七節/2
容子は、感嘆にも似た溜息を漏らした。
あの学校に入学できる時点で、大なり小なり皆狂っている。
一介の中学生に『死ねますか?』と訊いているのと同じなのだ。
『はい』と返ってくる方がおかしい。
約十年この組織に務めているが、ついぞこれだけには馴染めなかった。
彼らは、まだ十五そこらの子どもだ。
普通は、スポーツや趣味や恋愛に明け暮れて、偶に勉強をして過ごすはずなのだ。
そんな子どもたちが、戦場に立つために『殺すための技術』を学ぶ。
嫌々ではなく、意欲的に。
神秘なんてファンタジックなものだけじゃない。
銃火器や刃物、ときには薬物だって使う。
ここは、きらきら輝くステージじゃない。
砂塵と火の粉が舞う戦場だ。
きっと、大多数の子どもはこの本質を理解していない。
神楽高等学園は、残酷なことに子どもに対して滅法優しい。
貸与型の奨学金制度によって、在学中は授業料も生活費も支給される。
校舎近くには機関が所有するマンションがあり、ほぼ学生や教員、機関の職員の寮として使われている。
マンションの周りにはコンビニやスーパー、公園、その他生活に必要な施設は大抵揃っている。
まるで、鳥籠だ。
甘い蜜に誘われた小鳥は、まんまと罠に引っかかる。
鳥籠の中で何も知らないまま成長し、ある程度大きくなってから、小鳥たちはやっと自分たちの状況を知るのだ。
周りには、自分たちの敵しかいないことを。
だから、やるしかないと腹を決める。
そうして、学んだ技術を胸に戦場に立つ。
その覚悟を決めた頃には、もう小鳥たちは立派な鷹になっている。
けれど、彼は違かった。
彼は。
御剣勇緋という少年は、初めからわかってここにやってきた。
死ぬことも、殺すことも。
すべてわかった上で、自分から鳥籠の中に入ってきたのだ。
今まで、そういう子どもがいないわけではなかった。
賢い子どもは、そういうところによく気づく。
その上で、そうするしか選択肢がないから、そうすることを選ぶ。
だからこそ、キミはおかしいんだ。
「ねえ、勇緋くん。キミは、どうしてここに来たの?」
容子は、何でもないように問う。
ただの世間話として、軽く。
真面目な話にならないように。
だって、ほんとのことを聞いてしまったら。
私、きっと泣いちゃうから。
「……人を、助けるためです。『誰かを救える人になりなさい』、それが両親の教えなんです」
何でもないように、勇緋は答える。
これは、紛れもない本心だった。
「そうなんだ……立派、だね。キミも、ご両親も」
「ありがとうございます。そう言っていただけると、二人も嬉しいと思います」
手に持ったコーヒーの水面が揺れる。
それは、いつの間にか冷めてしまっていた。
「……ごめん、ちょっと淹れ直してくるね。勇緋くんも、お茶のおかわり要る?」
「いえ、大丈夫です」
「そう? わかっ──」
瞬間、大きな揺れが二人を襲う。
離してしまったマグカップがコーヒーを撒き散らしながら、床に落ちて転がった。
地震か。
いや、それにしてはおかしな揺れだった。
あまりにも単発的すぎる。
勇緋は、この揺れに似たものを知っていた。
しかし、本当に『それ』なら、事態は一刻を争うだろう。
早く手を打たなければ。
そして、数秒も経たない間に、医務室の電灯が切れる。
明るかったはずの空間は、突如暗闇に包まれた。
「何が起こってんの……!? 館内放送は!」
「……どこかで爆発が起きました。多分、地下の方だと思います」
「……そういうこと。電気通ってたら二次被害起きるから消したってわけね」
異能でいくつか光を作り出し、医務室内を照らすと、コーヒーを淹れ直すために離れていた容子が駆け寄ってきた。
「今司令部から連絡が入った。キミたちが戦った吸血鬼狩りの護送中に、何か起こったみたい。襲撃か事故かはわからないけど……」
「ここは安全なんですか?」
「……ううん、もっと上の階に行った方がいい。今、戦える人はほとんど出払ってる。非番が駆け付けてくるのを待つしかないの」
容子は、とあるパーテーションの方へ顔を向ける。
そこは、仮眠用のベッドが置かれている場所だった。
「リリスちゃんは私が背負っていく。申し訳ないけど、勇緋くんは先に上に行ってて。エレベーターは使えないから、非常用階段でね」
「……わかりました」
勇緋が一つを残して光を消すと、入れ替わりで容子が光を作り出した。
「心配しないで。少しくらいなら、私も使えるの。リリスちゃんは、私が送り届けてみせる。だから、早く行きなさい」
「……すみません、お願いします」
後ろを振り返りたくもなるが、容子の決意を無駄にすることはできず、勇緋は彼女の言う通りすぐに階段へ向かう。
階段の場所は、藍と医務室へ向かう途中で把握していた。
エレベーターを出た、突き当たり。
重い鋼鉄の扉を開けた先に、それはある。
足元の僅かな光で照らされた廊下を走り抜ける。
異能の光があると言えど、視界は暗い。
鼓動が激しくなることを自覚した。
十秒もかからずに、勇緋は鉄扉の前に辿り着いく。
鍵が掛かっていないことを確認してから、ゆっくりと開けあ。
非常用階段には、何もない。
人の声も、気配も、何もなかった。
やはり、現場は地下。
それも、おそらく三階だろう。
あの鏡の部屋は、この施設とあの場所を繋いでいる。
護送すると言えども、別のルートを使うのは考えにくい。
もし、入り口は違うとしても、出口は同じになるはず。
勇緋は、深く息を吸い込んだ。
地下の状況は不明。
救助の予定も未定。
生きて帰れるかは、わからない。
それでも、行くしかない。
否、行くべきなのだ。
容子は、『護送中』と言っていた。
つまり、護送する対象と護送を行う者。
最低四人はいるはず。
たとえ、自分を殺そうとした人だとしても、勇緋は助けられる人を見捨てることはできない。
護送を務める機関職員は尚更だ。
それに、容子とリリスが上階へ避難する時間を稼ぐ必要がある。
容子はお世辞にも戦闘に慣れているとは言えなかった。
リリスも、目覚めるまで、まだしばらく時間が必要だろう。
二人を守りながら戦うのは、勇緋としても少し難しい。
そうであるならば、今救助兼足止めとして先行していた方が理に適っている。
無論、ただ死ににいくようなことはしない。
第一に救助、第二に足止め、第三に避難である。
勇緋は、また一つ光を作り出し、握った。
それは球体から棒へと変化し、棒から刀へ変化する。
最も使い慣れた形である太刀。
だが、今の勇緋は、それをもう一段階変化させることができる。
「──〝光あれ〟」
光が圧縮されるように集まり、そして拡散する。
生まれ変わった『それ』の刀身は白く、けれど透き通っていた。
まるで、ガラス細工のような美しさを誇るその刀を握り締め、勇緋は階段を駆け下りる。
きっと、助けられると信じて。




