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君に花束を、君に祝福を  作者: 四ノ明朔
序章【未だ白紙の英雄譚】
15/30

七節/2

 容子は、感嘆にも似た溜息を漏らした。


 あの学校に入学できる時点で、大なり小なり皆狂っている。

 一介の中学生に『死ねますか?』と訊いているのと同じなのだ。

 『はい』と返ってくる方がおかしい。

 約十年この組織に務めているが、ついぞこれだけには馴染めなかった。

 

 彼らは、まだ十五そこらの子どもだ。

 普通は、スポーツや趣味や恋愛に明け暮れて、偶に勉強をして過ごすはずなのだ。

 

 そんな子どもたちが、戦場に立つために『殺すための技術』を学ぶ。

 嫌々ではなく、意欲的に。

 

 神秘なんてファンタジックなものだけじゃない。

 銃火器や刃物、ときには薬物だって使う。

 

 ここは、きらきら輝くステージじゃない。

 砂塵と火の粉が舞う戦場だ。

 

 きっと、大多数の子どもはこの本質を理解していない。

 

 神楽高等学園は、残酷なことに子どもに対して滅法優しい。

 貸与型の奨学金制度によって、在学中は授業料も生活費も支給される。

 校舎近くには機関が所有するマンションがあり、ほぼ学生や教員、機関の職員の寮として使われている。

 マンションの周りにはコンビニやスーパー、公園、その他生活に必要な施設は大抵揃っている。

 まるで、鳥籠だ。

 

 甘い蜜に誘われた小鳥は、まんまと罠に引っかかる。

 鳥籠の中で何も知らないまま成長し、ある程度大きくなってから、小鳥たちはやっと自分たちの状況を知るのだ。

 周りには、自分たちの敵しかいないことを。

 

 だから、やるしかないと腹を決める。

 そうして、学んだ技術を胸に戦場に立つ。

 その覚悟を決めた頃には、もう小鳥たちは立派な鷹になっている。

 

 けれど、彼は違かった。

 彼は。

 御剣勇緋という少年は、初めからわかってここにやってきた。

 

 死ぬことも、殺すことも。

 すべてわかった上で、自分から鳥籠の中に入ってきたのだ。

 

 今まで、そういう子どもがいないわけではなかった。

 賢い子どもは、そういうところによく気づく。

 その上で、そうするしか選択肢がないから、そうすることを選ぶ。

 

 だからこそ、キミはおかしいんだ。

 

 

「ねえ、勇緋くん。キミは、どうしてここに来たの?」

 

 

 容子は、何でもないように問う。

 ただの世間話として、軽く。

 真面目な話にならないように。

 

 だって、ほんとのことを聞いてしまったら。

 私、きっと泣いちゃうから。

 

 

「……人を、助けるためです。『誰かを救える人になりなさい』、それが両親の教えなんです」

 

 

 何でもないように、勇緋は答える。

 これは、紛れもない本心だった。

 

 

「そうなんだ……立派、だね。キミも、ご両親も」

「ありがとうございます。そう言っていただけると、二人も嬉しいと思います」

 

 

 手に持ったコーヒーの水面が揺れる。

 それは、いつの間にか冷めてしまっていた。

 

 

「……ごめん、ちょっと淹れ直してくるね。勇緋くんも、お茶のおかわり要る?」

「いえ、大丈夫です」

「そう? わかっ──」

 

 

 瞬間、大きな揺れが二人を襲う。

 離してしまったマグカップがコーヒーを撒き散らしながら、床に落ちて転がった。

 

 地震か。

 いや、それにしてはおかしな揺れだった。

 あまりにも単発的すぎる。

 

 勇緋は、この揺れに似たものを知っていた。

 しかし、本当に『それ』なら、事態は一刻を争うだろう。

 早く手を打たなければ。

 

 そして、数秒も経たない間に、医務室の電灯が切れる。

 明るかったはずの空間は、突如暗闇に包まれた。

 

 

「何が起こってんの……!? 館内放送は!」

「……どこかで爆発が起きました。多分、地下の方だと思います」

「……そういうこと。電気通ってたら二次被害起きるから消したってわけね」

 

 

 異能でいくつか光を作り出し、医務室内を照らすと、コーヒーを淹れ直すために離れていた容子が駆け寄ってきた。

 

 

「今司令部から連絡が入った。キミたちが戦った吸血鬼狩りの護送中に、何か起こったみたい。襲撃か事故かはわからないけど……」

「ここは安全なんですか?」

「……ううん、もっと上の階に行った方がいい。今、戦える人はほとんど出払ってる。非番が駆け付けてくるのを待つしかないの」

 

 

 容子は、とあるパーテーションの方へ顔を向ける。

 そこは、仮眠用のベッドが置かれている場所だった。

 

 

「リリスちゃんは私が背負っていく。申し訳ないけど、勇緋くんは先に上に行ってて。エレベーターは使えないから、非常用階段でね」

「……わかりました」

 

 

 勇緋が一つを残して光を消すと、入れ替わりで容子が光を作り出した。

 

 

「心配しないで。少しくらいなら、私も使えるの。リリスちゃんは、私が送り届けてみせる。だから、早く行きなさい」

「……すみません、お願いします」

 

 

 後ろを振り返りたくもなるが、容子の決意を無駄にすることはできず、勇緋は彼女の言う通りすぐに階段へ向かう。

 階段の場所は、藍と医務室へ向かう途中で把握していた。

 エレベーターを出た、突き当たり。

 重い鋼鉄の扉を開けた先に、それはある。

 

 足元の僅かな光で照らされた廊下を走り抜ける。

 異能の光があると言えど、視界は暗い。

 鼓動が激しくなることを自覚した。

 

 十秒もかからずに、勇緋は鉄扉の前に辿り着いく。

 鍵が掛かっていないことを確認してから、ゆっくりと開けあ。

 非常用階段には、何もない。

 人の声も、気配も、何もなかった。

 

 やはり、現場は地下。

 それも、おそらく三階だろう。

 

 あの鏡の部屋は、この施設とあの場所を繋いでいる。

 護送すると言えども、別のルートを使うのは考えにくい。

 もし、入り口は違うとしても、出口は同じになるはず。

 

 

 勇緋は、深く息を吸い込んだ。

 地下の状況は不明。

 救助の予定も未定。

 生きて帰れるかは、わからない。

 

 それでも、行くしかない。

 否、行くべきなのだ。

 

 容子は、『護送中』と言っていた。

 つまり、護送する対象と護送を行う者。

 最低四人はいるはず。

 

 たとえ、自分を殺そうとした人だとしても、勇緋は助けられる人を見捨てることはできない。

 護送を務める機関職員は尚更だ。

 

 それに、容子とリリスが上階へ避難する時間を稼ぐ必要がある。

 容子はお世辞にも戦闘に慣れているとは言えなかった。

 リリスも、目覚めるまで、まだしばらく時間が必要だろう。

 二人を守りながら戦うのは、勇緋としても少し難しい。

 

 そうであるならば、今救助兼足止めとして先行していた方が理に適っている。

 無論、ただ死ににいくようなことはしない。

 第一に救助、第二に足止め、第三に避難である。

 

 勇緋は、また一つ光を作り出し、握った。

 それは球体から棒へと変化し、棒から刀へ変化する。

 最も使い慣れた形である太刀。

 

 だが、今の勇緋は、それをもう一段階変化させることができる。

 

 

「──〝光あれ〟」

 

 

 光が圧縮されるように集まり、そして拡散する。

 生まれ変わった『それ』の刀身は白く、けれど透き通っていた。

 

 まるで、ガラス細工のような美しさを誇るその刀を握り締め、勇緋は階段を駆け下りる。

 きっと、助けられると信じて。

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