なりきり勇者
魔法使いが魔王の放つ炎の向きを変えた。エルフが魔王の前に立って両手を組む。
「勇者、魔王にトドメを刺せ!」
「おう!」
俺はエルフの腕に飛び乗った。エルフは勢いよく腕を振り上げて俺の身体を魔王の頭の所まで飛ばした。俺は剣を振り上げて叫び声をあげた。
「おのれ忌々しい勇者ども、これで終わったと思うな!!」
いよいよ刃が魔王の顔を叩き割らんとすると、突然まばゆい光が走った。
「なんだ…光が体を覆って…」
…気が付くと見た事もない光景が目の前に広がっていた。材質の理解できない建物、鉄の乗り物、何から何まで知ってる常識では理解できない物ばかりだった。カラクリが高度に発展した国に寄った事があるがここまでじゃなかった。
こんなに狭い場所に人間が沢山密集していると言うのに皆死んだような目をしていて活気がない。ご機嫌な音楽が流れるばかりだ。空を飛ぶ魔物もドラゴンも見当たらない。
「何だこれは…魔王は、仲間はどうなった?」
困惑しながら周りをキョロキョロしていると目の前に金属の容器を頭に被った変な中年が現れた。
「失礼、ここはどこだろうか」
「おいお前、何者だ」
「えっと…勇者…」
「この国で勇者を騙るとは…無礼者め、始末してくれる!」
何やら物騒な事を言っている。思わず身構えた。しかし相手から魔力は感じないし魔法は使えそうにない。体つきを見ても鍛えている様には見えない。一体何なんだこいつは…。
男はパンチを繰り出してくる。腕には全く力が入っていない。
「デュクシ!デュクシデュクシ!」
何やらそう呟きながらパンチして来る。本気で危害を加えるつもりではない様だ。一体何なんだ??不思議に思いながら無視しようとするとしつこく絡んで来てはパンチして来る。
「あっちへ行ってくれ。もう君には用はない」
「お前になくても俺にはある。デュクシ!」
いい加減に鬱陶しくなって来た。軽く殴ればもうついて来る事はないだろう。俺は拳を握って殴ろうとする。
「やめなさい、不毛な争いです」
声のする方を向くと妖精の様な愛らしい格好をした少女がいた。男は飛び上がると頭を深々と下げた。なんだ、この少女は一体何者なんだ?
「見ない格好ですね。どこから来ましたか?」
「えっと…魔王城?」
男は目を吊り上げて俺の胸倉を掴んだ。さっきより表情に怒気を滲ませている。勇者と名乗った時もそうだったが一体何がこの男の怒りに触れているんだ?
「よしなさい。いいでしょう、その者は少し混乱している様です。話を聞く必要がありそうですね。こちらに来てください」
少女がとことこと歩き出す。俺は男の手を振り払って彼女に付いて行く。男も同行しようとするが少女に止められた。
「あなたは持ち場に戻りなさい」
「そんな、こんな奴と女王様を2人きりにする訳には…」
「結構。女王に手を出すほど身の程知らずはいないはずですから」
男は口を噤むと俺を睨んでからこの場を去って行った。助かったんだろうか。とにかくこの女王なら何か話が聞けるかもしれない。彼女の家に付いて行くと狭い部屋に連れていかれた。椅子に座らされ、透明な容器から注がれた橙色の液体を飲むように言われる。
素性のしれない相手の出した物を口にする気にはなれなかったが、今はそうでもしないと話を聞けそうにない。俺は大人しく指示に従った。今まで口にして来た飲み物とはまた異なる甘味を感じた。とても美味しい。
「少し落ち着きましたか?ではあなたについて教えてください」
「えっと…」
俺は魔王退治の旅をしていた事を話した。そして気が付いたら光に包まれてここへ飛ばされていた事。元居た場所とはあまりに常識が異なる事など。大人びた様子なのでいつもの調子で話していると難しい顔で首を傾げる。相手は飽くまで子供だと認識を改めできるだけ話をかみ砕いて話すように心がけた。
話はおよそ理解した様だが女王は困った顔をした。
「ううん…話を聞く限りあなたが嘘をついてる様には聞こえない。でもそうだとするとおかしいんですよ」
「おかしい…?」
「ええ、この世界には既に勇者がいて今魔王退治の旅に出ているのです。しかしそれはあなたではないはずなのです」
「な、なんですって!?勇者が他にいる!??」
そんな話聞いた事がない。いや、他に勇者を騙る人物がいるのか??いや意味が分からない。勇者を騙ろうものなら町民から魔物退治のような面倒ごとを押し付けられるばかりで力なき者がその肩書を自称する事のメリットがない。
魔王退治だってやっとこの長い責務から解放されると言う気持ちだったというのに、一体どこの誰が何のために…。分からない事ばかりだった。
勇者の任を解かれた…はずはない。そうだ、この国の情報が色々とおかしいんだ。そうに違いない。この場は適当に話を合わせて魔王退治の旅に戻らなければ。トドメのチャンスを失ったとあれば仲間も今頃逃げて体勢を立て直しているだろう。早く合流しないと。
「そうかもしれません。勇者だって言うのは俺の勘違いかも」
女王にそう話していると誰かが家にやって来た。髪の長い女だった。
「女王様、ただいま帰りました」
「おお、王女よご苦労だった」
??????????
俺は初めて見た時、この女王は幼くして父母を無くして女王になったものと思っていた。しかし特徴も似通っていて母親らしく見えた彼女が王女なのだと言う。これは一体…。いやいや、深く考えるな。とにかくこの国の事は後だ。
「女王様、悪い報告が1つございます」
「申せ」
「勇者が亡くなりました」
それを聞くと女王は眩暈でもしたかの様にふらりとする。王女は慌てて女王を支えると抱き上げてどこかの部屋に連れて行った。勇者が死んだってどういう事だ??
やがて戻って来る。
「ゆ、勇者は死んだんですか??」
「ええ、厳密には失踪ですね。よくある事ですよ。ふふっ」
よくあるって…。
「ところで、あなた方は?」
「えっと…」
勇者が突然いなくなったと言うのに深く気にする様子もなく話すので調子が狂った。どうしてそんなに平然としていられる?単に肝が据わっていると言う風にも見えない。まるで本当に大した事じゃないかの様だった。
女王や男の時の様に勇者ですと馬鹿正直に答えれば旅に戻る事を許可してもらえるだろうか。いや、彼女らの常識では勇者が失踪する事は良くある事になっている。これは只事じゃない。何より魔王は数百年に1度しか現れず勇者も各国から代表を1人、2人ほど出す程度。国を背負って戦うのにふさわしい者が厳正に選ばれると言うのに失踪する勇者が続出させる国なんて聞いた事がない。
ここはひとまず適当に話を流してこの場を去るべきだと思うが、どう答えれば事を荒立てずに立ち去る事ができるだろうか…。
答えに詰まっていると王女はふと何か思いついた様に手を叩く。
「…ああ、ひょっとして無職の方?」
言いたい事は山ほどあったが相手の反応を見る限りそう答えるのが自然かもしれない。
「は、はあ…そんな所です」
「良かった、失踪した勇者の代わりに勇者になってくれない?」
頭ががつんと殴られた様なショックを受ける。そんなに軽々しく勇者を任命するのか??王女は俺の事を知らない様子だった。つまり彼女から見れば俺は素性の知れない人間だ。それを…、さっきからの発言といいとても正気とは思えない。
第一俺だって故郷の国の名を背負って戦ってきたのだ。今更他国の名誉のために戦うつもりは毛頭もない。
「い、いやそれはその…えっと…」
この国の常識なんて知る訳がない。どう断ればいい?女王に連れられた時に大雑把に辺りを見渡したが鍛冶屋らしい場所も雑貨店らしい場所も、俺の知ってる就職先なんて見当たらなかった。どう答えるのがベストなんだ!
迷っていると王女は祈るようなポーズでお願いして来る。
「お願い!魔王退治を手伝って!すぐに終わるから!」
す、すぐに終わるからって……。確かに魔王討伐の目前でこの国に来てしまったが、彼女らはそれを知らないはず。どれほど途方もない苦労と努力を積み重ねる旅なのかも知りもせず…。怒りを通り越して呆れた。
王女は何か机の上で紙を広げ何かを書くと俺の手に握らせた。広げると地図が描かれている。地図のある場所には「ここに行く」と書かれている場所があった。何の地図だ。ここに行って何をしろと言うんだ。
「それじゃ、よろしくね。私はそろそろ昼ご飯の準備があるから出て行ってくれる?」
「は、はあ…それは構いませんがその…世界地図を貰ってもいいですか?」
現在地が分からないとどうしようもない。しかし王女は引きつった笑顔を見せて困惑していた。
「とにかく、ここへ行けば魔王の場所も分かるし仲間もいるから。王女の命令は女王の命令でもある。そう言う事で」
そう言って彼女は背中を押して家から俺を追い出した。
…謎の多い国だが本当の本当に彼女らの言う事が確かなら地図通りの場所に行けば魔王の居場所がわかるらしい。他の当てもないので目印のついた場所に向かう事にした。
頑張って解読して地図の場所が近くの建物の中だと理解した。この辺りの通貨は自分の持ち物では売買できない事も分かった。俺は何とか地図上の目印の地点に到着した。辺りを見渡せども俺の仲間は見当たらない。
深くため息をついて本当にこれで魔王城に戻れるのか不安になっていると誰かが声をかけて来た。
「あのぅ…勇者様ですか?」
何やら俺の世界で見た服装に近い格好をした女の子が立っていた。
「随分と気合の入った格好ですね。気が合いそうです。あ、魔女です」
魔女…。服装には魔法的な効果は全く見られないし、装飾具も何も付けてない。それどころか彼女からは一切の魔力を感じない。そう言えば以前仲間だった魔法使いが言うには高名の魔法使いは実力を隠して上手なのだと言っていた。
俺は確認するために魔女に尋ねた。
「どんな魔法が使える?」
「地を割き天から雨の様に雷を降らせたりできますよ!相手を一発で死に至らしめる事も…」
「頼りになりそうだ。よろしく頼むよ」
それからまた誰かがやって来た。玩具の剣を握った男の子だ。
「お前勇者だな!俺は自分より弱い相手には従わない!その実力試してやる!」
「待ってくれ、誰なんだ君は」
「彼は戦士だよ」
首を傾げ過ぎて首がもげそうだった。背が小さくとも強い猛者は見て来たがあの子はどこからどうみてもただの子供だ。パッと見て体は鍛えられてないし手に持っている武器は玩具だし、構えを見れば流派に属してない事も分かる。
マントをはためかせて剣で襲い掛かって来る戦士。俺は軽く武器を叩き落とした。
「ふ、少しはやるようだな。いいだろう認めてやる」
こんな強さじゃ魔王どころかその辺の魔物1匹も殺せそうにないが…。
「勇者様、最後の仲間も来たようですよ」
目をやるとやせ細って目は皿のように見開かれた老人がやって来た。髭を震わせながらこちらを睨むように見ている。
「魔王の腸を引きずり出して肉を詰めて食う!!!!!!」
「私の祖父なんだ。剣士だよ」
「魔王の頭骨を盃としよう!!!!!」
凄い意気込みだ。しかし非常に興奮している様子だが大丈夫だろうか。
魔女は魔王の所への行き方を知っているらしく案内してくれるらしい。建物から建物に移動しながら向かう。人込みを避けながら建物から建物へ移って行くばかりで外には出ない。
「魔王退治を急ぐなら建物の外に出て向かうべきじゃないか?」
「…?何故建物の外に?」
「何でって…魔王退治に行くんだろ?」
「そうだけど…」
魔女は俺の言葉に困惑している。何か俺、おかしな事を言ってしまっただろうか?さっさと魔王城に行くならこんな所を歩いている場合じゃない。大体どこへ向かっているんだ。理解が追いつかない事ばかりで頭痛がした。
やがて魔女が立ち止まる。振り返って明るい笑顔を見せた。
「つきましたよ、この先です」
四角形の大きな建物に案内された。ここが魔王城??人間の国の中にあるだけでもおかしな話なのに、更に通ってるのも人間ばかりだ。しかも襲ってきたりもしない。魔物みたいな服装をしている人もいるが本物はどこにもいない。
言われるままに案内されていたがいい加減にしびれを切らして魔女に言った。
「どこもかしこも人間ばかりじゃないか!」
「そう見えます?」
「魔物ならどうして襲って来ない!?」
「そりゃここの皆は魔王が負けるとは思ってませんからね。だから魔物も安心して自分の仕事に専念できるんですよ」
本当にそうなのか?俺にはとても信じられない。俺の知ってる魔王城とは全然違う。
俺は深呼吸をしてとにかく最後まで付き合う事にした。途中で何度も戦士が迷子になるのでその度に皆で探した。帰ってくれと言うと泣いてしまい魔女と剣士に怒られた。どう考えても足手まといにしか見えないが…。
広い建物の割に蟻の巣の様に狭く長い道を歩かされるとやがて変な部屋に案内された。
「あ、勇者一行の皆様ですか。お疲れ様です」
俺は剣を抜くと待っていた人物に向けた。
「魔王はどこだ」
「あ、僕です」
??????????
この冴えない感じの人間が魔王??
「どう見ても人間じゃないか…」
「勇者様、大丈夫?体調優れないとか?」
魔女が真剣な表情で心配している。
「あ、もし体調不良でしたらすぐ隣の部屋で休まれて行っても構いませんよ。体調は万全にして襲って来てくださいね!」
勇者一行に親切な魔王ってなんだよ…。
「もうこの際なんでもいい!お前を殺して世界に平和を取り戻してやるぞ!」
まずは魔王の動向を探らなければ。何をして来るか分からない。身構えていると魔女と戦士と剣士が突っ込んで行った。
「デュクシ!デュクシデュクシ!」
「でゅあ~!」
「この手に集いし宇宙の意志よ…」
どうして強いと分かってる相手に無闇に突っ込むんだ?!
「待て、下がれ!まずは出方を…」
「ぐわ~っ!」
魔王が叫び声を上げると白旗を振って降参した。何だこれ。
「魔王は敗れども、第2第3の魔王が現れるであろう…。という訳で、そろそろ失礼します」
「お疲れさまでした~」
「あんたいい魔王だったよ」
「えーもう終わり―?」
魔王は去って行った。魔女の話を聞けば後任の魔王が後から来るらしい。これでこの世界には平和が戻ったらしい。これからお祝いをするパーティーを開くのだそうだ。俺は半ば半狂乱であの場から逃げた。
近くの店で世界地図らしい物を盗んだ。そしてここがどこなのか確認する。しかし分からない。世界地図に書いてあるどこも知らない大陸しかない。国もない。ここは一体どこなんだ…。
国を出て他国に向かった。他国で手に入った世界地図も大して変わらなかった。そこでも妖精を名乗る人間や、ドラゴンを名乗る人間。練り物が神として崇められ、王様が大量発生している国もあった。
気の狂った世界でとうとう正気を保てなくなった俺は魔王となりこの世界の真の魔王となり、混沌とした世界から秩序を築くための戦いに身を投じた。
私は膝をついて肩で息をする。そして目の前の魔王を見上げる。話に聞いていた魔王はこれまで戦って来た幾千の強敵よりもずっと強かった。目の奥に熱いものがジワリとこみ上げて来る。
折れた勇者の剣を血がにじむほど握りしめる。
「勇者、諦めるんじゃない!世界は俺達を信じて待ってるんだ!」
魔王の放った火球を魔法使いがバリアで受け止める。
「無理だよ…!だって、私なんか…本物の勇者じゃない…」
本物の勇者の血筋じゃない私には勇者の剣を満足に引き出せなかった。これじゃ勝ってっこない。私じゃ駄目だったんだ。目の前で魔法使いが火だるまになった。王女が魔法で火を消して回復魔法をかけている。彼女は優し気な表情でこちらを向いた。
「あなたは私を救ってくれたじゃない。あなたは立派な勇者よ!」
魔王が氷の刃を握って襲い掛かって来る。エルフが弓で魔王の目を撃ち抜いた。苦しみ悶えその場に転倒する。
「勇者は血筋じゃない、肩書きでもない!使命を果たした者をそう呼ぶんだよ!お前は偽物のままで満足か?!」
魔王はその大きな左手でエルフを掴むと握りしめる。
「エルフ!!」
「一度ならず二度も邪魔しおって、今度こそ貴様らはここでおしまいだ!!」
「私は…」
勇者の剣を握りしめ立ち上がる。どの道ここで決めなければ全員死ぬ。私は覚悟を決めた。その瞬間、勇者の剣が脈を打つ様に光を放った。折れた刀身が光を放ちながら元に戻る。
「…私が勇者なんだ!!!」
魔王の吐いた炎を王女は魔法でその口に押し込める。私は地面を蹴って魔王に接近した。掴もうとする右手を避け、膝を蹴って更に上に跳びエルフを掴む右手首を斬り落とした。
「グヲヲヲヲ、こんなまさか…!」
なおも私を掴もうとする右手の掌を蹴って魔王の眼前に跳ぶと勇者の剣をその眉間に深々と突き立てた。魔王は地鳴りするほどの断末魔を上げると黒い霧になって消えていく。これまでの疲れと断末魔で頭を揺さぶられた事で意識が遠ざかり私の身体は落下を始めた。
どこからともなく生えた蔦が私の落下の衝撃を緩和し、最後には誰かが私をキャッチした。エルフだ。
「よく頑張ったな勇者。お前ならやれると思っていた」
「ありがとうエルフ…」
こうして魔王は退治された。力の供給源を断たれた魔物達は人間への侵略をやめて撤退して行った。空を覆っていた暗雲も消え果て空に太陽が戻ると人類の未来を照らした。私達は勝利したのだ。
魔王城を後にして前任の勇者の故郷に戻ってからは忙しくてあっという間だった。私は散々ちやほやされた。祝いパーティーの主役にされたり慣れない事だらけだった。私はあくまでも前任の勇者と仲間たちのおかげだと言って回ったが…誉めそやされるのは満更でもなかった。
やがて祝賀ムードも過ぎようとしている頃、私はぼんやりと遠い世界の故郷に思いを馳せてこれからどう生きるかぼんやりと考えていた。