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5.

 朝になり、芹香は身支度を整えて家を出た。街に出向き、よく訪れる和洋折衷の人形店に赴く。


「……やっぱり綺麗で可愛いわ~……」


 飾られている人形を見て、思わず「ほぅ……」と、声が漏れる。


 まだ芹香が幼い頃、祖父母からの誕生日プレゼントで白いドレスを着た金髪の髪の人形を貰ったのがきっかけで「可愛いもの」が大好きになった。


 そして、中学生の時に真奈美と街に遊びに来た時に偶然この人形店を発見して、それからよく訪れるようになる。


 更に、その後で幼い頃に貰った人形がこの店で売られていたことが分かり、その人形の写真を店の人に見せると、とても驚いていた。そして、今でもその人形を大事にしていることを伝えたところ、その店の店主が「良かったらたまに遊びにおいで」と言いてくれたので、芹香は月に一度、この店に遊びにきている。

 

 人形を眺めていると、店主が奥からお茶とお菓子を持ってやってきた。もう高齢ともいえる店主のお婆さんはゆったりとした足取りでお盆を店の隅に設置してあるテーブルに置いた。


「ほんまに芹香ちゃんはお人形さんが好きなんやね~。ほれ、なんかSNSというのかいな、そんなんに人形の写真を上げてくれたやろ?そしたら、それを見た人がな、この前店に足を運んできてくれたんよ。それまでは客もなかなか来んかったから嬉しかったわ。中には人形を買ってくれた方もおってな。いや~、芹香ちゃんに感謝やな……」


 そう言いながら持ってきたお茶とお菓子でお婆さんと芹香はテーブルを囲うように腰掛ける。


「ほんまはな、芹香ちゃんが初めて店に訪れた時の頃は、もう店を閉めようかとも考えてたんや。ここの人形たちは皆手作りなだけあって値段も安くあらへん。買う人は限られておったわ。でも、芹香ちゃんが初めて店に来た時に『今もその人形を大事にしてる』って言うてくれて、その上、SNSに人形の写真を上げたいって言われて、これは仏さまが導いてくれた出会いやさかいと思ってるんや……。それから、ちょこちょこお客さんがきてくれるようなって、あの時に店を畳まへんくて良かったって思ってるんや」


「お婆さん……」


 初めて聞くお婆さんの話に芹香は静かに耳を傾けていた。そして、笑顔で言葉を紡ぐ。


「今日撮った写真もSNSに上げますね!」


「芹香ちゃんは、カメラマンやな。将来カメラマンになるんかいな?」


「そ……そんなこと考えたことないですよ!!」


 芹香の言葉に店主が微笑む。芹香が更に言葉を紡ぐ。


「私が大人になって稼ぐようになったら、ここの人形を買いに来ます!!」


「……ありがとう、芹香ちゃん」


 優しい時間が流れる。


 そして、楽し時間はあっという間に過ぎて、気付くと夕方になっていた。


「じゃあ、また遊びに来るね!」


「気ぃ付けて帰るんやよ。ほな、またね」



 帰り道、歩きながら芹香はため息をついた。


「……私のなりたいものって何だろう」


 そうぽつりと呟く。自分が何をしたいか、何をやりたいか、特に決まっていなかった。大学には行く予定だが、自分のレベルで入れる大学であれば特にこだわっていない。可愛いものが好きで、そういったものの写真を撮るのは好きだけど、カメラマンになりたいわけでもない。


 とぼとぼと帰り道を歩く。


 そんな時だった。


「ねぇ、ちょっと君!」


 そう言われて、顔を上げると男性の顔があった。


「私……?」


「そう、君だよ」


「あの、なんでしょうか?」


 突然の声掛けに驚く芹香。傍から見たらナンパとも思われそうだが、芹香は長身のこともあり、特にナンパをされた経験は一度もない。それに男性の雰囲気もナンパをするようなタイプには見えない。カチッとスーツを着てチャラついた雰囲気もない。もしかして、仕事か何かでどこか行くのに場所が分からなくて道を尋ねているのかも知れない、というくらいにしか考えてなかった。


 しかし、男性の口からは全くの予想外の言葉が出てきた。


「良かったら、モデルをやってみない?」


「……ほぇ?」


 突然の「モデルをやりませんか?」という、信じられない言葉に変な声が出てしまった。


 そして、状況が飲み込めずにしばらく固まってしまう。


 男性は固まっている芹香を気にせず話をする。


「いや~、新しいモデルを探していてね。それで、街で良さそうな素材の子を探していたんだよ。どうかな?人気が出れば稼げる仕事だし、君なら収入はかなり得られるよ!」


 男性の「稼げる仕事」という言葉に芹香が反応する。


「……稼げるんですか?」


「うん!最初は二十万くらいにしかならないかもしれないけど、頑張り次第と人気が出れば百万単位も夢ではない仕事だよ!更に人気が出ればどんどん収入はアップするよね!」


 夢のような話に芹香は思わず自分のほほを引っ張る。


「いたたっ!!」


 確かに痛みがある事から、これが現実であることを認識する。


「どう?やってみない?」


 男性が笑顔で問いかける。その言葉に、芹香の頭の中でいろいろと考えが巡る。


 それだけ稼げるようになればあの店の人形が買うことも出来る。


 好きなものに囲まれて生活することも可能になってくる。


 夢のようなことが実現できるかもしれない……!!


 芹香の瞳に光が満ちる。そして、真剣なまなざしで答えた。



「……やります!!」




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