第3話 剣と魔法が交わる
村は、春を迎えていた。
木々は芽吹き、川辺には花が咲き、子どもたちは野原を駆け回っている。
「はぁっ……! ふっ……!」
俺は一人、ゼム師匠に教わった呼吸法と型を反復していた。
朝露の残る草原で、斬る、構える、踏み込む。
剣の壱ノ型——流れるような動作の中に、自分でも驚くほどの集中力が宿っていた。
「ライガくん……すごい、ね」
その声に振り返ると、少女が一人立っていた。
ミリィ・フレアライト。
俺と同い年の、魔法においては“神童”と噂される少女だ。
彼女は火の玉を浮かせたり、物を遠くに飛ばしたりと、小さな頃から頭ひとつ抜けた才能を持っていた。
「魔法の練習してたの。ライガくん、剣、かっこいいね」
「……そうか? ありがとう」
素直に褒められるのは、少しくすぐったい。
この世界では魔法が重視される。ミリィのような子は大事にされ、逆に魔力のない俺は“落ちこぼれ”扱いだ。
でも——
「ミリィ。魔法、少しだけでいい。俺にも、教えてくれないか?」
「……えっ?」
少女の瞳が、ぱちりと瞬いた。
「魔力量、少ないって聞いたけど……」
「それでもやってみたいんだ。剣と魔法、両方使えたらもっと強くなれるかもしれないから」
俺は笑った。軽口のように聞こえるかもしれないが、内心は真剣だった。
ミリィは少し考えてから、にっこりと微笑んだ。
「うん。じゃあ、基礎の基礎から、やってみよっか!」
こうして、俺とミリィの“共同訓練”が始まった。
*
「魔力っていうのは、息と似てるんだよ」
彼女はそう言いながら、手のひらに小さな炎を灯して見せた。
「まずは、身体の中の魔力を“感じる”ところから。自分の呼吸を意識して、ゆっくり、集中して……」
俺は剣の呼吸法と重ねるように、内なる感覚を探った。
最初は何も感じなかった。ただの静けさだった。
——だが、訓練を始めて数日後のこと。
ある瞬間、身体の奥に“あたたかい気流”のようなものを感じた。
「……!」
思わず息を飲む。心臓の奥から、なにかがふわりと湧き上がってくる。
俺はそれを、腕に集めるような意識で、静かに拳を握った。
「『迅速』……!」
微かな詠唱。次の瞬間——
足が、一歩、鋭く踏み出た。
「……!」
身体が軽い。たった一歩。でも、確かに、さっきよりも早い。
「すごいよ、ライガくん! ほんとに魔法、使えた!」
ミリィがぱっと笑った。俺も思わず、小さくガッツポーズを作る。
——そう。たしかに、わずかだけど、使えたんだ。
(なるほどな……呼吸法で感覚を研ぎ澄ませたのが、魔力の“通り道”を感じる助けになったのか)
剣と魔法。まるで別世界の力に見えて、実は、根っこは同じなのかもしれない。
「……ありがとう、ミリィ。おかげで、見えた気がする」
彼女がはにかんで頷く。
「これからは、いっしょに強くなろ?」
「……ああ」
この世界に来た時、俺は“すべてを手に入れる”と誓った。
それが少しずつ、形になってきた気がした。
剣と魔法。力と絆。
この両方を手にしてこそ——きっと、俺は本当に“最強”になれる。
*
セレノア村の午後は、穏やかな陽射しに包まれていた。
風が小麦畑を揺らし、小鳥たちの鳴き声が心地よいリズムを刻んでいる。
訓練の後、汗を拭いながらライガはリリィと並んで草の上に座っていた。
リリィは炎の魔法を自在に操る、才能豊かな少女。けれどそれゆえに、周囲から距離を置かれてきた。
「……あの、ライガ君は、怖くないの?」
ぽつりとリリィがつぶやく。
手元の小枝で地面にくるくると円を描いていた。
「何が?」
「私の魔法。村の子たちは、ちょっと熱が強くなっただけで怖がるから……。あの決闘の時も、カイル君の火が私に向かってたら、私……」
その瞳に、ふと影が差す。
ライガは、静かに空を仰いだ。
風が髪を揺らし、少しだけ昔のことを思い出す。
「魔法ってさ、強いとか怖いとか、そういうものじゃないと思うんだ」
「え……?」
「リリィの魔法は、あったかい。焚き火みたいに、優しくて、でも触るとちょっと熱い。でも、ちゃんと人を照らしてくれる」
ライガはそう言って、にかっと笑った。
リリィはしばらく呆然とライガを見つめていたが、やがて――ふっと微笑んだ。
「……ありがとう。ライガ君、変わってるね」
「よく言われる。見た目は子ども、中身は――まあ、色々あったからな」
「ふふっ、何それ」
二人は声をあげて笑い合った。
その笑い声は、風に乗って村の外れまで届いたかもしれない。
少しして、リリィが立ち上がる。
「ねえ、剣、また見せて? さっきの『壱ノ型』、もう一回やってほしいな」
「仕方ないな。ちゃんと目を見開いて見てなよ。これが俺の“今の全力”だ」
ライガは草むらに転がっていた木の剣を手に取ると、まっすぐ立った。
深く息を吸い、ゼムから教わった呼吸を整える。
「壱ノ型――《斬風》!」
風を裂くような鋭い踏み込みと、流れるような一閃。
リリィは思わず拍手を送った。
「すごい……かっこいい。まるで本物の剣士みたい!」
「“みたい”じゃないさ。俺はもう――なるんだ。“本物の剣士”に」
その言葉には、少年の背丈には不釣り合いなほどの、確かな決意があった。




