ミダリア
「最初のひとりは、“間違い”として生まれた。」
西暦2691年。
人類は滅びかけていた。
先進国の出生率は0.3を切り、精子バンクも卵子冷凍も意味をなさなくなっていた。
そんな時、ひとりの子どもが生まれた。
遺伝子分類:未定。
性別判定:不明。
生殖機能:既存の定義に該当せず。
名前は「ソル」。
彼は、いわゆる“失敗作”として育てられた。
性別が定まらず、思春期にもホルモンバランスが狂ったまま。
声は中性的で、感情表現も希薄だった。
だが、あるとき変化が起きる。
彼のそばにいた不妊カップルが、突然、子を授かったのだ。
医師たちは驚愕した。
遺伝子操作でも不可能だった組み合わせ。
だが、ソルがそこにいた。
彼の体からは、ごく微量の未知ホルモンが分泌されていた。
それは、精子と卵子を「生殖可能状態へ変換する」スイッチだった。
最初は偶然だと思われた。
だが二例、三例と同じ現象が続いた。
「この子は、新たな性を持っている」
それが世界の共通認識になったのは、彼が17歳を迎える年だった。
記者に問われた。
「あなたはなぜ、生殖を起こせるのですか?」
彼は静かに答えた。
「わからない。でも……たぶん、僕は、“生まれたい”っていう声を聞けるから」
「ミダリア」新しい性として定義された。
男でも女でもない。
命を“目覚めさせる性”。
それは突然変異だった。だが、人類にとっては“必要な誤差”だった。
かつて、性は二つしかないと思われていた。
だが今、確かに三つ目の灯がともっている。
それは進化の狂気ではなく、
希望の始まりだった。
予期せぬものが生まれた時、優しい世界でありますように。