リリエル・カサンドラ
お立ち寄りくださりありがとうございます。短い物語です。読んでいただければ嬉しいです。誤字報告ありがとうございました。訂正しました。
彼を一方的に想い続けるのはもう限界だった。それも私ではない人をこの一年ずっと見ている彼を。
彼ハロルド様と婚約して十年だ。七歳で初めて顔合わせした時に一目で恋をした。彼はサラサラの銀色の髪で紺色のパッチリとした瞳、色は透き通るように白く鼻筋が高く薄い唇。こんな綺麗な人がこの世にいるなんて信じられなかった。それも将来の夫になる人なのだ。対して私は金色の髪に紺色の瞳、王族に近いから金髪は当たり前の様に近くにいた。顔も整っているがそれだけだ。
私は神様とお父様に感謝をした。ハロルド様と比べれば私は見劣りする。この日から私は自分磨きを頑張ることにした。外見も中身も相応しくいられるように。
その時ハロルド様がどう思っているなど考えもしなかった。
多分がっかりされていたのだろうけど私の家は公爵家、ハロルド様の家は侯爵家で次男、いずれ家を出て婿養子先を探さないといけない立場だ。五歳下に弟がいるので私は家の持っている伯爵家を継いで女伯爵になる。侯爵様は次男の婿入り先に丁度いいと釣り書を持ってこられたのだと思う。
年頃の王女様がいれば王家でも良いと思っていたに違いない。ハロルド様はそれほどに綺麗だったのだから。しかし侯爵家は堅実だった。格上の公爵家の縁続きになる事を次男で確実にした。
ハロルド様は毎月のお茶会には必ず花とお菓子を持参し人気の小説の話などを話して場を和ませてくれた。プレゼントもこまめだった。領地に出かけたとお土産を持ってきてくれたり、誕生日にはリボンや髪飾りなどを贈ってくれた。だからつい油断してしまった。彼の心は自分に向いているなどと誤解をしてしまったのだ。
婚約して二年経った頃だろうか、ハロルド様が何処か遠くを見ているような気がしたのは。会えば優しく微笑み、話も聞いてくれる。でもそれだけだ。瞳に情は無い。
婚約者なのだから歩み寄りたいと思っていた。これが貴族の婚約、先にあるのは結婚だからと友愛でもいいから側にいたかった。
気がついていたのに婚約者という立場を利用して離れなかったのは私だ。
十五歳になり社交界にデビューするとエスコートは彼の役目になった。夜会の日はドレスや宝石だってちゃんと贈ってくれた。でも彼の色ではなかった。これでは私が侮られると考えてくれることは無かったのだろう。ドレスは可愛らしいピンク色だったので裾に緑色の刺繍を我が家のメイドに刺して貰った。
宝石が真珠だったので銀色の髪の色だと思うことにした。当日の貴方のタキシードは黒だったので私の髪の色の金色のピンブローチを襟元に着けさせて貰った。
ハロルド様は困った様な顔をしていた。ドレスが綺麗だよと言ってくれたけど、ドレスは私ではないわ。それなのに私はまだ諦められなかった。
貴方が決定的に嫌いになるようなことをしなかったから。
貴族学園に入り私達は一年生になった。学園でも夜会でも貴方が見ているのは一人の令嬢。その人をいつも目で追っていた。私とは正反対の華やかで美しい人。彼女は伯爵令嬢でお兄様が二人いらっしゃったはず。伯爵家は継げないから何処かの貴族にお嫁入りされなければいけないのに、彼女を想ってどうされるのかしら。
騎士か文官になられて結婚されたいのかもしれない。早く虚しい初恋にけりを付けて次に歩き出さなければと思うけれど、婚約解消ってどうすればいいの。
ハロルド様の心変わりはいつも見ている私だから分かったこと。そもそも私なんかを思っていたという事実さえない。
でも婚約者だったのは本当のこと。他の人を想っているハロルド様も現実だ。婚約は家と家の契約だ。不貞されても我慢しろと言われたら私は身動きが取れない。
屋敷に帰ってメイドのマリエールにお茶を淹れて貰おう。そして落ち着いてこれからのことを考えてみよう。きっと何か打つ手があるはずだ。
学園でハロルド様が声をかけてきた。私達は同じクラスだ。そして彼女ローズマリー伯爵令嬢は隣のクラス。美人だから目立っていたのだろう。それで惹かれたのかもしれない。一緒にいるところを見なくて済んで良かった。
「リリエル、顔色が悪いよ。医務室に連れて行こう」
「体調が良くないの、今日は早退するわ」
「心配だから送っていこう」
「貴方まで授業を抜けなくてもいいわ、家の馬車が待っているはずだから心配しないで」
「じゃあ馬車のところまで送らせてほしい、倒れたら大変だ」
(上辺だけで優しくしないで欲しい。貴方が原因でこうなっているの、早く離れたいのよ)とは言えず仕方なく馬車のところまで送ってもらうことになった。
屋敷に着いたらマリエールが飛んできた。
「お嬢様お顔の色が悪いです。お部屋に帰ってお着替えしましょう。お医者様に診て頂きましょうね」
「マリエール、着替えたら貴方のお茶が飲みたいわ。お医者様はそれからでいいわ」
部屋に帰ると制服を脱いで室内着に着替えた。ソファーにゆったり座りマリエールの淹れた紅茶を飲んだ。ほっとしたら涙が出てきた。
「誰ですか?お嬢様を泣かせたやつは、このマリエールが潰しに行ってきます」
私はマリエールに今までの心の中にあった澱のような苦しさを打ち明けた。
マリエールは小さい頃から私付きのメイドで護衛も兼ねている。五年前我が家の前でボロボロで捨てられていたのを私が見つけた。お父様に頼み綺麗になったところを私付きのメイドにしてもらった。剣の修業も自分からやりたいと言いだし公爵家の騎士団で鍛えてもらいかなりの腕前になっている。
孤児らしいのではっきりとはしないが三歳くらい年上だと思う。実の姉のように思っている。
「ハロルド様が心変わりですか、確かにお嬢様を見る目は感情がこもってはいません、ですがあのような性格の方だと思っていました。その方を見る時は違うのですか?」
「そうなの、視線で分かるだけだから心変わりしたでしょうとは言えないし困ってしまって」
「そのお嬢様はハロルド様のことをどう思っていらっしゃるのでしょうね。片思いということもありますけど。他の方を想っておられていてもお許しになることが出来るならこのまま婚約を続ける事が出来ますが、お嬢様には幸せになっていただきたいです。取り敢えず相手のことを調べてまいります」
そう言うと足早に出て行った。
伯爵家を賜る以上他に想い人がいる人を婚約者には据えておけない。乗っ取りの危機がある。リリエルの心は闇に沈んだ。
切ない恋物語になりました。ハッピーエンドに持っていきますので続けて読んでくださると嬉しいです。
元サヤにはなりません。ご安心ください。