八節/2
相対する限り、等級は三級二体と、二級一体。
二人で対処するのは、骨が折れるどころか粉砕されるほとだ。
警報は鳴らない。
機関の警報は、渡り門の開閉を感知するものであり、世界喰らいそのものを感知するものではないからだ。
そのため、司令部は現状を把握していない。
援軍の派遣も、避難勧告も行われることはないだろう。
だから、金嗣はまず司令部へ通信を行おうとする。
鏡面世界ならばともかく、現実世界でならば電波が繋がる。
幸い、ここは都市の中心部で、機関の総本山。
救援は、素早く到着できるはずだった。
実際は、二級渡り門の対処で皆出払っており、連絡したところで数時間の耐久が始まるのだが──それは、無事に連絡できた場合の話だ。
金嗣がインカムに触れ、声を出そうとした瞬間。
二級を囲むように鎮座していた三級世界喰らいの腹部らしき部位が、不自然に膨張する。
「ヤバそう……!」
手を出さず観察していた輪廻は、本能的に危険を察知した。
小型化していた錫杖を引き抜き、床に突き立て、即席の結界を張る。
詠唱を飛ばした簡略的なものだが、ないよりかはましだ。
そして、それは弾けた。
二体の自爆に、結界は耐え切れず破壊されてしまう。
爆風が吹き荒れ、衝撃が襲い来る。
壁に激突し、瓦礫に塗れながらも、金嗣は何とか意識を保ち続けた。
それは、爆発の直前に輪廻が庇ってくれたお陰であった。
自身に覆い被さるような姿勢で、彼女は気を失っていた。
爆風をもろに受けたため、見るも堪えないほどの傷を背中に負っている。
だが、浅いながらも呼吸はしていた。
輪廻を抱え、瓦礫の山から抜け出した金嗣は、彼女の錫杖と同じように小型化していたショットガンを引き抜く。
これは機関が独自に開発したものだ。
通常のショットガンと異なり、実弾ではなく、神秘的エネルギーを使用した弾丸を作り出す。
やり方次第では、神秘的エネルギーは異能でも代用が可能だ。
実弾では、世界喰らい相手となると効き目が薄い。
刃物も同様で、機関では対世界喰らい用の武器がいくつか製造されている。
対物用ともなると話は別になるのだが。
ショットガンの銃口を残った二級──ではなく、三級二体の残骸に向けて放つ。
あれらは、まだ死んでいない。
世界喰らいが生命活動を停止すれば、即座に肉体は霧のように分解され、核結晶を残して消失する。
しかし、あの二体の肉体はまだ残っていた。
それはつまり、まだあの二体は生命活動を終えていないということで。
更に言えば、また何か起こす可能性が高かった。
金嗣の予想通り、残骸は再び動き出す。
破片がそれぞれ集まりだし、六つの塊を作り出した。
「『おかわり』っつーことかよ! しかも分裂しやがって……!」
理不尽な再生に苛つきを隠さず、正確な射撃で回復中の六体を破壊しようとする。
二級個体がまだ動いていなかったことも幸いし、四体までは完全に殺すことができた。
だが、五体目に差しかかったとき、回復を終えたらしいそれが金嗣に飛びかかった。
自身の異能を使用し電撃を発生させ、紙一重で攻撃を避ける。
その隙に、もう一体は通路の方へ抜け出してしまった。
他の職員が逃げ出してくれていることに掛けて、金嗣は相対する世界喰らいの討伐に注力する。
先程爆発した二体を元にして作られたこの個体は、分裂した影響が、等級が大幅に下がっているようだった。
およそ、六級上位から五級下位。
金嗣が輪廻を抱えたまま戦闘を継続できているのも、これが理由だ。
瓦礫をレールガンの要領で投げ飛ばし、援護射撃で足止めをする。
爆発により停電した部屋は暗闇で、数メートルも離れれば何も見えない。
世界喰らいはこの暗闇の中でも、正確に金嗣の姿が見えているらしく、頭部は常に金嗣の方を向いていた。
かと言って、全体を照らそうとすれば、沈黙した二級の虎の尾を踏みかねない。
今は瓦礫レールガンの一瞬の発光で、どうにか把握しているが、ずっとこのままでは負担が大きい。
輪廻ほど重傷ではないとはいえ、金嗣も爆発により脚を負傷している。
仮にこの個体を倒したとして、二級を対処するのは不可能だ。
加えて、輪廻の治療も行わなければいけない。
辛うじて生きているとはいえ、傷は致命的に近い。
合間合間にかけている回復術式は、雀の涙だった。
二級がこのまま置物と化しているのなら、一度撤退して大勢を立て直そう。
司令部への通信はおざなりなものだったが、異常が起きたことは把握しているはず。
数時間前の金嗣と同じように、非番の職員を呼びつけてくれているだろう。
十三投目にもなる瓦礫が世界喰らいの腕らしき部位を抉り、間髪入れずに頭部を射撃する。
怯んでいる間に十四投目を投げ飛ばそうとして、五体目が死亡していたことに気づいた。
二級は、まだ動かない。
これは好都合、と後方へ走り出した。
そこで、金嗣はようやく異常に気づく。
開けていたはずの通路が塞がってしまっていることに。
嫌な汗が噴き出た。
当たった感触からして、この壁はコンクリートではない。
おそらく、結界に似たものだ。
結界に、似たものでなければいけないのだ。
しかし、しかしだ。
もし、これが本物の結界だとしたら。
それは、世界を揺るがすことになる。
『世界喰らいは、神秘そのものを扱えない』
これは、世界共通認識。
誰でも知っている常識だ。
世界喰らいにも、特異な能力らしきものは存在する。
だが、それは物理現象に由来したもので、無から有を作り出す神秘ではない。
炎を生み出せるのも、空を飛べるのも、爆発するのも、そうなるような仕組みがあるからだ。
だが、結界は、『仕組み』として説明するには、いささか神秘側によりすぎている。
不可視の壁。
ガラスでも空気でもなく、ましてや認知を違えさせているのでもない。
ただそこに──『不可視の壁』がある。
ふと、金嗣は思い至る。
停電前に見た、世界喰らいの姿。
それは、まるで醜悪な巨人のようだった。
ああ、そうか。
人型だったんだ。
鎮座していたそれが、動き出す。
袋小路の鼠を追い詰めた猫のように牙を剥き、理解できない言語のような音を発している。
それはいつか、笑い声のようになった。
堪らず銃弾を乱射し、全力で電撃を叩き込んだ。
だが、それは何もなかったように、こちらへ近づいてくる。
逃げようにも、逃げ場がない。
避けようにも、避けられない。
まともに動くのは片足だけ。
先程のような回避も、これ相手には通用しそうになかった。
高速で頭を回転させ、どうにか生き残る道を探す。
その最中、巨体が腕を薙いだ。
巨木の丸太と見紛うほどのそれは、無慈悲にも金嗣を殴り飛ばす。
速さと質量が乗ったその一撃に耐えられるわけもなく、金嗣は壁に叩きつけられた。
挽肉にならなかったのは、直前で電撃により勢いを多少殺したからだろう。
それでも、叩き付けられた側の骨は折れているし、反撃した側の腕は皮一枚でようやく繋がっているくらいなのだが。
瀕死の輪廻と、到底戦えそうにない金嗣。
そんなことお構いなしに追撃を行おうとする怪物。
巨大な手が二人を押し潰そうと振り上げられた。
最後の抵抗とでもいうように、金嗣は輪廻も含めて雷電を纏う。
手を焼け焦がせたなら上々。
そこまで行かなくとも、多少の時間稼ぎができたのならば御の字だ。
そして、風を切って、その手が振り下ろされる。
目をつむることなく、金嗣はその光景を見ていた。
だから、それを捉えることができたのだ。
視界の端に、閃光が迸る。
──自分の黄金ではなく、純白の光が。




