五節〈レプリカ・アームズ〉/1
無精髭を生やした年若い男。
軟派な雰囲気だが、どこか先程の三人と同じような気配を感じる。
戦場に立つ者の気配だ。
「……貴方、何者ですの?」
「そう怖がんなって。俺はただあんたを迎えに来ただけ。そこに転がってるバカどもの後始末もあるけどよ」
彼が顎で指し示したのは、二人を襲ってきた男たち。
やはり、彼らの仲間か。
痛む身体を起き上がらせ、男を睨む。
「勘違いすんなよ、別に仲間でも何でもねえ。同じ依頼主に雇われた傭兵と吸血鬼狩りってだけで、関わりなんてまったくねーんだから。……つーか、そんな雑魚と同類として扱われたくねーし」
軽薄な態度は、あの棍棒使いと似ているが、この男の方が隙がない。
こちらを舐めているのではなく、誘い出すための演技と見た方が良いだろう。
「ということで、お姫サマには俺と一緒に来てもらいまーす。丁重にエスコートしてあげるからさ、大人しく付いてきてくれるよな?」
「お断りいたしますわ。エスコートは、既にこちらの彼にお願いしていますの」
「……え、おれ?」
急に話を振られたので、素で訊き返してしまう。
隣のリリスの目は、『空気を読め』と言いたげだった。
「気が利かないパートナーだ。俺に乗り換えた方がいいんじゃねーの?」
「わたくしの好みは硬派な男性ですわ。いいでしょう、初々しくて」
「吸血鬼らしい好みだ。ま、それならそれで……無理矢理連れて行くだけ、だけど!」
「手荒ですわね!」
どこからともなく、男は槍斧を取り出し、二人へ向かって横薙ぎに振るう。
しかし、強硬手段に出ることをわかっていたリリスは、勇緋を抱えて飛び退くことで、容易く回避した。
「おやおや、お転婆じゃないですかお姫サマ。大人しく捕まってくださいません?」
「どの口が……わたくし、貴方のような粗雑な男性は嫌いですの。さっさと視界から消えてくださる?」
「生憎、育ちも諦めも悪いもんでね。一つ、ご愛嬌ってことで」
「……嫌いですわ、本当に」
敵意を剥き出しにするリリスと、飄々と会話を行う男。
互いに相手がどう出るかを探っているのだ。
肩に担がれた槍斧は、いつでも振るえられるような臨戦態勢であった。
槍斧とは、その名の通り、槍の穂先に斧頭と突起が取り付けられた長柄武器である。
状況に応じた用途の広さが特徴であり、銃器の発展によって衰退したものの、十六世紀頃まで戦場で扱われていた。
効果的に扱うには、かなりの訓練を必要とするが、扱えるようになれば大きな脅威となる。
命の奪い合いを生業とする彼が、主の武器として槍斧を扱う以上、その熟練度は推して知るべし。
正面戦闘では、分が悪いだろう。
それに加えて、リリスは現在、勇緋という足手まといを抱えている。
立っていることすら、やっとなのだ。
勇緋が戦闘へ復帰できる可能性は、限りなく零に近い。
彼女一人だけならばともかく、勇緋を抱えたまま勝つことは難しいだろう。
したがって、現状取れる選択肢は、逃亡及び遠距離からの迎撃のみである。
「──〝閃光よ〟!」
放たれた光が弾けた。
男が反射的に腕で顔を覆った隙を見て、リリスは屋上から飛び降り、全力で彼から離れる。
抱えられた勇緋は、全力で飛行するリリスの代わりに男の動向を探った。
「……動いていない」
「諦めた、と思うのは時期尚早ですわね。もっと距離を取りましょう」
リリスは、更に加速する。
過ぎ去っていく景色、背中に受ける強風。
登り始めた朝日が、雲の隙間から顔を出した。
眩しい日光に、勇緋は一瞬だけ目を男から逸らす──そう、一瞬。
まばたきをする、その一瞬だけ。
勇緋は、目を逸らしてしまった。
だから──彼に辿り着かれてしまったのだ。
「──残念だったな」
いない。
そこにいたはずの彼がいない。
いる。
そこにいなかったはずの彼がいる。
その言葉の真意を理解する前に。
彼女へ危険を伝える前に。
上方からの大きな衝撃によって、『鳥』は地に墜ちた。
「……どう、して」
「どうしてって言われてもなあ。俺にとっちゃ、あんな距離は屁でもないってだけなんだよ」
意識が飛びかける中、勇緋はなんとか持ち堪える。
咄嗟に放った疑問の言葉への解答は、頭上から降り注いだ。
「頑張った方だとは思うぜ? 圧倒的不利な状況で、殺し屋相手に勝利をもぎ取ったんだ。賞賛に値するぜ」
勇緋を庇うように気絶していたリリスが奪われる。
美しい銀髪は、砂埃で汚れ、力なく垂れていた。
「……ただ、俺相手は運が悪かったな。他の奴相手なら、生き残るくらいはできたかもしれねーのに」
まだ身体は動くはずだ。
這いずってでも、まだ足掻けるはずだ。
だが、指先一つ動かない。
まるで、処刑台に押さえつけられた囚人のように。
「ま、俺はあんたに敬意を払うよ。このお姫サマを見捨てて逃げる道もあったのに、あんたは助けることを選んだんだ。蛮勇だ何だと揶揄されるとしても、な」
高く上げられた鈍色の刃が、背後の朝日を受けて輝いた。
「……だが、あんたは踏み込んだんだ。『命』を対価にするこの世界に。偶然か必然かは知らねーが、その責任は守らなきゃいけねえ。……この世界は、覚悟だけあってもどうにもならねーんだよ」
──……じゃあな。
斧が振り下ろされる。
勇緋の頭部へ向けて。
何の抵抗もなく、何に遮られることもなく、ただ風を切って。
重く厚いその刃は、頭蓋を破壊した。