ハロルド
読んでいただきありがとうございます。
誤字報告ありがとうございました。訂正しました。いつもすみません。感謝しています。
暫く学園は体調不良で休む事にした。ハロルド様の顔を見るのが辛い。マリエールがローズマリー様とハロルド様の事を調べて来てくれた。早いしどうやって学園の事を調べたのかしら。マリエールは有能だから学生に変装したのかしら。今度聞いてみよう。今は心の余裕がない。
二人は付き合ってはいないそうだ。ローズマリー様には伯爵家令息の婚約者がおられるようだ。ローズマリー様のお兄様の親友だという。
ハロルド様の片思いだ。失恋でいいのかしら。私はよそ見したハロルド様を許せるのかしら。苦しかった一年は短くはない。
ぐるぐると悩んでいたらマリエールがお茶を運んできた。
「お嬢様、はっきりハロルド様に言ってやったら良いじゃありませんか。貴方の気持ちは知っていましたよ。どうしたいのですかって」
「そうね、聞かないとわからないわね」
「婚約者がいるのにもかかわらず、たとえ心だけでも浮気をしたんです。お嬢様に分る様に。
相手の方にも婚約者がいるのに横恋慕したんですよ。それも一年という長い間です。きっと向こうのお嬢様だって視線に気がついておられますよ」
「そうよね、誰かに見られていたら気が付くし気持ちが悪いと思うわ」
「気持ちが悪いと思っているのなら良いんですが」
「聞こえなかったわ、何と言ったの?」
「お嬢様には今のまま綺麗な心でいていただきたいんですと申し上げました」
それから二日後にハロルドから見舞いに来たいと先触れがあった。リリエルは覚悟を決めて会うことにした。もちろんマリエールと護衛に応接室にいてもらうことにした。
ハロルドは花束とクッキーを携えてやって来た。相変わらず感情のない顔で。
「体調はどう?君がいなくて学園が寂しいよ」
「体調は大分回復いたしました。私がいなくても寂しくなんてありませんわよね。想い人がいらっしゃるのですから」
「な、何を言ってるんだ。想い人なんているわけないじゃないか。君という婚約者がいるのに」
「形だけの婚約者ですわ。興味も持たれていない。ハロルド様は私のことをどれだけご存知ですか?どんな花が好きとかどんな色が好きとか食べ物は何が好きとか、ハロルド様には私がどう見えていたのでしょうね。ぼんやりとした人形でしょうか。
何時も視線の先には彼女がいらっしゃった。あの方以外見ていらっしゃらなかった。とても辛い時間でしたが、気持ちを無くすには必要な時間でした。
彼の令嬢には婚約者がいらっしゃるのもご存知ですわよね。どうされたいのですか?一生あの方を見ていらっしゃるつもりでしょうからこの身は引きますし、婚約は破棄させていただきます。もう疲れましたのでご自由になさってくださいませ」
真っ青になったハロルドはこの時になって、どれだけこの少女を傷つけてきたのかやっと実感した。
「すまなかった。貴女のことは嫌いではなかった。婚約者として義務を果たせばいいと傲慢にも思ってしまっていた。大切にしなくてはいけなかったのに何一つ君のことを知ろうともしなかった。彼女とは何もない。ただ綺麗だなと美術品のような感覚で見ていた。邪な気持ちもなかった」
「ハロルド様には感情というものがないのですか。恋しくもないのにじっと見ているなど考えられません。綺麗だと思われていたならそれが全てです。私とは正反対の綺麗な方ですものね。
それなら仕方がありません。
私は追いすがるつもりはありませんのでご安心ください。
私達の婚約もこれで終わりです。貴方のことばかり見ていた私にはあの視線は恋をしているとしか見えませんでした。
傷ついた時間は無駄だった。虚しいです。十年間の貴方様の優しさは紛い物だったということですね。貴方様の有責で婚約を破棄させていただきます」
「すまなかった。出来るだけの事はしたいと思う。言い訳になってしまうが感情を出さない様に教育されて人の気持ちを慮れない様になっていたと君に言われてやっと気がついた。申し訳なかった」
「形だけの優しさが心を抉り続けたのです。わかっていただけたなら学園で会っても極力避けていただければと思います」
「もちろんだ。もしかしたら会うこともないかもしれない。では失礼する」
ハロルドはふらふらとした足取りで帰って行った。
部屋の隅で二人のやり取りを聞いていたメイドと護衛は拳を握りしめていた。泣きたいのを我慢しているのはお嬢様だ。これから旦那様の所へ行きお会いするように整えなければと感情を押し殺していた。
婚約が決った時のお嬢様の嬉しそうな顔を護衛は覚えていた。婿に入る分際であのガキは笑顔も見せなかった。あの綺麗な顔を殴ってやりたいと思ったことが何度もあったが、お嬢様の婚約者ということで我慢していた。
もう他人だ。思いは晴らさせて貰おうと密かに考えた。
ハロルドは屋敷に帰って父親に報告した。自分が馬鹿だったばかりに公爵令嬢を傷つけていたのにやっと気づいたと。
しかも婚約者のいる伯爵令嬢を美術品の様に見ていたと告白した。青くなった侯爵はすぐさま先触れを出し息子を連れて謝罪と慰謝料について話し合いに来た。
ハロルドの感情のない行いについて床に頭を突けて謝った。相手は公爵家だ。もっと気をつけていれば防げたのではないかと謝り倒した。
ハロルドは家から出し学園も辞めさせ騎士団に入れることにした。感情が欠落していたことに気が付かなかったのは親の落ち度だ。今のままでは人間として歪なままに人様に迷惑をかけるかもしれない。悪くすれば身を持ち崩すだろう。美貌だけはあるのだから。
爵位も嫡男に譲り領地に引きこもる事にした。唯まだ若すぎる嫡男の補助として目を光らせるのはやめなかった。ハロルドの二の舞は困る。
ハロルドは騎士団でしごかれながらようやく自分を見つけた様な気がしていた。
本当なら平民に落とされた時点で明日の食べ物にも困る所だった。貴族子息だったので基礎的な訓練は受けていたがそれまでだった。
下手をすれば攫われて売り飛ばされていたかもしれない。意地悪な先輩はいたが殴られても、感情が出ないせいで気味が悪いと相手にされなくなった。表面上は繕えるのだが本音が見えないせいで近寄られなくなった。
下っ端なのでトイレ掃除からだ。箒さえ持った事がないハロルドはとても手の掛かる新人だった。
三才下の孤児院出身の男の子が丁寧に教えてくれた。トムという騎士団員とは一生の仲間になった。トムは孤児院でも皆の兄のような存在らしい。
ハロルドは今迄の人生を恥じる様になった。リリエルに手を突いて謝りたい。彼女の幸せが自分の幸せだと思うようになり胸を掻きむしりたいほど悔いていた。
このまま一生独身を通すつもりだ。あんなに自分を思ってくれた人を平気で傷付けてしまった。
自分は生きていてもいいのかと思ったが簡単に死ぬことは親やリリエルに申し訳ないと思い直した。傲慢で感情のないハロルドは死んだ。人の役に立つ人生を生きよう。今の望みはそれだけだ。
ようやく反省のできる人間に生まれ変わりました。ハロルドへのざまあが手ぬるいなと思った皆様、申し訳ありません。次回でローズマリーの罪が明らかになります。