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君に花束を、君に祝福を  作者: 四ノ明朔
序章【未だ白紙の英雄譚】
24/30

十節/2

 第一多目的室と書かれた表札が下がる扉の前で、勇緋はリリスと別れた。

 これから、他の職員とともに施設内の見学に行ってくるらしい。

 

 思えば、勇緋はリリスの事情を何一つ知らない。

 どうして、あの場所にいたのか。

 どうして、彼らに追われていたのか。

 彼女は、いったい何者なのか。

 

 単に訊く暇がなかっただけであるが、こう思い至ってしまえば、訊きたくなってしまう。

 好奇心は人並みにあるのである。

 

 しかし、今はそれより優先しなければいけないことがあった。

 


「どうぞ」

「失礼します。すみません、お待たせしました」

「いえ、お気になさらず。そこの席にお座りください」

 

 

 ノックをすれば、中から藍の声が聞こえる。

 言われるがまま、彼女の対面の席に腰を下ろした。

 

 

「さて、御剣さん。体調の方はよろしいですか?」

「問題ありません。……丸一日寝ていたらしいので」

「何度か確認しに行きましたが、驚くほど起きませんでしたね。それほど疲れていた、ということなのでしょう」

「そんなに寝てました……?」

「それはもう、ぐっすりと。しかし、戦闘終了後に体内MEの欠乏で寝込むのはよくあることですし、他の方々の事情聴取を先に済ませておいたので、そこまで困ることもありませんでしたよ」

「そうですか……それでも、申し訳ありませんでした。……ちなみになんですけど、『ME』って何ですか?」

「ああ、『Mystery Energy』すなわち神秘的エネルギーの略称です。長いので、口頭では省略されがちなんです」

 

 

 《神秘的エネルギー》とは、神秘を使用する際に消費されるエネルギーである。

 魔力や霊力、呪力、気力などと称される概念と同様のものだ。

 また、体内神秘的エネルギーと環境神秘的エネルギーの二つにわけられる。

 

 体内神秘的エネルギーは、生命体である限り、必ず宿しているものであり、自身では知覚できず、外界からの干渉が必要だ。

 消費した場合は、外部から神秘的エネルギーを取り込むことで回復する。

 枯渇すると生命活動に支障を来すらしい。

 大体は、ある程度の危険域まで減少すると昏睡状態に陥るらしく、そこに至ることは少ないようだ。

 

 対して、環境神秘的エネルギーは、世界に存在する神秘的エネルギーのことだ。

 世界そのものが絶え間なく一定量生産しているため、減少した場合は、時間経過で回復する。

 地域によって存在する量が異なり、『ME濃度』として表され、濃度が極端に高い、あるいは低い場所は生命体にとっては毒ガスを浴びているにも等しいようだ。

 

 東京は、龍脈の上にあるからか、ME濃度が高い。

 比較して高いというだけで、問題になるほどではないらしいが、一部の過敏な体質の者は体調を悪くすることもあるという。

 しかし、これは世界的に見ても特例であり、基本発展した都市はME濃度が低い傾向にある。

 


「機関関係者でなければ聞く機会もあまりないですから、耳馴染みがなくとも仕方ありません。御剣さんは、どちらかといえば『霊力』の方が慣れているでしょう」

「……知っているんですね、あの人のこと」

「そうですね。貴方のことを聞いたのは、彼女からですから」

 

 

 それはそうだ、と勇緋は納得する。

 神楽高等学園への入学ができたのも、『あの人』の力添えがあったからこそだった。

 

 

「さあ、余談はここまでにして、本題に入りましょう。昨日、貴方はどうしてあの場所にいたのですか?」

 

 

 書類とペンを手に、藍は問う。

 勇緋は、包み隠さずにすべてを話した。

 

 悪夢を見て、落ち着くために外を出歩いていたこと。

 ふと声が聞こえて、探し歩いたこと。

 噴水に引きずり込まれ、気づけば空中を落下していたこと。

 リリスと出会い、彼女を救うために動いたこと。

 三人組を退けたが、その後現れた男に殺されたこと。

 そして、異能を覚醒させたこと。

 

 時に挟まる藍の追求に答えながら話していれば、聴取が終わったのは二時間後のことだった。

 

 

「……わかりました。何か気になる点はありますか? 可能な限りお答えしますが」

「えっと……じゃあ、リリスのことなんですけど」

「それは、彼女本人に聞く方が良いでしょう。私から話すのは、少し不躾ですから」

「……なら、あの男性のことをお願いします」

「……彼、ですか」

 

 

 書き終わった筆記用具を机に置くと、藍は彼について語り始める。

 

 

「彼の名は、『ヘルメス』。通り名であり、本名ではありません。稼業は傭兵であり、盗みや誘拐、殺人など、報酬さえあれば何でもやります。我々も長年追っていますが、特殊なルートで依頼を受けているらしく、中々尻尾を掴めていないのです」

「長年って、どれくらいですか?」

「二十年近くですかね。当時から容姿が変わっていないので、幻想種か、それに相当する者だろうと予想されています」

「それは、()とか……そういう人ならざるもの、ということですよね」

「ええ。しかし、鬼ではないと思いますよ。西洋よりの方ですから、妖精や亜人の類いでしょう。と、すれば、やはり捜索の手は()()()()()()に回さなければいけませんね……」


 

 《幻想種》というのは、妖怪や魔物と呼ばれるような特異な生物の総称だ。

 基本はこちらの世界ではなく、別世界におり、一般人が見ることは早々ない。

 それは、機関がこちらの世界とあちらの世界──《鏡面世界》を隔離しているからだという。

 

 重々しい顔持ちで、藍は手を組んだ。

 

 

「偶然とはいえ、御剣さんも『こちら側』に足を踏み入れてしまった以上、幻想種やならず者との接触は避けられません」

「鏡面世界を知った……いいえ、世界の境界を越えたから、ですか」

「はい。我々のような逸脱者と一般人は、見える世界が異なります。そして、その違いも知覚できる」

「だからこそ、これからも巻き込まれ続けることになる……と」

 

 

 ゆっくりと、藍は頷いた。

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