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君に花束を、君に祝福を  作者: 四ノ明朔
序章【未だ白紙の英雄譚】
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四節〈あなたの声を聞いて〉/1

 髪を毟るように乱暴に頭を掴まれたとき、少年は目を覚ました。

 

 

「お前もバカだなあ。オレがまともに約束を守るヤツに見える?」


 

 目の前の男は、少年を落下させた張本人。

 彼が運んでいた残り二人の姿は見えない。

 状況から考えて、崩落に巻き込まれない場所に置いて来たのだろう。

 

 瓦礫に塗れた、おそらく一階。

 崩落の影響か、少年の身体は猛烈に痛みを訴えていた。

 動こうとすれば即座に痛みが走るため、もしかしたら骨折しているか、ひびが入ったのかもしれない。

 

 

「無視すんなよ。……いや、返事をするだけの元気がないのか。イカれてるつっても、まだまだ未熟なガキだっつーことだな──って、油断も隙もありゃしねえ。さっさと終わらせるか」

 

 

 まだ動かせる右手で短刀を作り、振るうが、いとも容易く止められてしまう。

 手首を捻られた少年は、元々あまり力が入っていなかったこともあり、すぐに短刀を手放してしまった。

 

 棍棒使いは少年の頭を放すと同時に、腹部を蹴り飛ばす。

 廊下の壁に叩き付けられ、肺から一気に空気が抜けた。

 それでも立ち上がろうとする少年の頭部に、先程の衝撃で再び崩れた天井の一部が直撃する。

 

 脳が揺れて身体を起こすこともできず、うずくまる少年に近づいた男は、彼の首を掴み、絞め上げた。

 

 足が地面に付かない。

 棍棒使いの力と、自分の体重が二重に首を絞めていく。

 唯一動く右手で彼の腕を握り、必死に抵抗した。

 しかし、彼の手は微動だにしない。

 


「冥土の土産に教えてやるよ。異能は、オレたちの世界じゃ基本、切り札として最後まで取っておくもんだ。人の口に戸は立てられねーからな。自分の情報が広まっちまえば不利になる。だから、目撃者は絶対に始末しないといけないわけ」

 

 

 息が吸えない。

 意識が徐々に遠退いていく。

 指に力が入らず、右手はただ腕に触れているだけになっていた。

 


「……ま、運の尽きってやつだぜ。十分頑張ったよ、お前は。だが、あと一歩足りなかったな」

 

 

 締め上げる力が、一段と強くなる。

 耐え切れなくなった少年が完全に意識を失おうとした、その時。

 

 

「──彼を、放しなさい!」

 

 

 突如、乱入者が現れた。

 

 棍棒使いの頭を包むように水の玉が現れ、彼の呼吸を妨害する。

 それによって思わず首から手を放したことで、少年は解放された。

 

 だが、それも束の間。

 すぐさま背の棍棒を抜くと、彼はそれを振り下ろそうとする。

 しかし、それを見越していた乱入者は、振り下ろされる前に少年を救助すると、棍棒使いから逃走する。

 

 

「……クソ、あの女か! まだ動けたのかよ……!」

 

 

 棍棒使いの頭部を包んでいた水がなくなった頃には、二人の姿は見えなくなっていた。


 

 

 

 

 比較的綺麗で頑丈な部屋に逃げ込んだ少女は、少年の身体を壁に預けさせた。

 酷い怪我だ。

 見る限り、派手な出血はしていないが、ほぼ確実に骨が折れている。

 彼がこのまま戦闘を続けるのは、限りなく難しい。

 

 

「……すみません」

「謝らないでくださいまし。貴方が時間を稼いでくださったおかげで、いくらか回復できましたの」


 

 その言葉に、嘘はなかった。

 けれど、あの男が倒せるまでではない。

 彼を倒すには、とある手段を取る必要があった。

 


「……時間がありませんわ。単刀直入に言います。──貴方、私に懸けてくださいませんか?」

 

 

 鮮やかな菫色の瞳が、少年の瞳を見つめている。

 宿している意志は、とても強かった。


 

「……わかりました」

「貴方には、かなりの負担をかけます。反対されるのは承知の上……って、いいのですか!?」

「一パーセントでも勝算があるのでしょう。そのためになら、何でもしますよ。それで、どうすればいいんですか?」

 

 

 予想外の答えに目を丸くする少女。

 しかし、すぐに切り替え、真剣な表情になる。

 

 

「わたくしに身体を預けてください。痛くしないように善処しますが……耐えてくださいな」

 

 

 そうして、少女は少年の身体を抱き寄せ──首に噛み付いた。

 肉ごと喰いちぎってしまうのではないかと思うほど、強く噛み付く少女。

 けれど、少年はそれにあまり痛みを感じていなかった。

 寧ろ、心地良い微睡みの中にいるような。

 快楽に近い感覚だったのだ。

 

 啜り、舐める水音が耳に届く。

 同時に、身体から力が抜けていく。

 反対に、少女は少年を潰してしまいそうなほど、強く抱き締めていく。

 

 その行為が終わる頃には、壁に預けていた少年の背は床に滑り落ち、少女が少年に覆い被さるような姿勢になっていた。

 

 

「……ご馳走様、ですわ」

 

 

 ようやく、か。

 滲んだ視界の中、少女を見上げる。

 少年の血で口を赤く染め、なおかつ、それを舌で舐めあげようとする仕草は何とも蠱惑的だった。

 

 少女は、乱れた髪を払う。

 割れた窓から入る月光に照らされ、銀色がきらきらと輝いた。

 

 

「さあ、反撃開始です! 行きましょう!」

 

 

 差し出されたのは、彼女の手。

 血で汚れてもなお、美しい手。

 

 鈍い動きでその手を取れば、少女は腰が抜けた少年を引き寄せ、支えた。

 

 

「ただ側にいてくださいな。今度は、わたくしが貴方を守る番です」

 

 

 その言葉に頷くと、彼女は微笑んだ。

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