八節/5
世界喰らいは、死んだ。
もう、戦いは終わった。
そう自覚した瞬間、一気に力が抜ける。
仰向けに眠るように、座り込んだ。
握っていた太刀が空気中へ霧散していく。
異能を解除するつもりはなかったのだが、疲労が限界なのだろう。
あの武器の維持には、それなりに気を遣っている。
なにせ、本来は重さも形もない光を一つにまとめて作っているのだ。
まともな形を作れるようになるまで、約半年。
そこから、手に馴染む武器を作れるようになるまで、約一年。
そこまでできたとしても、初めの頃は短刀すら一時間かけてやっと、というほどで、とても実戦で使える状況ではなかった。
即座に生み出せるようになったのは、ひとえに師の厳しい指導によるものだ。
しかし、その師でもこの力については、何も語らなかった。
そして、勇緋は、自分でもどうしてこんな力を扱えるのかを、理解していなかった。
世界喰らいにより、床に縫い付けられた時。
この部屋と廊下を隔てるように張られていた結界を見つけた時。
死から蘇り、あの槍斧の男と相対した時。
勇緋は、不意に、『切れる』と思ってしまった。
何トンにも上る重力を。
どんな攻撃をも弾く結界を。
肉厚な刃と鋭い穂先を持つ槍斧を。
──いや、違う。
切れるのは、それらそのものではない。
それらに宿る、『神秘』を切れる。
そう、思ったのだ。
根拠は、何もなかった。
けれど、どこか確信していた。
その力の名は、『我が王冠よ、清廉潔白に導け』。
勇緋の異能により作り出された武器に宿る、『神秘』を否定する力。
一度触れれば、作り上げた時間も、注ぎ込んだ資源も、実体の有無すら問われずに、すべてが無に帰る。
神と同一視されることもある天使の名に相応しい、常識外の性能だった。
それを使ったことで、勇緋は結界を切ってこの部屋に侵入することができ、押し潰そうとする重力も切り捨てることができた。
結果、護送係の二人を間一髪で助け、世界喰らいも討伐できたというわけだ。
しかし、異能にこのような特異な力──異能そのものが特異な力ではあるのだが、輪をかけて『特異』ということ──があるということは知らなかった。
散々調べたと思っていたのだが、やはり一般人が閲覧できる資料だけでは限界があるらしい。
勇緋は、深く息を吸った。
数時間前に見ていたのは、夜明け空だったというのに、今はひび割れたコンクリートの天井を見ている。
一日に三度も騒動に巻き込まれ──否、首を突っ込んだせいで、気力はそれほど残っていない。
指先一つ動かすのも、少し辛い。
そういえば、ろくに眠れていなかったのだったか。
やけに意識が朦朧としている。
身体が自分のものではなくなっていくような。
意識と身体が、引き剥がされていくような。
どこか、心地良いような。
けれど、その感覚に、どこか危機感を覚えていた。
しかし、その危機感すらも、まどろみへ誘われていく。
自分と世界の境界は曖昧に。
『形』も『意味』も忘れて。
──ああ、おれは誰だったか。
「……あらあら、解けかけているじゃない。まったく、目覚めて半日も経っていないのに……無茶しすぎだわ」
頭上から、少女の声が聞こえた。
まだ幼い、おおよそ十歳ほどの少女の声だ。
彼が思うのもなんだが、機関は子どもがいるような場所ではない。
正式に所属できるのは特例を除き十八歳以上のみで、訓練生だとしても十五歳以上でなければいけない。
十歳ともなると、訓練生側の規定も満たしていないし、職員の子どもだとしても、今の状況で避難していないのは不自然だ。
ならば、彼女は何者なのだろうか。
ぼやける視界の中、錆びついた金色の髪が揺れる。
細い指が頬をなぞった。
「仕方ないわね、わたしが直してあげる。また会ったよしみでね。でも、もうこれきりよ? 次は自分でどうにかしなさいな」
また、会った?
その声に、聞き覚えはない。
その少女とは、初対面のはずだった。
けれど、どこか知っているような気もしたのだ。
「……さあ、あなたに意味を与えましょう。あなたの名前は『御剣勇緋』。十五歳の男の子。緋い髪、緋い瞳。人の為に生きることしかできない、可哀想なもの。空っぽで、底なしで、どうしようもないほど愚かなお人形さん」
薄れていた意識が徐々にはっきりしていく。
ずっと遠く響くように聞こえていた少女の声も、近くにいるように感じ始める。
「証明しなさい、あなたの『形』を。証明しなさい、あなたの『意味』を。力は、もうそこにあるわ」
──そうだ、おれは。
おれの、名前は……──
解けていた境界は明瞭に。
世界の色彩は鮮明に。
透明が色づいた。
「……今日は疲れたでしょう。おやすみなさい、ユウヒ。次に起きたときは、何もかも忘れてしまっているでしょうけど……また、会いましょうね」
視界が、少女の手で覆い隠される。
温かな掌の熱が伝わった。
あまりにも穏やかなそれに、勇緋は抵抗することなく眠りにつく。
深く、深く。
誰にも、邪魔されないほど深い眠りに。
最後に、また一人、声が聞こえた。
「……終わったのか?」
「ええ、もちろん。心配することないわ」
少女と親しげに会話する声の主は、おそらく少年で。
そして、やはり、なぜか──知っているような気がした。
けれど、何も思い出せない。
まるで、記憶を奪われてしまったかのように、憶えていなかった。
この懐かしさ以外は、何も。
そうして、勇緋は糸を切られた操り人形のように眠りに落ちたのだった。
◇我が王冠よ、清廉潔白に導け
触れた贋作神秘を消去する力。
不可視であっても、贋作神秘の存在を認識していれば消去可能。
発動させる形状は自由であるが、神秘的エネルギー特有の光は変更できない。
※〖Material of Blessing〗より引用。




