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君に花束を、君に祝福を  作者: 四ノ明朔
序章【未だ白紙の英雄譚】
14/30

七節〈フォーティチュード・オア・ギルト〉/1

 ──文京区にて、危険度二級渡り門が開門。一級、二級の許可証を持つ実働部戦闘課及び支援課の職員は、ただちに現場に急行してください。繰り返します。文京区にて……──

 

 繰り返しになった段階で、ポケットに入れていた携帯端末を引き抜く。

 画面には、放送とは異なる文面だが、『文京区にて、危険度二級渡り門が開門した』という状況が説明されていた。

 

 機関の日本本部は、千代田区に存在する。

 文京区は隣の区だ。

 警告が表示されていることから察するに、現場はかなり近いのだろう。

 

 藍はハンガーに掛けていた機関の制服を羽織ると、機敏に医務室を飛び出した。

 

 

「容子さん、二人をお願いします!」

「了解! 気をつけてね!」

 

 

 事情を深く訊く間もなく、藍の背は暗闇の中に消えていく。

 半ば確信に近い状態だが、確実に知るべく、勇緋は容子に問う。

 

 

「いったい、何が起こったんですか……?」

「現れたの。知的生命体の敵、世界喰らい(ワールド・イーター)がね。さっき二人で話してたでしょ?」

「はい。ですが、まさかこんな急に現れるなんて……」

「それが東京……いや、人が集まる大都市の性ってやつ。まだこっちに来て日が浅いキミには、馴染みがないとは思うけど」

 

 

 勇緋は、先程の藍との会話。

 そして、今まで調べてきた情報を思い返した。

 

 世界喰らい。

 《渡り門》を越え、この世界の外から襲来する凶悪な怪物。

 一説では、知的生命体の発展の停滞を阻止するために存在しているとされる。

 

 神秘的エネルギーと呼ばれる力を捕食するため、生物を襲う。

 人間が積極的に襲われるのは、生物の中では比較的多くの神秘的エネルギーを保持しているからだという。

 

 からだが黒一色であること、黒血という体液を持つことが共通する特徴であり、その他は個体の種類ごとに異なる。

 形状が現存生物に類似するほど知性が向上し、人型ともなれば対話も可能になることが確認されている。

 

 退治するためには、世界喰らいの生命活動を終わらせる必要がある。

 生命活動を終えた世界喰らいは、《核結晶(かくけっしょう)》と呼ばれる透明な結晶体を遺し、消滅する。

 

 出現は基本都市部に限られているが、稀に山間部などの過疎地域に現れることがある。

 その場合は、かなり強力な個体であることが多いという。

 

 

「今回は文京区……でも二級か。完全閉門予定時刻は九時くらいかな。発生数が多くなければだけど。……と、いうことで。閉門まではここで私と一緒に待機ね、わかった?」


 

 容子の言葉に頷く。

 歯がゆいが、今勇緋が戦場に向かったところで、できることは何もない。

 それほどまでに、世界喰らいは強力な怪物だ。

 

 世界喰らいの危険度等級は、二十四時間放置した場合、どれだけ被害を及ぼすかという観点において、八段階に分けられている。

 一級は大都市、二級は中小都市、三級は町、四級は村。

 五級は大規模施設、六級は集団、七級は個人。

 そして、特級は国家。

 機関が存在しなければ、今頃両手で数え切れないほどの国が滅んでいただろう。

 

 渡り門の危険度は、《鍵》と呼ばれる個体の危険度に依存する。

 鍵個体は、その世界喰らいの群の中で一番強力な個体であり、指揮を行うこともある。

 鍵個体以外の世界喰らいは、鍵個体以下の等級しか現れない。

 

 また、群の規模は、鍵個体の等級には依存しない。

 渡り門自体の危険度が低くとも、個体数は膨大であることが偶にあるという。

 しかし、基本は鍵個体の等級に比例しているようだ。

 

 今回の渡り門の危険度は二級。

 つまり、中小都市が滅ぶほどの力を持つ鍵個体が現れる。


 おそらく、六級を討伐できるか、できないかというほどの実力しかない勇緋には、まるで空の上のような話であった。

 


「……一条さんは、大丈夫なんでしょうか」

「うーん。絶対に、とは言えないなあ。でも、あの子、対世界喰らいに関しては、機関(うち)の中でも二番目三番目くらいには強いから。あんまり心配しすぎることはないよ」

「え……?」

「ありゃ、もしかして聞いてなかった? ……そりゃそうか。藍ちゃん、ああ呼ばれるの嫌いだからなあ」

 

 

 まだ少ない彼女との時間の中で、思い当たる一つの単語。

 それは、とある男が言い放った言葉だった。

 

 

「……もしかして、『光の戦乙女(ヴァルキュリア)』ですか?」

「そう、それそれ。光を纏って戦場を駆ける美女、だからヴァルキュリア。そう言い始めたのは、同期だったか、先輩だったか、後輩だったか。二つ名制度は魔術師側の文化だから、欧州(あっち)の人だったかなー……。ま、あの子自身は、いっつも『嫌』って言ってるんだけどね。定着しちゃってるから、みんな呼んじゃうわけ。……これ、本人には言わないでね?」

「はあ……」

 

 

 コーヒー片手に、容子は茶目っ気たっぷりでウインクをした。

 アラフォーとは思えない若作りである。

 

 

「単純な戦闘力なら、上から数えた方が早いどころか、二位三位を争うレベル。一位が絶対的なだけなんだけど。対人戦だと相性問題で四位になっちゃうのが、惜しいところなんだよねー」

「……気になっていたんですけど、その一位とか二位とかって、何の順位なんですか?」

「んー? ああ、序列のことね。機関内での対人戦の成績だよ。上から十二番目までが特殊な任務を与えられるの」

「対人戦……ということは、序列は高いけど、世界喰らい相手の戦闘力は低い人も?」

「いるにはいるねえ。ま、上位勢はどっちも強いよー」

「なるほど……」

 

 

 手を顎に当て考える勇緋を見て、容子は内心ほくそ笑む。

 これは、彼に対してのサービス。

 どちらかといえば、()()のようなものだ。

 彼が知らないところで、容子たちは彼を嗅ぎまわっているのだから。

 

 容子は知っている。

 勇緋がどうして東京に来たのかを。

 それは、他ならぬ彼の入学書類を見たからであった。

 


「ねえ、勇緋くん。キミ、神楽学園の生徒なんでしょ?」

「……どうして、それを?」

「そりゃあ、機関附属の高校なんだから。機関の人間が知らないわけないじゃん」

「……それは、そうかもしれませんが」


 

 《世界神秘管理機関附属神楽高等学園》。

 機関が設立した、将来機関の職員となる人材を育てるための施設。

 問われるものは、一つだけ。

 それさえあるならば、学力で落とされることも、素行で落とされることもない。

 学力検査や面接はあるが、それは入学後の組分けの参考になるだけだ。

 そのため、記念受験や滑り止めとして受ける学生が後を絶たないらしいが──

 

 

「入学を許可されたってことは、あるんでしょ……命をかける覚悟」

 

 

 ただ、一つだけの条件。

 

 ──命をかけて、世界を守ることができますか?

 

 その問いは、きっと誰もが頭を悩ませる。

 

 面接官と一対一の状況。

 自分の心の奥底まで見透かすような視線。

 それまで無意識に逃げてきた、『死』を匂わせる言葉。

 

 けれど、勇緋はすぐに答えた。

 

 

「はい。勿論です」

 

 

 その正反対な赤と白の瞳を、爛々と輝かせて。

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