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覚悟


またバドミントンをする覚悟ができた。

やるべきことは、まず──。


「おかえりなさい。」

「あの、お話が……」

 

なんて言えばいいのだろう。

切り出せずに黙っていると、さよ子さんは静かに机の引き出しを開けた。

取り出したのは、1冊の通帳。名前は──白雲唯。


「あなたのお母さんが残してくれたものよ。ちゃんと大学に行けるだけの分はあるから、心配しなくていいの。

子どもはね、子どもらしく甘えて、迷惑かけて、やりたいことをやりなさい」


やりたいこと……そんなのもう決まってる。私は──。


「私……バドミントンやりたいです!」


胸の奥にしまっていたはずの気持ちは、思ったよりもすぐ口に出せた。


さよ子さんは笑って頷いた。


「やっと言ってくれたわね。遠慮はいらないの。というか、私にお弁当作らせてくれない?

お母さんの代わりになれるかはわからないけど、手伝わせてよ。好きなおかずある?あ、嫌いなのも教えて」


優しく微笑むさよ子さんを見て、ふっと心が緩む。

何かがほどけていくようだった。


そうだ、私は──勝手に思い込んでいただけ。

“しちゃいけない”なんて、誰も言っていなかった。

自分で、自分を縛っていただけだったんだ。


「……卵焼きが好きです。毎日入れてほしいです。あと、ピーマンは苦手です」


「わかったわ。でも好き嫌いは良くないから、こっそり入れておくわね」


まるでイタズラするような顔で笑うと、さよ子さんは棚の奥から料理本を取り出して、楽しそうにページをめくった。


……朝。またランニングを始めよう。

少しずつ、元の自分に戻っていく気がして嬉しかった。



「ほ、ほんとに??! 入ってくれるの?」


翌日、遥ちゃんに入部の意志を伝えると、彼女は嬉しそうに飛び跳ねて

 

「先輩に報告しなきゃ!」

 

と授業が始まる直前なのに、勢いよく教室を飛び出していった。


廊下を歩いて自分の教室に戻る途中、前から霜月さんが歩いてくるのが見えた。


「あ、あの! 霜月さん、私……」


「聞いた。入るんだってね。遥が廊下で跳ねてたから」


さらっと言って、少しだけ口角を上げて笑った。


「中途半端にしたら、許さないんだから。それと……私のことは“楓”って呼んで。唯」


そう言って、すっと通り過ぎていく。

彼女が笑っていたのは気のせいじゃないと思う。



「部活入るんだってな」

「……なんでみんな知ってるの?」

「さっき、飯田のやつが大声で走ってった」

「……いろいろありがとね。石橋くんのおかげで、決心がついたよ。私、やっぱり……バドミントンが好き。ずっと、やってたい」

「……ああ」

「また、朝練行ってもいい?」

「いつでもどうぞ」


そう答える彼の顔には、少しだけ笑みが浮かんでいた。

でもすぐにいつもの無愛想な表情に戻って、机に突っ伏した。


私の人生を大きく変えてくれたのは──

隣の席で、いつも寝ているちょっと不愛想な男の子。

でも、本当は心優しくて、バドミントンが大好きな人。



「部活入ったって本当?」


お昼休み。既に情報は回ってきたらしく瑠璃ちゃんとさくらちゃんが興味津々で詰め寄ってきた。


私のプライバシー……とか思ってたら──


「やっぱあたしの勘、当たってたっしょ!」


とドヤ顔の瑠璃ちゃん。


「じゃあ、テストもお願いね……」

 

さくらちゃんが低い声で言った。

 

「そ、それはまた別だよ!!!」


この二人にも、たくさんの勇気をもらった。

もしあのとき、部活の話をしてくれなかったら──

今の私は、ここにいなかったかもしれない。


「……ありがとう。二人とも」


「なにー? いきなりどうしたの?」


「誰かに酷いことされたの?! あたしらはいつも唯ツピの味方だかんね!」


──こういうところが、やっぱり好きだ。

みんなに、支えられている。

だから、もう迷わない。


私は私の足で、コートに立つ。

あの場所で、高く跳ぶために。

 

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