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君に花束を、君に祝福を  作者: 四ノ明朔
序章【未だ白紙の英雄譚】
26/30

十節/4

 外を見れば、空は赤く染まっていた。

 思っていたより長引いた検査の結果は、『異常なし』。

 何時間もかけておいてそれか、と文句を言いたくもあるが、容子からすれば、あれだけ無茶をしておいて異常がないの方がおかしいのだという。

 

 藍とリリスと合流し、ロビーへ向かう。

 ここから勇緋が住む八王子の僻地にあるマンションまでは時間がかかるため、車で送って行ってくれるそうだ。

 リリスも同様に、これから住む場所へ送られるらしい。

 

 藍が地下にあるという職員用の車庫に車を取りに行ってしまったため、勇緋はリリスと二人きりになった。

 

 

「どうでしたの? 検査とやらは」

「『異常なし』だって。でも、あの戦闘後に負傷が全部治ったことについては、まだわからないみたいだ。個人的には、異能が原因だと思ってるんだが」

「……そうですか。わかるといいですわね」

「わからなかったら、結構な恐怖体験じゃないか?」

「幽霊の仕業……なのかもしれませんわ」

「……それはない、多分。いや、絶対に。と、そうだ。そっちはどうだったんだ?」

 

 

 すると、リリスは、藍と非番の機関職員とティータイムを楽しんでいたのだ、と言った。

 検査室を出てすぐに合流したため、ずっと待っていたのかと思ったが、そうでもなかったようだ。



「楽しそうで何より」

「あら、嫉妬ですの?」

「いや、単純な感想だよ」

「ふーん。でも、残念でしたわね。彼女は貴方も誘おうとしていたようですけれど」

「彼女……?」


 

 機関の職員に、藍以外の知り合いはおそらくいない。

 ならば、あちらが一方的に勇緋のことを知っているだけなのだろう。

 


「『あの日のお礼』らしいですわよ。いつか招待するから、その時は必ず来てね、とのことです」

「ああ、あの人か。別にお礼とか気にしなくてもいいんだけど……」

「そういうものは、受け取るのが礼儀ですからね」

「わかってるよ」

 

 

 付け足された情報により、『彼女』とは昨日助けた二人のうち、女性の方だと見当つける。

 勇緋は彼女の名前を知らないので、具体的な名前を出すことはできないが、リリスも訂正しないことから、間違いではないのだと確信した。

 

 ふと、ロビーにいる人の目線が集まっていることに気づき、首から下げている入館許可証に触れる。

 


「珍しいのかな、一般人って」

「まあ、それもあるでしょうけれど……ねえ?」

「含みのある言い方を……わかってるなら教えてくれ」

 

 

 眉をひそめる勇緋を見て、リリスは笑う。

 

 機関職員にとって、施設内に一般人がいるというのは、珍しいにしても納得がいくことだろう。

 入社試験や外部から視察に来る者は一定数いるわけであるし、入館証を見れば、正式な手順でここにいるとわかるのだから、一目見るならばともかく、これほど見られることはない。

 しかし、現状このように見られているのだから、何か別の理由があるのだと類推するべきだ。

 

 おそらくは、機関内でも有名な一条藍に連れられてきたこと。

 その上、自他ともに認める絶世の美少女であるリリスがいること。

 そして、その間に挟まる少年が、いかにも『どこにでもいる普通の少年』という風貌なのが原因であるのだろう。

 根拠は、視線の七割型が男である点と、リリスと勇緋の距離が近づくほど視線が険しくなる点だ。

 つまりは、大体の原因は隣にいるこの男なのである。

 

 リリスは言わずもがな、藍も町中を歩けば何人も振り返るほどの美人だ。

 その二人に連れられ、あまつさえ仲良く話している冴えない少年。

 針のむしろで気まずそうにしているが、根本的な原因には気づきそうにない。

 

 敏感なのか、鈍感なのか。

 それとも、他人の感情を察するのが苦手なだけか。

 

 面白くなってきたリリスは、ここで一ついたずらをすることにした。

 

 

「ねえ、ユウヒ。ちょっと耳を貸してくださいまし」

「隠すようなことなのか?」

「いいから、早く」

 

 

 彼の肩を叩き、自分より十センチメートルは高い身を屈ませる。

 そこに言い表せない多幸感を覚えつつ、彼の耳へ口を近づけた。

 

 

「それはですね……ひ・み・つ、ですわ」

「……ろくなことじゃなかった」

「『教えてあげる』とは、一言も申しておりませんもの。わたくしは悪くありませんわ」

 

 

 苦言を呈しながら耳を抑えて立ち上がった勇緋の姿に、リリスは余計なことに気づく。

 

 

「……あら。もしかして、貴方──」

「それ以上の詮索はなし。特に何もないから、本当に」

「暴露してるのと同じですわよ、それは」

 

 

 そういえば、息が当たった時に僅かに肩が震えていたのだったか。

 使いやすい弱点を見つけた、と内心心躍った。

 

 

「……でも、耳だけですのね。寝てるときに色々触ってましたけれど、まったく反応しませんでしたし……」

「……待ってくれ。聞き捨てならない言葉が聞こえたんだが」

「あっ……いえ、その……やましいことはありませんわよ。医療行為ですわ、医療行為」

「なるほど、ちなみにどんな?」

「……脈を測ったり、タオルで体を拭いたり、マッサージしたり」

「正直に」

「嘘は言ってませんわ! 下心はありましたけれども!」

「……寝込みを襲うのはどうかと思う」


 

 下唇を噛んで、何も言えなくなるリリス。

 勇緋の言い分は最もである。

 

 いや、しかし。

 命の恩人の世話を献身的にするというのは、どちらかといえば美談であり、褒められるべき行為ではないだろうか。

 たとえそれが、彼に対する下心というか、色情的なものを含んでいたとしても。

 

 

 一方、勇緋としては、それが完全な昏睡状態時に行われていたことに少し安堵した。

 なぜならば、勇緋は他者よりもとても鋭敏に感覚を拾ってしまう体質だからである。

 

 そのため、大きな音や急に触れられることは不得意で、どうしても身体が反応してしまう。

 自身が最大に苦手なものも、この体質が起因していると見ていい。

 

 もし、リリスが半ば覚醒状態であった時に触れていたのだとしたら、恥をかく始末になっているだろうという想像は容易かった。

 それを口に出してしまえば、彼女は学習してしまうので何も言わないが。

 

 だがしかし、リリスはすぐにこの体質を知ってしまうことになる。

 今の勇緋には、そんな未来を知る術はなかった。

 

 そうして、やいのやいのと話す二人の背後から声がかかる。

 

 

「何をしているんですか、お二方」

「いえ、何でもありませんわ。そうでしょう?」

「え……はい、何でもないです」

 

 

 『何でもない』と言い切るリリスに動揺する勇緋だが、横から小突きが入ったため、彼女に同調することにする。

 疑わしく見つめる藍の視線から目を背けると、溜息を吐いた彼女は身体を翻した。

 

 

「……いいでしょう。外に車を止めているので、こちらにどうぞ」

 

 

 導かれるまま、二人は藍の車に乗り込む。

 彼女らしい無駄のない流線型の自動車だ。

 

 近年、電気自動車が完全に普及したこともあり、ガソリン車やディーゼル車は見る影もなくなった。

 ハイブリッドは偶に見かけるが、それも後三年もしたら見かけなくなってしまうだろう。

 

 勇緋が後部座席の左側、リリスが右側、藍は運転席に座った。

 マンションの位置はわかっているから、案内は必要ないらしい。

 

 左後ろにあるシートベルトを引き抜き、固定していると、隣に座るリリスがあたふたとしていた。

 

 

「右後ろ。金具が付いたベルトがあるから、それをここに挿せばいい」

「右後ろ……これですわね。……挿さりませんわ」

「表裏が逆だな」

 

 

 むうと唸りながら、リリスがどうにかシートベルトを装着できたことを確認すると、藍は車を発進させる。

 静かな駆動音を鳴らしながら、夕闇の街中を走っていった。

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