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君に花束を、君に祝福を  作者: 四ノ明朔
序章【未だ白紙の英雄譚】
12/30

六節/2

 施設内は、一般的にイメージされるような『近代的な研究所』といった内装であった。

 壁には白い壁紙が貼られており、床はセラミックタイル。

 地下の部屋は、コンクリートが剥き出しになっている場合が多いようだ。

 

 先程まで勇緋たちがいた空間は地下三階であり、最下層。

 目的地である医務室は、地上一階。

 階段で上がることもできるが、そうする必要もないため、エレベーターで上へ向かう。

 

 

「……都会って凄いですね。初めて地下に入りました」

「都会だからあるもの、というわけでもないと思いますが……御剣さんの出身はどちらで?」

「岩手です。生まれは東京ですけど」

「なるほど。東京は土地の関係上、都市部では縦方向に伸ばすしかないですから。あちらと比べて、どこか狭いと思いませんでしたか? ……国内二位の面積を誇る県と比べるのは、酷かもしれませんが」

「確かに、何となく閉塞感は感じました。でも、活気があっていいと思いますよ。夜でも人がいっぱい出歩いているのは、新鮮でした」

「こちらの夜は危ないですよ」

「重々承知しています……」

 

 

 三階分上昇する間に行われる他愛もない会話。

 閉ざされたこの空間には、二人だけが存在している。

 数時間の騒がしさが、嘘のように静かだった。

 

 今、自分は本当にここに立って、そして、生きているのだろうか。

 呼吸も鼓動も正常だというのに、どこか浮足立ってしまう。

 思っていたより、自分は動揺しているらしい。

 

 勇緋は、他人事のように現状を再認識した。

 

 慣れない荒事、傷ついていく身体。

 そして、『死』を体験した記憶。

 それらは紛れもない事実であって、夢幻ではない。

 

 けれど、その事実を証明できるものは、それほど多くはない。

 最も証明となり得る生傷は、どこかに消えてしまった。

 頼れるのは、ともに経験したリリスと──隣に立つ彼女くらいだろうか。

 

 藍を一瞥すると、「どうしましたか?」と問われてしまう。

 誤魔化すように、即席の疑問を作り上げた。

 


「その……東京ではよく起こるんですか? 今回みたいなこと。大きな事件は、テレビや新聞で取り上げられるので、知っているんですけど……」

「それほど物騒ではありませんよ。一般の方々の目には、滅多に入りません。ですから、その点に関しては、他地域と変わりないでしょう。今回は、特例中の特例なんです」

  

 

 そう答える藍だが、それは『一般人は知らないだけで、よく起こっている』と言っているようなものだった。

 

 東京は、特異な都市だ。

 風水で言う龍脈と、龍脈が集まる龍穴の上につくられており、土地自体が様々な『もの』を引き寄せる。

 そして、引き寄せられた『もの』が、また別の『もの』を引き寄せる。

 東京の人口が多い理由の中には、この連鎖めいた現象も首を連ねていた。

 

 人が集まれば、荒事も多くなる。

 そこに人ではない『もの』も含められるのなら、尚更だろう。

 

 煌めくネオンの裏には、暗闇が隠されているらしい。

 

 間もなくしてエレベーターのメーターが3Fを示し、軽快な音とともに駆動を停止する。

 廊下は地下よりも大分暗く、足元の電灯しか付いていないかった。

 夜が明け始めて、まだ薄暗い外の方が明るいかもしれない。

 

 そこで、勇緋は、ふと違和感に気づいた。

 


「この窓、もしかしてマジックミラー……?」

「おや、良く気づきましたね。機関はそれなりに重要な施設ですから、余計な騒動をなくすために、外部から見れないようにしているんです」

 

 

 小型のライトを手にした藍が、先を歩きながら答えた。

 

 マジックミラーは、特殊な加工がされたガラスであり、暗い場所から見ると普通のガラスだが、明るい場所で見ると鏡のようになる。

 

 機関は、マスコミなどのメディアに張り付かれたり、何らかの目的を持つ者に襲撃されたりすることがあるため、このような対策をしているらしい。

 マジックミラーの性質上、内側を明るくすることができないため、外が明るくなるまで、施設内は基本暗いという。

 

 だから、大規模な事件以外の情報は漏れないのか。

 十数年来、組織として不明瞭だったことに納得がいく。

 

 そうしているうちに、藍はとある部屋の前で止まる。

 彼女が扉を三回ノックすると、内側から女性の声が聞こえた。

 

 

「おまたせしました」

「いーよ、いーよ。こっちも今準備終わったところだし」

 

 

 医務室と思われる部屋の扉を開けば、明るい光に包まれる。

 中で二人を待っていたらしき白衣の女性は、ひらひらと手を振ってきた。

 

 

「そっちの子が今回の患者さん?」

「はい。御剣さん、彼女は見木(みき)容子(ようこ)さん。医療部に所属する医者です」

「はーい、よろしくねえ」

「……よろしくお願いします」

 

 

 砕けた話し方をする容子に、少しうろたえながらも返事をする。

 年は、おそらく三十近く。

 確実に藍よりも年上だろう。

 


「勇緋くんはそこ座ってといてー、藍ちゃんはそっちー。ま、ほんとに簡単なチェックだけだから、緊張しなくていいよ。でも、採血はさせてね」

 

 

 誘導された場所にあった椅子に座り、容子が器具を用意するのを待つ。

 後方のソファには、藍が腰を下ろしていた。

 

 採血前の軽い問診と血圧の調査を終えると、彼女は注射器を持つ。

 

 

「はーい、ちょっとチクッとしますよー」

 

 

 慣れた手つきで刺された針が、勇緋の血管から血を採っていく。

 病院に行く機会もほとんどない勇緋が知る中では、これが始めての採血だった。

 


「勇緋くんは注射器ガン見するタイプなんだ。患者さんは、怖がって見ない人も多いんだけど」

「珍しいので、少し興味があって……」

「確かに、キミ病気とは無縁そうだからねー」

 

 

 採られた血や器具を片付けながら、容子はそう言った。

 先程の問診中、勇緋の健康そのもののような生活に驚いていたこともあるのだろう。

 勇緋が病院や医者を珍しがるように、医者は健康な人間を珍しがるのだ。

 

 トレーに入ったものを持った容子が、立ち上がった。

 

 

「じゃあ、結果が出るまでちょっと待っててねー。藍ちゃんとでも話しててよ」

「わかりました。お願いします」

「はいよー」

 

 

 そうして、容子はパーテーションの裏にある空間に消えていく。

 後ろを見れば、藍がこちらを手招きしていた。

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