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君に花束を、君に祝福を  作者: 四ノ明朔
序章【未だ白紙の英雄譚】
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十節〈まだ届かぬ我が夢へ〉/1

 気づけば、勇緋はベッドに横たわっていた。

 清潔な白い布団と枕。

 鼻につく消毒液の臭いから、ここが医療機関かそれに類似した施設であると予想がつく。

 というより、この見覚えのある天井から察するに、機関の医務室だろう。

 

 ゆっくりと身体を起こし、ベッドの下に揃えられていた靴を履き込むと、パーテーションから顔を出した。

 気配がしなかったことから、薄々予想していたが、今の医務室には誰もいないらしい。

 

 しかし、勇緋がここで寝ていた以上、あの事件は解決しており、更に、わざわざ危険な場所へ向かったことを、リスや容子に知られているはずだ。

 大した怪我はしていないが、命が危ぶまれることに首を突っ込んだのは事実である。

 

 ゆえに、絶対に怒られる。

 もしくは、文句を言われてしまう。

 短い関わりだが、二人の人となりはよくわかっていた。

 

 逃げるという選択肢は、この後聴取が控えている関係上取れないものであるし、寝たふりをしてやり過ごすことは、現実的ではない。

 怒られることが特別嫌だというわけではないが、人間として、避けられるものなら避けたかった。

 さて、どうしたものか。

 

 元来嘘を吐くのは得意ではないし、上手く誤魔化せる言葉も浮かばない。

 素直に謝れば、とも思ったが、それで許してくれるほど、あの二人は単純ではないだろう。

 

 万事休す。

 勇緋に逃げ場はないのである。

 八割型自業自得であるのだが。

 

 仕方がない。

 大人しく誰かが来るまで、待っていよう。

 

 ソファに腰掛け、置かれていたクッションやぬいぐるみを手持ち無沙汰に弄り回しながら、時間の経過を待つ。

 時計の短針は十二時すぎほどを指しており、勇緋は五時間ほどは眠っていたことになる。

 普段は夜の九時には寝て、翌日の五時には起きる生活を送っているため、これでもまだ寝足りないくらいだ。

 これといった趣味もなく、強いて言うならば日課の鍛錬と読書、料理くらい。

 機械類の操作は不得意で、携帯端末はもっぱら連絡手段兼ネットニュース確認装置である。

 容子に『健康すぎる』と言われる所以は、こういうところなのだろう。


 そうして、約十分ほど経つと、外から足音と話し声が聞こえた。

 リリスと容子のものだ。

 何と言うべきか、と今更頭を悩ませていると、引き戸ががらりと音を立てて開けられる。

 


「まったく、あの方はどうしてこう──」

「どうしたの? って、ああ……」

「……おはようございます」

 

 

 何事もなかったかのように会釈し挨拶する勇緋。

 突然のことに固まるリリス。

 後から入り、状況を把握したことで遠い目になる容子。

 

 三者、皆どう言葉を発していいかわからず、互いの間に沈黙が滞る。

 肩をわなわなと震わせ、叫びたくなる気持ちを我慢し、リリスは一つ絞り出す。

 

 

「……とりあえず、そこに正座しなさい」

「はい」

 

 

 そして、三十分に渡る説教──というより、勇緋への文句が始まったのであった。

 

 そもそも、御剣勇緋は機関実働部戦闘課を志望しているといえど、まだ神楽高等学園に入学してすらいない『一般人』である。

 数奇な運命により、今この場にいるが、機関施設とは本来機関関係者しか立ち入れない聖域。

 勇緋はここにいるべきではない者なのだ。

 

 その上、非推奨とされる世界喰らいとの積極的な戦闘行為。

 今回は怪我を負わなかったとはいえ、大問題に値する行為である。

 

 今は、あくまでも『一般人』。

 守られるべき立場なのである。

 

 

「……わかりまして? 今後、こういうことはしないように」

 

 

 床の上に正座したまま、勇緋は素直に頷く。

 だが、彼は同じ状況になれば、また危険を顧みずに動くのだろう。

 勇敢なのか蛮勇なのかわからない少年を前に、リリスは溜息を吐いた。

 

 

「まあ、結果として助かった人がいるのは事実だし。そこは褒めてあげましょ」

「しかし……」

「こういう子には叱るのはあんまり効かないのよ。一番効くのはね……」

 

 

 口角を上げ、目を細めた容子が、悪い笑みを浮かべて言う。

 

 

「次やったら、リリスちゃんがみっともなく泣き叫ぶよ?」

「ええ……?」

「それは……! その、卑怯じゃありませんこと!?」

 

 

 思いがけない彼女の発言に、リリスは顔を真っ赤にして怒る。

 いくらリリスが、勇緋に向けて、あまり大きな声で言えない感情を覚えているように見えるとしても、それを盾に迫るのはいかがなものなのだろうか。

 というより、彼の勘が良ければ余計な勘繰りをされかねないのでは。

 

 そう思い、リリスが後ろを振り返ると、まったく何もわかっていないような顔の勇緋が正座を続けていた。

 彼は、恋愛での察しはそれほど良くないらしい。

 

 胸を撫で下ろしたリリスは、背を向けていた勇緋へ振り返る。

 

 

「恥も外聞もなく泣き叫ぶようなことはしませんが……友人が怪我をしたら、心配したり、悲しんだりしますわ。なので、きちんと約束を守るように」

「……友人? 誰と誰が……?」

「は?」


 

 だんだんと足を踏み鳴らし、近づいたリリスが、勇緋の肩を掴む。

 そして、前後に揺らし始めた。


 

「乙女の純情を弄んで……! いくら奥手と言えども限度がありますわ!」

「あ、その……いや、出会って一日で友人はまだ早いんじゃないかなと……」

「普通の一日と、今回のような一日では密度が違いますわ。密度が。その日出会った人でも、一日中遊園地で遊び回れば友人でしょう? それにレディーに恥をかかせるのは紳士の名折れですのよ。肝に命じておきなさい。……というより、貴方。それで、今までどうやって友人を作ってまいりましたの?」


 

 その問いに、勇緋は固く口を閉ざしたまま答えない。

 

 

「……何か言ったらどうです。十五年生きてきたのなら、友人の一人や二人くらいいるはずですわ」

 

 

 それでも、彼は何も答えない。

 

 

「……まさか、本当に誰一人としていらっしゃらない?」

「いや、いるはずだ。流石にそこまで孤立していたわけじゃない。多分、きっと。今、具体的に人の顔を思い出せないだけで」

「それは『いない』と言っているのと同義では?」

「……そんなことはない、と思いたい」

「自信なさげではありませんか」

 

 

 鋭い指摘が勇緋の心を痛烈に刺す。

 

 彼女の言う通り、勇緋には『友人』と言える人物は限りなく存在しない。

 良くて、よく話しかけてくれる人。

 もしくは、知人なのである。

 

 ともに遊びに行ったりだとか、食事をしたりだとか。

 楽しく会話したりだとか、同じ時を過ごすだとか。

 そういう『友人』らしい行為の一切を、勇緋は体験したことがなかった。

 

 

「……その、苦労していますのね」

「やめてくれ……同情が一番辛い……」

 

 

 哀れみの目を向けるリリスから、逃れるように顔を背ける。

 彼女の視線は、針のように鋭利だった。

 

 そんな勇緋の様子を見て、リリスは少しだけ顔を綻ばせた。

 顔と雰囲気に反して、年頃らしい振る舞いもできるようだ、と。

 

 

「……仕方ないですわね」

 

 

 小さくひとりごちると、リリスは勇緋の前に屈んだ。

 

 

「友と言えるものがいないのならば、これから作ればいいでしょう? ですから、わたくしが初めての『友人』ですわ。光栄に思いなさい」

 

 

 ほら、と手を差し出される。

 女性らしい華奢なその手を、ためらいながらも取った。

 すると、微笑んだ彼女に手を引かれ、立つ。

 自分より、少しだけ小さな背丈。

 勇緋は、今更ながらに、目の前の少女が『少女』であることを明確に感じた。

 

 

「ねえ……と、そうでした。わたくし、貴方を何とお呼びすればいいか、考えておりましたの」

「呼び方……?」

「ほら、日本の方々って、人と距離を置きがちでしょう? ですから、許可なくファーストネームで呼ぶと、あまり良く思われないのです」

「なるほど。そういうの、おれは気にしないから、ヴィオレットさん好きなように──」

 

 

 そう言いかけたところで、目の前に指が突き出される。

 

 

「その『ヴィオレットさん』というの、やめていただけません? 折角友人という立場になるのであれば、それ相応の呼び方がいいのですけれど」

「……なら、リリスさん」

「もっと」

「……リリス、ちゃん?」

「こっ恥ずかしいですわ。もっとあるでしょう」

 

 

 リリスは腕を組み、流し目で勇緋を見る。

 そのような目で見られてしまえば、彼はそれに逆らうことはできなかった。

 

 

「……リリス」

「ふむ、上出来ですわね。ならば、こちらも『勇緋』と呼びましょう」

 

 

 得意気に笑った少女は、再び勇緋の手を取ると、小指と小指を組み合わせる。

 

 

「では、これは友人との約束です。『危険なことをしない、無理をしない、相談する』……守っていただけます?」

「善処する」

「……強かですわね。まあ、いいでしょう。嘘であったのなら、針千本飲ませますわ」

「きみもきみでそれなりに強かだと思うんだが……ああ、いいよ。千本くらいならどうにかなる」

「初めから破ること前提では?」

「常に最悪の事態を想定しているだけ。普通だよ、ふつう」

「それは絶対に違います」

 

 

 彼女は、呆れたように溜息を吐いた。

 特におかしいことを言ったわけではないのに、と不思議に思っているらしい勇緋の顔が滑稽に思えて、口元が緩む。

 表情が硬いだけで、どちらかと言えば感情は豊かな方なのだ。

 彼のそういうところが、堪らない。

 ()()()と同じ、そういうところが。

 

 けれど、顔には決して出さないようにする。

 それは、まだ彼には知られてはいけないのだから。

 

 何でもないように、リリスは勇緋の手を話し、思い出したかのように話す。

 

 

「色々ありましたが、わたくしたちは貴方が起きているか確認しに来ましたの。昨日の事情聴取を行わなければなりませんから。別室で一条さまが待っていますわ。案内いたしますから、付いてきてくださいな」

「了解……ん? ()()

 

 

 リリスの発言で、ある違和感を覚え、勇緋は壁掛け時計を見上げる。

 古き良きアナログ時計の針は、十二時半過ぎを示している。

 まさか──

 

 

「ああ、言っていませんでしたか。貴方、丸一日寝こけていましたの。このまま起きないのではないかと、心配しましたわ」

 

 

 つまり、今日は四月四日の正午ではなく、四月五日の正午。

 あの事件から、一日以上経過しているわけだ。

 あまりにも早い時の流れに、勇緋はただ口を開けることしかできなかった。

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