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君に花束を、君に祝福を  作者: 四ノ明朔
序章【未だ白紙の英雄譚】
13/30

六節/3

 間を開けて、ソファに座る。

 前にあるローテーブルには、いくつかの資料が置かれていた。

 

 

「さて、検査結果が出るまでの時間で、御剣さんには機関のことをご説明いたします」

 

 

 機関。

 正式名称は、《世界神秘管理機関》という。

 世間からは、基本『機関』か、英語表記を省略した『WMF』と呼ばれる。

 

 主な活動は、神秘の取り扱いの監視や指導、街中のパトロール。

 そして──《世界(せかい)()らい》と呼称される怪物の退治である。

 

 

「御剣さんは、世界喰らいについて、どのくらい知っていますか?」

「えっと……人口が多い都市部に現れることが多くて、一般人は太刀打ちできないほど強い力を持っている。そして、人間を積極的に襲う……くらいです」

「その認識で間違いありません。機関の人間ともなれば、もっと細かいことも知っていただく必要がありますが……御剣さんには、まだ必要ないでしょう」

 

 

 手渡された資料の中には、世界喰らいの写真が乗っている。

 

 夜を思わせる黒いからだ。

 既存の生物に似ているようで、まったく似ていない。

 街や人を襲う姿は、まさに怪物といった風貌だ。

 

 お世辞にも人が多いとは言えない地域に住んでいた勇緋は、実物を見た機会はそれほど多くはない。

 しかし、映像の中では幾度も見た。

 目が焼き切れてしまうのではないかというほどに。

 

 それに、藍が言わなかった『細かいこと』も、既に知っている。

 独自に調べただけであるから、一部間違った知識もあるかもしれないのだが。

 

 

「私たち機関は、この世界に生きる皆さんを()()()()()()()()存在しています。世界喰らいは勿論、神秘を不当に扱うものや、幻想種から」

 

 

 ──『守るために』、か。

 

 脳裏に過ぎる、戦場の臭い。

 砂塵と火の粉が舞い、炎の熱が肌を焦がす。

 すべて燃え尽きた世界の中で、()()は──

 

 

「……御剣さん?」

「……あ、すいません。少しぼうっとして」

「大丈夫ですよ。おそらく、一度落ち着いたことで今までの疲れが出たのでしょう。聴取を行う前に、仮眠でも取りましょうか。検査結果が出た後にはなりますが」

「……ありがとうございます」

 

 

 何とか誤魔化せただろうか。

 表面に浮かび上がってしまった『心』を押し留め、奥に沈ませる。

 

 やはり、まだ自分は未熟だ。

 もっと、完璧にしなければ。

 

 彼女だけには。

 彼女たちだけには、気づかれてはいけないのだから。

 

 見定めるような藍の目から逃れるように、資料を捲った。

 

 その後は、神秘と、その使用方法についての簡単な問答を行う。

 師に習ったものとそう相違はなく、つつがなく終わったのだった。

 

 

「お、そっちも終わったー? なら、検査結果を発表しまーす」

 

 

 パーテーションの裏から顔を出し、陽気な声でそう告げる。

 丁度検査が終わったらしい容子は、カルテを片手に、二人の対面にあるソファに腰を下ろした。

 

 

「えっとねー……まずは、怪我関連の話をしようかな。問診のときにも聞いたけど、勇緋くんは確実に三人プラス一人と戦闘したんだよね?」

「はい。リリスが目を覚ました後に訊けば、同じように答えると思います」

「疑ってるわけじゃないんだけどねえ……うーん、不思議だ。ほんとに傷痕一つ残ってないんだよ。気づいてないだけで、誰からか治療を受けたりした?」

「……いいえ。憶えている限りでは、誰からも」

「だよねえ。なら、やっぱり()()かなー」

 

 

 頭を掻いた容子は、藍を見る。

 彼女は首を横に振った。

 

 遅かれ早かれ、彼は自分の力に気づく。

 だが、まだ早すぎる。

 彼が自分の力を知ることで、()()()()()()()()()()()()は、何よりも避けなければいけなかった。

 

 だからこそ、藍は明かさないことを決断したのだ。

 それは、容子も同意見だった。

 

 

「……見当はついたけど、まだ不確実だから、確信したら後で連絡するね。はいこれ、私と医療部の連絡先」

 

 

 勇緋に渡されたのは、彼女の名刺だった。

 白を基調にした、いかにも医者らしいデザインである。

 


「じゃあ、次は血液検査の結果かな。……うん、はっきり言います。めっちゃ健康でした! 怪我の有無はちょっと気になるけど、モデルケースにしたいレベルの健康人間。ここまで整ってるなら、むしろ、人間じゃないみたい」

「そこまでなんですか……?」

「そこまでなんだよ。うちの序列一位様にも見倣ってほしいねえ」

「序列一位……?」

「身内の話です、気にしないでください。見木さんも、あまり部外者に内部の話をしないように」

「ごめん、ごめん。許して、この通りだから!」

 

 

 軽い態度で両手を合わせる容子を、呆れた態度で見つめる藍。

 どうやら初めてではないようだ。

 彼女も苦労しているらしい。

 

 

「まあ、それはともかくとして。こんなに健康な人なら、十六歳になったら是非献血を……って言いたかったんだけど、輸血経験あるんだよねえ」

「すみません……」

「いいの、いいの。その分、隣の人がやってくれると思ってるから!」

「見木さん……ええ、はい。やりますが……」

 

 

 藍が彼女に向ける呆れの視線が、より一層強くなる。

 『お疲れ様です』と反射的に口には出してしまいそうになるが、何とか抑えた。

 


「とりあえず、話すべきところはそんなとこかなー? 細かい結果はこっち。怪我の件は後で連絡するから、よろしくねえ」


 上半身を乗り出し、差し出された二枚の資料を受け取る。

 彼女の手が資料から離れたことを確認し、座り直そうとしたとき、宙に浮いていた手が勇緋の頭部に置かれた。

 咄嗟のことに、動揺して後退ってしまう。

 

 

「ありゃ、ごめんねえ。まさかそこまで驚かれるとは」

「あ……いえ。すみません、大袈裟でした」

「いやいや、こっちが全面的に悪いから。元々小児科医だった癖でねえ。良い子見ちゃうと、こう……手がねえ……?」

「そのうちセクハラで訴えられますよ」

「うっ……肝に命じておきます……」

 

 

 緩く結ばれた癖のある茶髪を垂らしながら、容子は頭を下げる。

 一日に二度も年上に頭を下げられるとは思っていなかった勇緋は、慌てて容子をフォローした。

 

 

「急なことに驚いただけで、嫌ではなかったです。なのでセクハラではない、と思います。……多分」

「言い切ってほしかったなあ、そこは! ……じゃあ、もっかいやってもいい?」

「え……?」

「やはり通報するべきですか……」

「私でもそろそろ泣くよ!? アラフォーのオバサンがみっともなく泣いちゃうよ!?」

 

 

 「最近の若い子は皆冷たいよお……」とさめざめと泣く真似をする容子だが、そこまで落ち込んでいるようには見られなかった。

 藍の対応も慣れたもので、淹れられたコーヒーを無言で啜っている。

 しかし、勇緋にとっては、年上が泣き真似をしている状態というのは、何ともいたたまれない空気であり、その空気を変える意欲があるのも勇緋しかいないとなれば、取れる選択肢は一つしかなかった。

 

 

「……どうぞ」

「えっ、いいの!? やったー!」

「いいんですか? その人、十八歳未満は皆『子ども』だと思っている方ですが」

「この空気がどうにかなるなら良いかな、と……」

 

 

 とてもだらしのない顔の容子が、ソファの後ろから勇緋の頭に触れる。

 そのまま、優しく撫で付けるように手が動かされた。

 

 

「聞いたよ? リリスちゃん助けるために、たくさん頑張ったんだってねえ。痛いのも怖いのも我慢して、人のために動く。それって、誰にでもできることじゃないんだよ。オバサン的には、『危険なことはするな』って言いたくなっちゃうけどねえ。でも、キミは紛れもなく良い子だよ。うちの子も、まだ八歳なんだけど……キミみたいに育ってくれると嬉しいなあ」

「……あの、これいつまで続きますか?」

「見木さんが満足するまでですね。長いと三十分はそのままですよ。実体験です」


 

 最早処刑とも言える藍の返事に、勇緋は許可を出したことを後悔していた。

 勇緋は、直接的に褒められることにあまり耐性がない。

 

 養父母はあまり言葉で愛情を示さない人たちだった。

 行動の節々から大きな愛が滲み出ているが、『愛している』や『好き』などは言わない。

 褒めるべき場所は褒めるが、それも最低限であり、躾は厳しい部類に入る。

 養母でありながら師匠でもあった彼女は、特にその傾向が強かった。

 

 勿論、恥ずかしがって言っていなかった、という可能性もあるが、勇緋が愛情を言葉で表現することに慣れていないのは事実。

 

 つまり──今の状況は、めちゃくちゃ恥ずかしいのである。

 

 心情が顔に出にくいという便利か不便かわからない能力さえなければ、今頃林檎もびっくりの赤面でうずくまっていただろう。

 今回ばかりは、この謎能力に感謝したい。

 

 ひたすら褒められ、撫で続けられるという、ある意味地獄のような状況が始まってから五分。

 遂に、容子の暴挙は藍を巻き込んだ。

 

 

「……ねえ、藍ちゃんもそう思うでしょ?」

「ああ、こちらにも飛び火が……そうですね、私としても御剣さんは好ましい方だと思いますよ。出会ってからまだ数時間ほどですが、誠実で丁寧な印象があります。感謝してもしきれない恩もありますし」

「だよね、だよね。ぱっと見はクールな子だなって思ったんだけど、意外と話しやすくてねえ。気遣いもできるとなったら、これはこれは……勇緋くん、学校でモテてるでしょ?」

「いえ、まったく……」

「嘘だあ。私が同い年だったら、絶対惚の字だもん。これはアレだね? 隠れガチ恋勢ってのが多いんじゃない?」

「私もそう思います」

「ないですよ、そんなもの……」

 

 

 藍による追撃は、アッパーカットのように重かった。

 現に、視界がくらくらと揺れ動き始めている。

 そろそろ止めなければ、意識が危ないだろう。

 『恥ずかしすぎて気絶するかもしれない』なんて、お笑いものの理由で、にはなるが。

 

 そして、口を開こうとしたその時。

 けたたましい警報音が各自の携帯端末と、施設のスピーカーから鳴り響いたのだった。

世界喰らい(ワールド・イーター)

 終末機構の一つ。

 知的生命体の発展の停滞を阻止するために存在しているとされる。

 

 全身が黒色であり、黒血と呼ばれる体液を持つ。

 上記二つ以外の特徴は個体によって異なるが、種類は存在している模様。

 

 神秘的エネルギー、及び神秘的エネルギーを保持する生物を捕食するために行動する。

 知性は、形状が現存生物に明確に類似するほど高くなる。

 また、人型は対話が可能であることが確認されている。

 

 記録上、初めて観測されたのは、西暦千年頃に起こった世界改編時である。


 ※〖Material of Blessing〗より引用。

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