表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君に花束を、君に祝福を  作者: 四ノ明朔
序章【未だ白紙の英雄譚】
8/30

四節/2

 直後、爆発音とともに扉と壁が吹き飛ぶ。

 

 

「……おうおう、ラブコメしてんじゃねーよ」

「してません。至って真面目ですわ」

「見せつけてくれるねえ……」

 

 

 睨み合う少女と棍棒使い。

 先手を打ったのは、棍棒使いだった。

 

 地面を強く踏んだかと思うと、目にも止まらぬ速さで接近し、横薙ぎに棍棒を振るう。

 しかし、少女は軽くそれを防いだ。

 半透明の盾のようなもので。

 


「あら、想定より強くありませんわね? 一枚くらいは割ってくれると思っていましたのに」

「……舐めんな!」

 

 

 怒りを隠さない男が叫ぶと、コンクリートの床が隆起し、槍のように二人へ襲いかかる。

 だが、それも少女がただ手を払うだけで破壊された。

 


「……バケモンめ」

「それ、吸血鬼狩りが言いますの? 貴方が相対しているのは、いつも化物ばかりでしょうに」

「にしても、アンタは格が違えって話だよ。流石、『純血』ってところか」

 

 

 棍棒使いは手をこまねく。

 先までとは見違える力を手にした彼女に、勝てる展望が浮かばないからだ。

 あの二人を叩き起こしたとしても、おそらく勝利は不可能。

 傷を付けるので精一杯だろう。

 

 仕方がないが、逃亡するしかあるまい。

 自身の異能を使用して周囲の瓦礫を集め大塊にすると、魔術を使用してそれを打ち出した。

 勿論、これも彼女には防がれる。

 しかし、逃げる時間を得るには十分だ。

 

 部屋の外へ飛び出し、未だ寝こけている二人を抱えて走る。

 あの二人に、男たちを追う利点はあまりない。

 それに、怪我をした少年が側にいる。

 追う得よりも、追わない得の方が多い。

 だから、逃げ切れる。

 

 そのはずだった。

 

 だが、何だろうか。

 この焦燥感は。

 まるで、いくら走っても出口に辿り付けないときのような不安感は。

 このビルの出口は、すぐそこだというのに──。

 

 男がその理由に気付いたのは、ふと後ろを振り返ったからだった。

 少女が、ずっとこちらを見ている。

 暗闇の中で、爛々と瞳を輝かせている。

 

 ああ、これは逃げられない。

 長年戦場で培った経験が、そう訴えた。

 そして、その予想は正しかったのだ。

 

 

「──逃がすわけ、ありませんわ」

 

 

 少女が、彼らに手を向ける。

 

 

「──〝雷電よ、撃ち抜け〟!」

 

 

 あまりにも強い光に、思わず目を細める。

 ただ一瞬迸っただけ。

 けれど、それは絶大な威力を誇っていた。

 

 二人が立つ位置から直線上数十メートルに渡って、すべてが吹き飛ばされている。

 上に見えるのは、二階ではなく三階。

 コンクリートの中に入っていたであろう金属支柱は赤熱し、溶解していた。

 

 

「……これ、あの人たち死んで──」

「ないですわ。威力は調整しましたし、そもそもあの方々丈夫ですから。……まあ、数時間は目覚めないと思いますが」

 

 

 数時間どころか、数日寝込むと思うのだが。

 そう言いたくもなったが、少年は心の内に押し留めた。

 

 少女は動けない少年を再び壁に預けると、伸びている男たちの方へ向かう。

 

 

「今のうちに、彼らを縛り上げてまいりますわ。そのうち、()()()も来ますし、そのときに受け渡します」

「……そういえば、例の『助け』って」

「まだ来ていませんわ。おそらく、わたくしの位置の特定に手間がかかっているのでしょう。ほら、結界が張ってありましたし。それも、今はもうありませんから、すぐに来ると思いますわよ」

「そうですか……」

 

 

 遠くで男三人を華麗な手付きで縛り上げる少女。

 随分慣れた様子だが、今まで何度か経験していたのだろうか。

 

 五分も経てば、簀巻にした男たちを引きずりながら、少女が帰ってきた。

 

 

「色々終わったことですし、屋上に行きませんこと? ここは少々荒れていますから」

「行くのは構わないんですけど……階段が……」

 

 

 少年は、少女が吹き飛ばした場所に位置していた階段に目をやる。

 そこは跡形もなく吹き飛んでおり、上階には登れそうにない。

 

 

「ああ、それなら大丈夫ですわ。飛んでいきますから」

「大丈夫なんですか……え、飛ぶ?」

「善は急げですわ。舌、噛まないようにお気を付けくださいまし」

「ちょっと待ってください! 状況の理解が……!」

 

 

 静止する少年を気にも留めず、少女は彼を小脇に抱える。

 そして、ずんずん歩きビルの外に出たかと思うと──跳び上がり、飛び上がりはじめた。

 

 瞬く間に離れていく地面。

 この場所に来たときとは正反対の景色だ。

 

 数秒の飛行の後、少女はビルの屋上に降り立つ。

 

 

「中と比べると格段に綺麗ですわね。空もよく見えますし」

「……確かに、それはそうなんですけど」

 

 

 へたり込んだ少年は、そのまま後ろに倒れ、空を見上げた。

 いつの間にか空は白んでいて、東と思われる方向から青が侵食し始めている。

 あと数十分もすれば、夜が明けるだろう。

 

 

「……大変だった、なあ」

「……ごめんなさい」

「気にしないでください。というか、どちらかと言うと、おれから巻き込まれにきたようなものなので……」

 

 

 隣に座った少女は、少年がぽつりと零した言葉に、申し訳なさそうな反応をする。

 状況証拠からすれば、少年がここに来た原因は、彼女が助けを呼んだことだ。

 それによって少年は命の危機に瀕し、今も怪我と疲労で動けない。

 少女が罪悪感を覚えるのも当たり前だ。

 

 しかし、少年は、別に彼女の助けを無視しても良かったのだ。

 幻聴だと思い込んで部屋に帰り、何事もなく眠ることもできた。

 それをしなかったのは、ひとえに『誰か助けを求めているのならば、助けたい』と思ったからなのだ。

 そこに、少女が責任を感じる必要はない。

 

 それに、きっと、少女を助けなければ少年は後悔していた。

 助けられるはずだった者を助けられないのは、自分が傷つくことよりもずっと嫌なのだ。

 

 

「……ありがとう、と言うべきですわね」

「……そうですね」

 

 

 まだ肌寒い風が吹く。

 少女の銀髪が、風になびく。

 

 

「……そういえば、名乗っていませんでしたわ」

 

 

 遠い空を見ていた目が、少年に向けられた。

 

 

「わたくしは、リリス・ヴィオレット。貴方の名前は?」

御剣(みつるぎ)勇緋(ゆうひ)です。……ユウヒ・ミツルギって言った方がいいんですかね?」

「言われなくとも、わかりますわよ。アジア……それも、日本人でしょう?」

 

 

 リリスはくすりと笑った。

 日本人らしい風貌をしているとは自分でも言い難い勇緋だが、彼女はよくわかっているようだった。

  

 

「あそこの方々とは交流がありますの。それに、敬語は要りませんわ。わたくしはこの話し方が癖になっていますから、変えませんが……おそらく同年代でしょうし、気にすることもありませんわ」

「なら、そうさせてもらう。……ちなみに、女性に年齢を訊くのは良くないとはわかっているんだけど、いくつか訊いてもいいか?」

「十五歳ですわ。来年の一月で十六になりますの」

「なら同い年だ。おれは十二月生まれだけど」

「あら、年上ですのね」

「一か月だけ、な」

  

 

 そんな微妙な距離感の話をして、いずれ来るという助けを待つ。

 

 大体十数分後、太陽が顔を見せ始めた頃。

 不意に、屋上の景色の一部が歪んだ。

 

 

「やっと来ましたわね! まったく、随分遅……い……」

 

 

 立ち上がったリリスが歪んだ景色の方を向き、呆れと怒りを露わにしていた。

 けれど、それは尻すぼみに消えていく。

 

 なぜなら、現れた人物は──

 

 

「おまたせ、お姫サマ?」

 

 

 ──『助け』では、なかったのだから。

◇魔術

 贋作神秘の一つ。

 主にヨーロッパ周辺地域にて使用される。

 世界初の魔法使いである『創造の魔法使い』により体系化され、彼の弟子によって各地に広まった。

 詠唱や刻印、形成など、術式の発動方法が多様だが、それぞれが個別の魔術として扱われているため、流派の違いによる派閥争いが存在する。


※〖Material of Blessing〗より引用。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ