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君に花束を、君に祝福を  作者: 四ノ明朔
序章【未だ白紙の英雄譚】
3/30

二節/2

 少女の肩と膝の裏に手を回し、素早く持ち上げる。

 幸い、筋力には自信があった。

 少女自身の体重が軽いこともあり、何の問題もなく抱きかかえると、少年は一目散にその場を逃げ出す。

 

 

「クソ、逃げやがった……って速えな!?」

「人一人抱えてアレかよ!」

「驚くのはいい! 追うぞ!」

 

 

 ただ、ひたすらに走る。

 走って、走って、走り続ける。

 

 気づけば、男たちとの距離は随分空いていた。

 やいのやいのと騒ぐ男たちの足は、それほど早くない。

 上手くいけば、このまま逃げ切れるだろう。

 

 道路を塞ぐように存在する瓦礫を登り、飛び降りる。

 その振動で正気を取り戻したのか、少女は少年を見上げた。

 

 

「……ここは。いえ、貴方は……?」

「詳しい説明は後で! 今は、凶器を持った男性三名から逃げています!」

 

 

 吹き飛ばされた衝撃で混乱しているらしい少女に、簡潔に状況を説明する。

 そうすると、少女は変わった口調でまくし立てる。

 

 

「男性……そうでしたわ! 貴方、お逃げくださいまし! 彼らの狙いは、わたくしです! わたくしを下ろせば、貴方だけは──」

「いや、それじゃ駄目なんです。『見られたからには、殺すしかない』と」

「それ、は……」

「だから、逃げるなら一緒に逃げましょう。その怪我じゃ、禄に歩けないはずです。おれは大丈夫ですから」

「……しかし」

 

 

 少年があの男たちの殺害対象に含まれてしまったことを知り、目を伏せる少女。

 彼女は今、自分のせいで少年が危機に瀕していることを悔み、自分自身を責めている。

 それは、どれだけ少年が励ましたところで変わらない。

 

 

「……なら、おれを手伝ってください。気づいたらここにいたもので、土地勘とか全くないんです。今も我武者羅に走っているだけで……」

「そう、なのですか?」

「はい。なので、おれが無事に逃げられる手伝いをしてほしいんです」

 

 

 力なく少年の服を掴む少女。

 暗い顔は晴れない。

 けれど、彼女は顔を上げた。

 


「わかりました。全身全霊でお力になりますわ」


 

 紫の瞳に宿る光は、並大抵の困難では折れない強靭な意志を感じさせる。

 立ち直った少女に、少年はこれからの方針を尋ねた。

 


「……彼らは狩人です。狩りの際には、入念な準備を重ね、獲物を逃さないようにしますわ。おそらく、そのうち、結界……壁のようなものに当たります。今、彼らがわたくしと離れても余裕そうにいるのは、いずれ追い詰められると高を括っているからです」

「つまりは、迎え撃つしかないと」

「……はい。わたくしが呼んだ助けが来るまでは、耐え忍ぶほかないでしょう」

「その『助け』の到着の目処は、付いていますか?」

 

 

 少女は、首を振る。

 戦況は、かなりこちらが不利らしい。

 

 そして、十数秒後、少女の言う『壁』が二人の前に立ち塞がった。

 不可視だが、押しても蹴ってもびくともしない強固なものである。

 


「これを壊すことは?」

「難しいですわ。万全の状態ならともかく、今のわたくしには──伏せて!」

 

 

 突如声を荒げた少女の指示に従い、少年は屈む。

 刹那、瓦礫が頭上を通過した。

 

 視線が通る場所にいてはいけないと悟った少年は、少女とともに物陰に隠れる。

 

 

「……外した」

「やーいド下手クソ。ノーコンなのは変わりまちぇんね〜」

「言ったな? なら、次はお前がやれ」

 

 

 悪びれもせず、お遊び感覚で話す男たち。

 少女が飛来する瓦礫に気づかなければ、今頃二人は圧死していただろう。

 あまりにも命を奪うことに慣れている三人に、少年は手に汗を握った。

 


「……今、あの方が瓦礫を飛ばした力は神秘。ご存じですか?」

「ある程度は。実際に見た機会は、あまりありませんが」

 

 

 この世界には、古くは夢物語だとされた『奇跡』が存在する。

 それが、《神秘》だ。

 

 神秘とは、自然法則を超越した現象の総称。

 また、それらを起こすこと。

 一般的に認識されているものでは、魔法や魔術、妖術、陰陽術、呪術、精霊術などが相当する。

 

 瓦礫を飛ばしたのは、使用者の筋力の操作か、重力・重量・風などの操作によるものだろう。

 そして、それができる時点で、殺傷性の高い術式の使用も予測可能だった。

 

 少年は周囲を見渡し、どこか逃げ場がないか探す。

 拓けた場所では、どう考えてもあの三人の方が有利だ。

 彼らを分断できる、または奇襲できるような場所。

 もしくは、例の『助け』が来るまで立て篭もれる場所が必要だった。

 

 

「……あなたは、何か神秘を扱えますか?」

「軽いものなら、一、二回ほど。攻撃術式を使用するほどの余裕はありませんわ」

「十分です。おれが合図をしたら、全力で目くらましをしてください」

「……承知しました。あとは、貴方におまかせします」

 

 

 積み重なった瓦礫の隙間から、とあるビルへのルートを想像する。

 しかし、それを辿るには、あの男たちの横を通り抜けなければいけない。

 

 彼らも殺しのプロだ。

 きっと、二回目は通じないだろう。

 チャンスは一度だけ。

 

 少女の身体をしっかりと抱きかかえ、呼吸を整えると、少年は物陰から飛び出した。

 


「ラッキー、獲物からやってきてくれたぜ」

「バカなガキどもだ……やれ」

 

 

 舌なめずりをする棍棒使い。

 嘲笑し、棍棒使いに支持を出す斧使い。

 術式を唱える剣使い。

 

 彼らの顔には、『今から反撃される』という思考は一つもないようだった。

 


「今だ!」

「──〝閃光よ!〟」


 

 少女がそう叫ぶと、まばゆい光が周囲を包む。

 動揺した剣使いは詠唱をやめ、残り二人も目を覆った。

 

 動きを止めた彼らの間を、目を瞑って走り抜ける。

 予めルートを決めていたことで、視界不良だとしても躓くことはなかった。

 

 光が止む頃、滑り込むようにして廃ビルの入り口を抜ける。

 そして、そのまま階段を駆け上がった。

 

 足元はかなり不安定で、崩落している箇所もある。

 光が入りにくい構造だからか、全体的に薄暗く、視界が悪い。

 悪路を踏破する訓練をしていなければ、少年は苦戦していただろう。

 

 

「取り敢えず、一度安全そうな部屋に立て篭もりましょう! あの『壁』みたいなものってできますか?」

「それほど長くは保たないでしょうが、可能ですわ」

「なら、それまでが勝負ですね……っと」

 

 

 ビルの最上階。

 その中でも損傷が少なく、丈夫そうな部屋に入る。

 

 やっと腰を落ち着けられた二人は、一度大きく深呼吸をした。

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