁違いだ。
転入したての学校探検時、よく迷わなかったものだと自分を褒めたくなる。
「とりあえず外に出よう」
階段を降り、出口を探すと、見覚えのない建物が目に入った。
「……第1体育館?」
遥ちゃんが言ってたのを思い出す。
『この学校、体育館2つあるんだけど、私たちは第2体育館の方使ってるからね。間違えないように』
ここか……!
第2体育館より少し古びた建物。でも、どこか落ち着いた雰囲気もある。
扉を開けて中に入ると、がらんとした空間に一人だけ、ステージ上でぼーっとしている男子がいた。
派手な髪にピアス。制服の着崩し具合も完璧で、いかにも“チャラい”タイプ。
……ちょっと近寄りがたい。
でも、他に誰かに会える保証もない。
図書室の場所を聞けるチャンスは今しかない、と悩んでいたところ向こうが気づいた。
「あれ? びっくり。いつの間にいたの?」
意外と柔らかい声に拍子抜けする。
「えっと……ごめんなさい、驚かせちゃって。図書室の場所を聞きたくて……迷っちゃって」
「1年生?」
「いえ、2年です……」
「へぇ、珍しいね。図書室の場所聞くなんて」
「最近転入してきて……場所、まだあんまり分からなくて」
「あー、なるほど。転入生か……。あーー君が噂の……」
「噂?」
「いや、なんでもない。ちなみに場所だけど──」
彼は一瞬言いかけて、ふと表情を変えた。
「ねえ、僕ら同い年でしょ? タメで話そ。僕は櫻井輝。E組」
「えっと……白雲唯です。C組です。よろしく……」
「唯ね。覚えた。じゃあ俺のことも“輝”って呼んでよ。呼び捨てで」
いきなり呼び捨て……!?
この人、見た目通りチャラい……!
「い、いきなりはちょっと……」
「え〜いいじゃん。輝って呼んでくれたら、図書室の場所教えてあげるよ?」
くっ……! 交渉の材料にするとは……
でも、今は背に腹は代えられない。
「……ひ、ひかる」
「よくできましたっ」
ぱちぱちと拍手をする彼は、なんだか楽しそうだった。
「図書室はこの体育館を出て、左の階段上がって、3階。結構奥のほうだから気をつけて」
「ありがとう!」
「どういたしまして」
「ところで、ひ、輝ってここで何してたの? テスト期間だし、部活ってわけじゃないでしょ?」
「……女子から逃げてた。俺ってモテるから」
「………………」
「その顔!冗談だってば!」
「………………」
「本当は……自分探しの旅に出てたんだ……」
「…………………………」
「嘘です。テスト勉強嫌で逃げてきました」
「やっぱり」
「唯は? もしかして唯も現実逃避してたの?」
「ちがうよ! 私はちゃんと勉強しに来たの。友達が教えてくれるって言ってくれて。待ち合わせしてたの」
「そっか、だから図書室か。──ちなみに、今の時間知ってる?待ち合わせ時間大丈夫?」
「えっ?」
「今、8時10分」
「やばっ!!ごめん、もう行くね!ほんとありがとう!」
「はーい。行ってらっしゃーい。また会おうねー」
また会おう、という言葉に疑問はあるが、またどこかで会うだろうと納得した。
それよりも大幅に遅刻してしまった焦りの方が強く、急いで図書室に向かった。




